1ハロン
敷知遠江守
たった200mなのに
「気性の悪い所のある馬だから、これまで
共同通信杯に出走するにあたり、調教師の先生はそんな話をしていた。
それを裏付けるように、パドックの時からチャカついて(=落ち着きが無い)いて発汗している。
「まだ若駒ですから、元気が無いより良いでしょ」
その時はそう言っていたのだが……
コースに出たらいきなり全力疾走。どれだけ手綱を引いても言う事を聞きやしない。おいおい、そんなに走ったら、本番でバテちまうぞ。いい加減に落ち着けったら!
言わんこっちゃない。もう息が少し荒くなってしまってるじゃんか。
「ほら、輪乗りに行くぞ……おいったら!」
今度は観客席のお客さんが気になって動こうとしやがらない。毎回こうだもんな。ほんとに嫌になる。
「ほら、他の馬が待ってるから。良い子だから。お願いだから言う事を聞いてくれよ……」
ん? こいつ俺の事を見た?
ふう、やっと言う事を聞いてくれた。芦毛は狂気の血っていうけど、こいつは度を越えてるよ。
他の馬は輪乗りをしているというに、馬が嫌いなのか、はたまた怖いのか、絶対に輪乗りに加わろうとしない。
でも、どういうわけか、ゲート入りは大人しい。
「ほら、もうすぐスタートだぞ。いつもよりちょっとだけ距離が長いけど頑張ろうな」
ブルルルル!
返事だけは良いんだよ。返事だけは。
ガッポン
「おし! いくぞ!」
よし! よし! 良いスタートだぞ!
今日はこれまで走って来た
12のハロン棒が見えた。ここまでは順調。満点ではないが十分及第点はあげられる。
ん?
おいおい! 勝手に上がってくんじゃないよ! おいったら! 言う事を聞けったら! イヤイヤじゃないんだよ! 首を横に振って抵抗するんじゃない!
ふう、やっと落ち着いてくれた。気が付いたら三番手まで上がってきてしまったじゃないか。俺のレースプランをどうしてくれるんだよ……
8のハロン棒が見えた。もう4コーナーが目の前。しょうがない。こうなったら最後の直線で精一杯粘ってもらうしかない。ここは府中(=東京競馬場)、こいつの末脚は、この長い直線で活かされるはず!
6のハロン棒を過ぎた!
「こっからだ! 根性見せてくれよ、相棒!」
内の馬場は少し渋ってるからな、ここは少し外に……って、内にタレていくんじゃないよ! ほんと言う事聞かないんだな、お前は!
4のハロン棒が過ぎていく。まだまだ直線は長い。いつものこいつならここで全力を出させるところだが、今日はもう1ハロンだけ長い。だから、こいつに気付かれないようにいつも通り追わないと。
2のハロン棒が過ぎた! さあ相棒、ここからだぞ! お前にとって未知の領域だ! 最後の根性見せてくれ!
って! おおい! まだ終わりじゃないって! おいったら! おい!
抜かれてしまったじゃないか!
今から根性入れ直してももう遅いんだよ! 先頭の馬はもう1馬身先に行ってしまってるんだよ!
かぁ……3着争いってところか。
☆
検量室に戻り、馬から降りた俺に、調教師の先生は「ご苦労様」と声をかけてくれた。
「どうだった? 皐月賞行けそうかな?」
GⅢのここで3着という結果をどう評価したものだろう。初の距離だから3着だったと判断するべきか。それとも気性的に今は距離を伸ばさない方が良いというべきか。
間違いなく能力は高い。それは太鼓判を押せる。だが……
ブヒヒン!
なぜか得意気な顔でこっちを見てきやがった。全然言う事を聞かなかったくせに、よくそんな「どうだ!」と言わんばかりの顔ができるもんだ。
「今回も途中でかかりましたからね。あの感じだと皐月賞はちょっと難しいと思います。マイルカップの方が良いんじゃないですかね……」
ブルル……
1ハロン 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu
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