第2話 生の目が見る光景は……
「え、やだ、なにこれ……可愛い!!」
思っていた反応とはまるで違っていて。
首をかしげながら画面の中を見てみれば、そこにはウサギの癒し動画が流れていた。
(……は?)
「可愛いー! なに、西島ってこういうの見るんだっ」
「え!? ……いや、えっと……!?」
「ふふ。でもね、うちのラッピーの方が可愛いかなー♡」
「ラッピー?」
「そ。うちで飼ってるウサギ」
「へえー……」
話が、俺の思っていた方向とは違う方へと流れていく。
だけど『ラッピーへの愛』を語る山崎は可愛らしくて。
あの動画が山崎本人かどうかなんて、その時は聞く気になれなかった。
(うーん、結局聞けなかったじゃないか……)
その日の夜。項垂れながらまたアプリを開いた。
瞬間、心臓がぎゅっと苦しくなった。
画面の中の女の子が、あまりに泣き腫らした顔でベッドに突っ伏していたから。
(……え? 一体、どうした!?)
いつもなら、あんなにもキラキラとした笑顔なのに。
気になって仕方がない俺は、次の日、いつもより早く登校した。
――けれど、山崎の姿はなくて。
待てども待てども山崎は来なくて。
そのまま、HRが始まってしまった。
あまりに気になって、机の下でこっそりとアプリを開いてみる。
すると、俺に向かって涙を流す山崎の姿があった。
いや、実際はカメラ目線なだけだとわかっている、わかっているのに。なぜか俺は、無性に俺に向かって泣いているように見えてしまったのだ。
(今すぐ飛んでいきたい。俺が、慰めてあげたい)
そんな感情が腹の底から湧いてくる。けれど今は授業中。
第一、これが山崎本人だとも限らなければ、山崎だとしたって、実際の俺たちはただ席が隣なだけの関係。
(待て待て、俺。何考えてんだよ、キモイぞ。ただの勘違いヤローになってんぞ)
必死に自制心を働かせて、目をぎゅっと瞑った。その時。
「おーい、今配ったプリント、週明けに提出だからなー」
「せんせーい、山崎さんがお休みでーす」
「なにー。誰か山崎にこのプリント……」
教室の中ではそんな会話がされていて。
奇しくも、提出日の期限に山崎が口うるさいのを知っている俺。あまりのタイミングに、考えるより先に手を挙げていた。
「はい。俺が行きます!」
放課後。山崎の家へと向かう道すがら、急に不安になった。
(ただの隣の席でしかない俺が、家までプリント届けに行くとか、さすがにキモくね?)
(いや、キモ過ぎるだろ、普通に考えて!)
冷静になるとなぜあの時手を挙げたのか。
あんなアプリの動画なんて気にせず、山崎の友達にでも行ってもらえばよかったのに。
山崎の家に近づくにつれて、自制心がどんどん大きくなって、羞恥心の方がどんどん膨らんでいく。
なのに――
いざ山崎の家の前に立った時。頭の中に山崎の泣き顔の映像が思い返されてしまって。
引き返す気にも、ポストに投函して帰る気にもなれなかった俺は、震える手でインターホンを押した。
『はーい』
応対してくれたのは、山崎の母親。優しそうな声に少し緊張が解れた。
「同じクラスの西島と申します。山崎さんに、プリントを届けに来ました」
『あらあら、わざわざ? ……ちょっと待っててね』
そうして玄関先まで出てきてくれた山崎の母親もまた、元気がないように見えた。
「これ……週明けに提出なので、山崎さんに渡してください」
「ありがとう。悪いわね、わざわざ届けてもらうなんて……」
「いえ。ところで山崎さんの様子は……どうですか?」
さすがに実家暮らしなのだし、お母さんもいるのなら平気だろう。そう思ったのだけれど。気になって、つい問いかけてしまった。
