2/4話
数日後、僕は凍路に紹介されたメンタルクリニックへ足を運んでいた。しかし。
「これ……本当に信じていいところなの……?」
僕はそのクリニックの前で、右往左往し二の足を踏んでいた。というのも、凍路から送られてきた案内でたどり着いた建物は、到底真っ当な医療行為を行うような思えない、物々しい様相を呈していたからである。
まず、立地がおかしい。「
また建物そのものも、おおよそ医療行為が行われると想像できる見た目をしていない。三角屋根をのっけた煉瓦造りの建物は、どちらかというと倉庫のような出で立ちだ。さらにそこに無数の蔦が絡まって、外壁の半分近い面積を覆い隠しており、これまた蔦が絡まった「進藤メンタルクリニック」の看板がなければ、到底ここが目的地だとは思わなかっただろう。
正直、ここに入ることは非常に躊躇われる。しかし、勧めてくれたのは親友である凍路。彼の言葉の裏に怪しい思惑のようなものは感じられなかったし、あれが善意に由来するアクションであった以上、それを蔑ろにするというのも憚られる。
「……これも、僕のためだ」
自分に語り聞かせて、勇気を振り絞る。またしても診療所らしくない、鋼鉄のフレームを有する両開きの木の扉に手をかけた。それを引こうとしたところで——急に、取ってを握る手にドア側から力が加わった。
「……あ」
まもなくして僕は、扉の奥から現れた、四角い黒縁眼鏡をかけた男性と視線を交わすこととなる。
「……あれ、こんにちは。もしかして、君が銀杏坂明利さんですか?」
「は、はい」
かくして僕と先生の邂逅は、なんというか、すっきりしないものとなってしまった。
◆◆◆
「改めて——初めまして、明利さん。私の名前は
「よろしくお願いします……」
差し出された大きな手を、僕は握る。スラッとした容貌に反して、その手の皮は厚く、硬く、幾つかの修羅場を潜り抜けてきたかのような貫禄があった。……心理カウンセラーの業務に、肉体労働が含まれているなどということは聞いたことがないのだが。
その挨拶に続き、彼に対する初見の感想が、ぽろっとこぼれてしまった。
「……意外に、若い方だったんですね」
「そう見えますか?」
僕は彼の言葉に無言で頷いた。凍路があれだけ変わったきっかけになった人(暫定)なのだから、相当場数を踏んできたベテランのカウンセラーの方が現れるのかと思っていたのだが……そんな僕の予想に反して、進藤先生は二十代半ばというような容貌の若人だった。
先述した通りスラッとした体格で、身長は見上げるほどに高い。髪型は眉毛あたりまで前髪を伸ばした短髪で、髪色は黒。顔立ちもよく、少々古い語彙だが「甘いマスク」という言葉がよく似合うだろう。茶色い瞳はやや
(今の世の中じゃキツく「容姿で人を判断するな」って言われるだろうから、口には出せないけどね)
心の中で呟きつつ、僕は改めて進藤先生に向き直る。彼は小さなローテーブルを挟み、僕と同じように一人掛けのソファに腰掛けている。前傾姿勢になって両肘を腿の上に置き、組んだ両手で口元を隠したポーズだ。しかし彼はその長い足を持て余しているせいで、腰より高い位置に膝が来ている。先ほど屋内に案内されたときとそう時間を置かず、改めて彼の常人から外れた体格を思い知らされることとなった。
「それで、ここに来ることになった経緯についてなんですけど——」
「ええ、既に凍路くんから聞いていますよ。確か『将来進むべき道を見つけられなくて困っている』、という旨のお話で合っていましたか?」
「そんな大層な内容じゃないですけど……進路決めに手こずってまして」
僕は大まかな悩みの全貌を、朝景先生に話した。僕が話している間、彼は何度も相槌を打って、真剣に聞いてくれていることを示してくれた。その様を見ていると、やはり容姿で印象を決めてしまうことは悪いことだし、凍路が選んだだけあって、確かな腕を持っているのだなと思わせてくれた。
「なるほど……事情は把握しました。確かに、周囲の人、特に親兄弟に当たる人から注目を得たいという欲求が原因で、自分の生きていく基盤、あるいは芯とも言える『何をして生きていきたいか』が欠落したまま人生の転機を迎えてしまう人の話はよく聞きます。決して珍しい悩みではありませんが、だからと言って簡単に解決する方法があるわけでもない。私たちカウンセラーが真摯に向き合うべき問題です」
「そうなんですね……やっぱり、一筋縄ではいかない、と」
「ええ、当然です」
進藤先生はキッパリと、力強い視線を僕に向けながら断言した。
「
ここで少し、雰囲気が変わった。朝景先生は体重をソファの背もたれに預け、肘掛けに手を置く。
「先ほどの口ぶり、やはり明利さんは早期の解決を望んでいるようですね」
「え? ああ、はい。実は、進級がかかった課題を、未提出のまま放置してしまっていて……それをやり切るためには、将来の目標を決めることが必須なんです」
「なるほど。……そういうことでしたら、私にお任せを」
進藤先生は笑う。その造形の美しさも相まって、詐欺師でも相対しているかのようなムードが出てきてしまった。いやいやいや、僕は真っ当な問題解決を望んでいるし、そういう体で話は進んできたのだ。でも。
「でも、さっき『心の陰に特効薬はない』って自分で……」
「それはあくまで『
僕は耳を疑った。そんな魔法のような話があるのだろうか。ここで立ち止まって疑うという選択肢もあったのだろうが、あまりにも魅力的な提案に——焦っていた僕は抗えなかった。
「そんな方法があるなら——是非! そっちでお願いしたいです!」
「ふふっ、分かりました。では、ここから先は特殊な方法での解決を見据えたカウンセリングに切り替えます。少々難しい質問をしますが、心のままに答えてくださいね」
懊・悩・斬・滅! 〜心のお医者さん・進藤朝景による「平和的」解決法の実践〜 クロレキシスト @kurorekisist
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