一粒の赦しーー小麦は救いか罰か

マグロ

一粒の赦し

 その国は今まで一度も征服されたことはありません。しかしそれはその国が強い軍隊を持っていたからではありません。難攻不落の城を持っていたからでもありません。その国に何もなかったからです。その国には天然資源はありません。豊かな産業もありません。国土のほとんどは森で、住民はわずかな平地を耕して畑を作り、森に行って狩りをし、船を出して魚を取り、ほそぼそと暮らしていました。彼らは自分たちが生きていけるのは畑でとれた野菜や狩りの獲物、網で捕まえた魚たちのおかげであるということを忘れたことはありませんでした。彼らは『私たちが生きていけるのはあなたがたのおかげです』と感謝を捧げて生きてきました。その国を征服しても得られるものなど何もありません。監督しなければならない分手間がかかるだけです。だからその国を征服しようという国は一つもありませんでした。

 しかしあるとき、帝国が大陸全土を支配しようとその国に大軍勢を送ってきました。その国の森から出てきたのはフードを被った人物一人だけです。その人物が手を組んで祈ると、大軍勢は一瞬にして命を奪われました。フードを被った人物は森の中へ帰っていきました。

 被害を受けたのは大軍勢だけではありません。帝国もそうでした。家畜は死に絶え、穀物は枯れ、畑を耕して種をまいても芽は出てきません。皇帝は謝罪しようとその国に向かいましたが、森に入っても行き先が分からず、歩いているうちに森の外に出てしまいます。皇帝は森の前で膝を折り、謝罪し続けました。それがどれぐらい続いたか。森の中からフードを被った人物が出てきて、一粒の小麦を皇帝に渡しました。フードを被った人物は皇帝が小麦を受け取ると、また森の中へ帰っていきました。皇帝は知っていました。一粒の小麦は赦しよりも重いと。

 その小麦を、皇帝は国に持ち帰りました。

 皇帝はまだ知りません。救いか罰かを決めるのは大地だということを。

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