すると山崎の母さんは、少し物憂げな顔をして。
「……もしよかったら、会っていってくれないかしら。気晴らしになるかもしれないし……」
玄関の中へと俺を招き入れた。
「……南帆ー。クラスメイトの西島君がプリント届けに来てくれたわよー」
『なほのへや』と可愛らしいプレートがかかった扉の前から、山崎の母さんが声をかけた。けれど返事はなくて。
「……入るわよ?」
かちゃりと開いた扉の中には――
泣き腫らした顔でベッドに突っ伏している山崎の姿があった。
その瞬間に感じる、デジャブ。目の前の光景は、動画で見たまんまだった。
(やっぱり、あの動画、山崎本人だったんだ……)
そう思いつつ、何があったのかがわからなくて。
「山崎? ……どした」
俺はできるだけ優しく声をかけた。
すると消え入るような声で山崎は答えたんだ。
「……ラッピーが……朝、冷たくなってたの」
「え!?」
ラッピーへの愛を嬉しそうに語っていたのは、たった昨日のことなのに。
まさかそのラッピーが虹の橋を渡ってしまうなんて。
山崎の悲しみが痛いほど伝わってきて、胸が苦しくなった。
「……そうだったんだ」
「……うん」
「…………」
「…………」
かける言葉が見つからなくて、ただ、沈黙が流れる。
けれど、山崎がぽつりと声を漏らした。
「私が……なにか、見落としちゃってたのかな。何か、してあげられることはなかったのかな。ずっと……そればかり考えてる」
それは、山崎が心からラッピーのことを大切に想っていたからこそ出てくる言葉だと思った。だから――
「ラッピーは、絶対、山崎と一緒に暮らせて幸せだったと思うぞ」
「そうかな」
「うん。絶対そう思う。だって、山崎はラッピーのこと、心から大好きだっただろ?」
「……うんっ」
その声は、少しだけ力強くて、そして、いつものうざったい話し方では全然なくて、……ただ、か弱い女の子だった。
そんな山崎の力に少しでもなりたくて。
「ラッピーは……子供の頃から一緒にいたんだっけ」
「うん、……そう。あのね……」
日が暮れるまで山崎の話し相手になっていた。
けれどさすがにそろそろお暇しなくては、そう思った時、ふと。
「なあ、山崎? ……今度、気晴らしにどっか行く?」
友達へのノリと同じ感覚で声をかけた。すると山崎は――
「……なにそれ、ナンパ?」
少しだけいつもの調子で、俺を揶揄った。
「ちょ、おま……! 違うしっ!!」
けれど、思いも寄らない返事に面食らった俺は、慌てて否定した。
「……ふふ。……行きたい」
そんな俺に山崎は――来た時よりも少しだけ元気な声で、笑った。
「ねー西島―? クレーンゲーム得意?」
「ん? ……まあ?」
「じゃ、あれ取って♡」
気晴らしという名目で山崎と来たゲーセンで、そんなおねだりをされたのは、ウサギのぬいぐるみ。
そのぬいぐるみにどことなく既視感を覚えたけれど、その正体がわからないまま、俺は『得意』だとかっこつけてしまった手前、絶対に取らねばと思って奮闘する。
「ねー西島―? 取れなかったらいいよ?」
なのに俺がかっこつけただけだとバレそうになっていて。
「いや、取れるまでやれば取れるから!!」
バイト代を注ぎ込んで、なんとかウサギのぬいぐるみをGETした。
「わー。ごめんね、お金、半分出すねっ!!」
「いや、いいって。半分は俺の意地だから」
「じゃ、いっか♡」
「ちょ、おま……!」
調子のいい山崎とそんな会話をして笑い合う。
すると。
「西島ったら、可愛いねー♡ ラッピー2号♡」
山崎はウサギのぬいぐるみに話しかけて、頭を撫でて抱きしめた。
(え……?)
