留めてあった
「最近、古い家の手入れをしててさ」
そう切り出したのは、
郡司先輩のバーにたまに顔を出す安住さんだった。
有馬さんの一件から、
少し経った頃のことだ。
「郊外の空き家なんだけど、
親戚が亡くなってな。
売る前に、最低限だけ直してる」
「業者は?」と俺が聞くと、
安住さんは首を振った。
「売れるかどうかも分からないし、
本格的なのはまだ。
危ない所だけ、自分たちで」
「……それ、有馬さんの家とは別ですよね」
俺がそう言うと、
郡司先輩は一瞬だけ考えてから、
はっきりと首を振った。
「違う。
場所も方角も、まるで別だ」
そのやり取りを、
理央さんは黙って聞いていた。
否定されたはずなのに、
胸の奥に、
小さな引っかかりだけが残った。
作業に集まったのは、
安住さんを含めて六人。
日曜ごとに集まり、
少しずつ直していたという。
床の沈む場所には合板を敷き、
腐りかけた柱は、添え木で
仮で固定するだけ。
「このままじゃ危ないからな」
誰かがそう言って、
皆が頷いた。
正しい判断だったと思う。
少なくとも、その場では。
家は古かったが、
人が住んでいた痕跡だけは、やけに新しかった
ただ、
安住さんだけは、
妙な違和感を覚えていたという。
工具を入れるたび、
壁の奥から、
空気が遅れて流れ出てくる。
一拍遅れて、
家が反応しているような感覚。
「古い家だしな」
誰かが笑って、
そのまま流された。
安住さんも、
それ以上は言わなかった。
問題になったのは、
奥の部屋の壁だった。
板を外すと、
中に何かが詰められていた。
布とも、藁ともつかないもの。
用途は分からない。
「湿気の原因だろ」
「抜いて、仮で塞いどこう」
誰かが言い、
反対する者はいなかった。
安住さんも、
同じ判断をした。
直したつもりだった。
作業が終わった夜、
安住さんは眠れなかった。
ただ、言い知れぬ不安だけがあった
朝になって、
安住さんは俺に連絡をしてきた。
うまく説明できない、
と言いながら。
「手を入れたはずなのに、
元に戻されてる気がする」
俺は、その話を
そのまま理央さんに伝えた。
理央さんは、
しばらく黙ってから言った。
「直したんじゃない。
あれは、留めてあった」
理由は、説明しなかった。
その日の夕方、
安住さんは一人で、
あの家に戻った。
外したはずの壁板は、
元の位置に戻っていた。
仮で塞いだ部分はなく、
古い詰め物が、
きれいに収まっていた。
まるで、何事も無かったかのように。
安住さんは、
その場から動けなかったという。
それが何だったのか、
なぜそこにあったのか。
後になっても、
誰も口にしなかった。
ただ、
良かれと思って
手を入れただけだった。
それ以来、
安住さんたちは
その家に近づいていない。
売却の話も、
立ち消えになったらしい。
家は、
直されることを
望んでいなかった
古民家を直していただけなのに 福真 瑞 @fukumamizuki
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