見守る懐中時計——何度も何度もくりかえす

揺籠(ゆりかご)ゆらぎ

第1話

あの日、私は懐中時計に導かれていた。


——中世の世、

青年は炭鉱でツルハシを振り下ろした。


ガッ


「...」


毎日、毎日、毎日

同じことの繰り返し。

もう体はボロボロだ。


「おい、今日は終わりだ」

「はい...」

重い身体を、引きずり帰路につく。


「——たまには、よってくか」


青年はふらふらと、まるで誘蛾灯に集まる蛾のように、路地の古市に吸い寄せられていく。


煤と油の匂い、擦れた木箱、掠れた呼び声。

時代に置いていかれたものたちが、そこには静かに積み重なっていた。


「……すいません」


店番をしていた老人が、顔も上げずに軽く頷く。


青年は、何かに導かれるように、一つの小箱の前で足を止めた。


そこにあったのが、懐中時計だった。


月光を閉じ込めたような銀色の蓋。

縁には細かな蔦の彫刻。

蓋を開けば、白い文字盤に整然と並ぶ黒い数字。

針は、静かに、しかし確かに時を刻んでいる。


──なぜだか、目が離せなかった。


「それ、気に入ったかい」


気づけば、店主がすぐ隣に立っていた。


「……はい」


それ以上の言葉は出なかった。

理由も、理屈もなかった。

ただ、**「これは自分のものになる」**と、心の奥で決まっていた。


青年はありったけの賃金を差し出し、懐中時計を受け取った。


その日から、時計は彼の人生のすぐそばにいた。


仕事の合間に、

帰り道に、

眠る前に。


どんなときも、彼の手の中で、正確に、静かに、刻み続けた。


やがて青年は年を取り、家族を持ち、そして失った。

孤独の夜も、絶望の朝も、

懐中時計だけは、なぜか一度も壊れなかった。


それは、まるで――

彼という人生を、見守り続けるためだけに存在しているかのようだった。


そして、彼が百年の時を生き切った、ある夜。


いつもの酒場。

いつもの席。

いつもの一杯。


老人は、懐中時計を強く握りしめたまま、静かに眠るように息を引き取った。


翌日、葬儀で。

棺の中、老人の胸元に、懐中時計がそっと置かれる。


その瞬間。


――かすかな光が、一度だけ走った。


異変に気づいた参列者が、恐る恐る持ち上げる。


そして。


懐中時計は、音もなく、崩れた。


歯車がこぼれ、針が落ち、

銀の殻は、役目を終えた殻のように、静かに砕け散った。


まるで、

見守るべき主が、この世からいなくなったことを知ったかのように。




あの日、私は懐中時計に導かれていた。







——中世の世。

青年は、

再び炭鉱でツルハシを振り下ろしている。


ガッ。


 



——その胸元で、

何も刻まないはずの懐中時計が、

静かに、静かに、眠っていた。


再び世界は繰り返す——

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見守る懐中時計——何度も何度もくりかえす 揺籠(ゆりかご)ゆらぎ @yuragi-111

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