また感じるデジャブ。それは、俺がアプリで見た山崎の姿と、完全に一致した。
不思議に思って、俺はアプリの詳細欄を開いてみた。
すると――
『目に見えるものだけが真実だとは限らないのです。――あなたが観たい真実は、なんですか?』
そんな短い文言が書かれていて。そして、アプリは自発的にアンインストールされてしまった。
「は……?」
きつねに摘ままれたような気持ちで俺は呆然と立ち尽くす。
すると山崎は……まさかの言葉を放った。
「ねー、西島? お腹すいちゃった。ラーメン食べたい」
そして俺たちはラーメン屋に入った。
俺の目の前に座る山崎は髪を耳にかけて、フーフーと麺を冷まして、「からーい」と舌をペロッと出す。
やはり、見たことがあるまんまの風景。
――あのアプリで見ていたショート動画は、どうやら俺がいずれ見る光景の切り抜きだったらしい。
そして。
「あっつーい。汗かいちゃったー」
動画と同じように胸元をパタパタとし始める山崎。
けれど単純な俺。動画で見たのに肉眼で見るその姿はやけに色っぽくて……つい、チラリと見える胸元に見入ってしまった。
そんな俺の視線に気づいた山崎は、にやりと笑う。
「……ふふ、西島のえっちー」
「なっ!!」
「ね、今度、うちんち来ない?」
そして意味深な目で俺を誘う。
「な、なんで……」
「あー、今、やらしーこと考えたでしょー♡」
「ち、違うし!!」
「ふふ、ラッピー2号のお礼に、ご飯作ってあげたいなって思っただけだよー?」
口うるさいと思っていた山崎は、いつの間にか俺を揶揄ってくることが増えていた。
あのアプリがどうして俺がいつか見る光景を事前に具現化することができたのかはわからない。
ただただ、SNS上では、俺と同じスマホを買った人の不思議体験がちらほらと見られた。
『あのアプリ、なんなんだ。神眼アプリ?』
『大嫌いだった上司が、実は推しが同じで仲良くなったんだけど』
『いつも遅刻して来るあいつ、実は介護大変だったんだなー』
『目つき悪くて怖いって思ってたクラスメイト、ただ視力悪いだけだった笑』
そしてみんな決まって言うんだ。
『大嫌いだったのに、裏の顔を知ったら仲良くなれた』って。
アプリは消えてしまったけれど、山崎との関係はまだまだこれから。
とはいえ、女の子と仲良くなるにはどうしたらいいのかさっぱりわからない。
いつか山崎は、アプリで見たあんな格好で、俺の前でヨガをする日がくるのだろうか? などと考えては動画で見た山崎の胸の谷間を思い出して頬が赤くなる。
(って……どんな未来だよっ! 馬鹿か、俺!)
心の中で速攻ツッコミを入れた時。
「ねー西島? なんでほっぺ赤いの?」
ふいに山崎が俺の頬をつんつんと突いてきた。
「っ別に!?」
「なーんだ。またえっちなこと考えてるのかなって思っちゃったー」
「またってなんだよ、またってっ!!」
「あははっ。ねえ? ……ごはん、張り切って作るつもりしてて、いいかな?」
「…………おう」
不思議なアプリのおかげで、隣の席の大嫌いだった女の子は、もう、全然『大嫌い』ではなくなっていた。
けれど、アプリで見たあの光景を実際にこの目で見るのは、まだまだ、これからなんだろう。
そして、あんな姿を見るほどまで、どうやって仲良くなっていくかは、きっと、自分次第。
俺に広がる未来は、まだまだ、未知数なのだろう。
「……じゃあ、張り切って作るから……西島も、楽しみにしてて、ね?」
頬を赤らめた意味深な山崎の視線に、俺の心臓はまた、どくりと跳ねた。
(完)
最後まで読んで下さりありがとうございました。
このお話は、カクヨム公式さんのカクヨムコン11お題フェスのお題『未知』を元にかなり改稿に改稿を重ねて書いたお話になります。
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以下の長編作品もぜひ、よろしくお願いします!
今作以上に自信作になっています
俺を振ったはずの元カノが、俺を雇って甘えてくるようになったのだが。なぜか他の美少女まで懐き始めた件
https://kakuyomu.jp/works/822139841240702900
空豆 空(そらまめ くう)
隣の席の大嫌いな女子の日常が、ショート動画で流れてくるようになった。距離感バグりだした。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711
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