物語の前夜祭

らしと/Rashito

 人間の雑踏が、僕を急かす。

日向ぼっこでもしたい気分。

なのに、そうはさせてくれない。


今までの生活に元通り。

僕は、ついさっき家を追い出された。

老けた顔の女が、憎悪を持った顔で、尻尾を掴む。

そうして、ベランダから放り投げられた。

幸い、僕は猫。

この四本足で、華麗に着地を決めてやった。


 そのあと、家からは怒号が聞こえ続ける。

僕の第十三飼い主は、仲間を呼ぶように泣いていた。


今回は三日しか持たなかったか。

まあいい。

また若い人間を付け回す。

して、ニャーニャーと鳴いてやるだけでいい。

そうすりゃ、僕を家まで案内してくれる。


 さても、今日のご飯はどうしようか。

昨日は美味しい鯖焼きを骨ごと食ってやった。

けど、また酒臭いゲロを食べるのか。

そんなのは、はっきり言って嫌だね。

せめてネズミでもいればいいんだが……

あいにく、時期は冬か。

あいつらが、温かい下水道に隠れてしまう。


 仕方ない。

早すぎる気もするが、飼い主を探そう。

学校の近くの住宅街が狙い目だ。

だが、ここらの子供には認知され始めた。

どこか遠く、新しい拠点を見つけねば。


 郵便ポストから飛び降りる。

左右を見渡し、道路を超えて。

薄暗い裏路地を通り。

温風が吹く室外機を上って。

壁を乗り越える。

僕の知らない世界を目指して。


 腹はまだ減らない。

けれどもかなり歩いたものだ。

少し疲れた。

一旦、休憩!


 駐車場の車。

その下でくるまる。

なんちゃって。

しょうもないことを考えつつも、頭は半分お眠。

思っていたより、相当の疲労がたまっていたらしい。

次第には、視界がぼやける。

そのまま寒さも気にせず、完全に寝入ってしまた。


 瞼の裏が白に染め上げられる。

染まっていると言うより、テレビのようにチカチカと。

雪でも降っているのか。

何だ何だと思いつつ、ゆっくり目を見開く。


「いたいた。

この子じゃないか」


 大きな老けた男が、こちらを見ていた。

作業服と帽子を身に着けている。


 そいつは、第五飼い主が虫取りに使ってた棒を、こちらに伸ばす。

別に僕は虫じゃない。

猫だ。

なんだか不思議に思いつつも、体を起こして後ずさりする。

外は真っ暗だし夜か。

その第五飼い主も夜に虫取りをしていた。

まさか、本気でこいつは虫だと思ってる?


 後ろへ後ろへ、ここから抜け出す。

相手は僕から目を背けようとしない。

相当のやり手だ。

悪戦苦闘をすでに強いられている。


 すると、後ろから懐かしい声がする。


「やっと見つかったよ。

 ねねちゃん」

察した。

この声は第十一飼い主の母親の声。

未だに僕を探していたのだろうか。


 厄介な大人が二人。

うまく逃げようにも、相手の一人は武器を持っている。

まあ、このような非常事態には慣れっ子だ。

から大丈夫なはず。


壁沿いを、路地まで下がった。

体をくねらせ、相手から見えなくなった瞬間。

僕は背を向けて全力で走りはじめた。


 見事な逃走劇としか言いようがない。

自画自賛したくなっちゃうぐらい完璧だ。

後ろを見ると、諦めた顔した二人が立ち並んでいる。

所詮は不純な人間ども。

負けてなんかたまるか。


 ああ、お腹がすいた。

けれども夜だから子供もいるはずがない。

素直に捕まって、食事だけもらっておけばよかったかな。

にしても、もう何もできない。

寒いし、疲れたし、眠いし。

また寝ようかな。


 新しい駐車場の車の下でくるまった。

あれ、同じことを言ったことがいる気がする……zzz


 気持ちよく寝入っている。

ところに、再度、鬱陶しい閃光を感じた。


「こらー、逃げちゃダメでしょ」


見覚えがあると言うか、さっきの虫取り男だ。

面倒だったのか、眠かったのか。

僕は即座に背を向けて走り出す。


勿論、逃げ切ることは出来た。

だからまた寝た。

するとそいつは何度も僕を起こしてくる。


 一夜中続いたいたちごっこに、体はもうへとへと。

太陽が顔を出してからもしばらく経つ。

住宅街の端っこ。

倒れるように、震えながら、うずくまっていた。


人々が家から出てくる。

みんな同じ方向に向かって歩いていた。

確か、あっちには駅があったな。

しかしながら、今の僕にそこまで歩く気力はない。


 とて、一人の男がこっちに歩み寄る。

虫取り男ではない。

金メッキのボタンが六つ付いた、全身真っ黒コーデ。

子供とは言い切れないが、大人ではない。

最後の希望かな。

僕は彼の足に飛びついた。

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