第11話
図書館の窓から差し込む光はやわらかく、
長い時間を経て、ようやく朝に辿り着いた夜のようだった。
琉奈は、ノートの最後のページを開いていた。
そこに書かれているのは――
つばきが消える、その瞬間。
抱きとめる守り人の腕。
離したくなくて、でも離さなければならなかった夜。
鈴の音だけが残る、別れ。
ペン先が、止まる。
「……ここ」
瑠奈は、小さく呟いた。
「どうしても……この先が、書けない」
隣に座っていた白夜は、ゆっくりと顔を上げた。
「……それで、いいんです」
「え?」
「それ以上は……
書かなくていい」
瑠奈は首を振った。
「でも……この物語、ここで終わったら、
あの人は……守り人は、
ずっと一人のままです」
白夜の指が、膝の上で固く握られた。
「……それが、現実でした」
静かな声。
「仲間は皆、先に逝きました。
名前も、役目も……
すべて終わったあとに、
私は残った」
瑠奈は、胸の奥が締めつけられるのを感じた。
「……だから、名前を捨てたんですね」
白夜は、息を呑んだ。
「……聞いていましたか」
瑠奈は、ノートの端を指さす。
そこには、消されずに残っている名前。
――宵夜。
「……この名前、
悲しいけど……優しい音がします」
白夜は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……宵夜。
そう呼ばれていた時間も、確かにありました」
瑠奈は、はっきりと彼を見る。
「じゃあ……
白夜さんは」
白夜は、ゆっくりと息を吸い、
そして――初めて、自分の過去を肯定するように言った。
「私は、白夜です」
その言葉が落ちた瞬間。
机の上に置かれていた、古い鈴が――
かすかに鳴った。
りん……。
瑠奈は、はっと目を見開く。
「……今、音が……」
白夜は、そっと鈴に触れた。
「ええ。
あなたが、書いてくれたからです」
「……私が?」
「あなたが、この物語を
“終わらせなかった”から」
瑠奈の喉が、ひくりと鳴る。
「……じゃあ、この続きは」
白夜は、静かに微笑んだ。
それは、もう諦めの笑みではなかった。
「続きは……
生きている私たちが、書くんです」
瑠奈は、ノートを閉じた。
そして、最後のページに一行だけ、書き足す。
――鈴の音は、
――再会の合図。
「……これで、いいですか」
白夜は、深く頷いた。
「はい。
これ以上、正しい終わりはありません」
外では、雲が切れ、
淡い光が街を照らしていた。
長い物語の幕が、静かに降りる。
そして――
舞台の外で、新しい時間が始まる。
白夜は立ち上がり、
瑠奈に向かって、穏やかに言った。
「……完成、おめでとうございます」
瑠奈は、少し照れたように笑った。
「白夜さんが一緒だったから、
書けました」
その言葉に、白夜はほんの一瞬だけ目を伏せ、
そして、はっきりと答えた。
「ええ……助けになれたなら、よかったです。」
二人の間に、鈴の音が残る。
りん。
それはもう、別れの音ではない。
再び出会えた者たちの、
確かな証だった。
白夜が帰った後の静かな図書館で
「それでも、私は。
彼らが無事に過ごせた世界を。
正しい世界として描きたいから。」
ノートを再び開き、琉奈はペンを持ち、数行を書き足した。
――完。
鈴白 制作風景 綴葉紀 琉奈 @TuduhagiLuna
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