懊・悩・斬・滅! 〜心のお医者さん・進藤朝景による「平和的」解決法の実践〜
クロレキシスト
1/4話
虚無、という言葉は「ない」状態のことを示す語だ。また、この世の全ての存在の価値や意味を「ない」ものだと断定し、否定するための言葉でもある。しかし僕は気づいた。この「虚無」という語そのものも、虚無という語が意味を否定する、価値や意味が「ある」側の存在であるということに。
つまり何かが「ある」状態を否定するためには、「ない」ということが「ある」ことに言及しなければならない。しかしながら虚無、すなわち完全な無価値無意味を主張するためには、その「ない」ということが「ある」という状態すら「ない」ものとしなければならない。この矛盾を解消するために、僕がしなければならないことは——
『……とし、ねぇ、
「ふぇっ!?」
僕の独りよがりな問答は、イヤホンから飛び出したざらざらした叫び声によって中断された。目の前のモニターには、氷雪を思わせるほんのり水色がかった白髪の少年が、焦った様子でこちらを覗き込んでいる様子が映し出されている。
「えっと、な、何か用かな、
『何か用かな、じゃないよ……こんな夜中に僕を呼び出したのは君の方でしょ』
「そうだっけ、うん、そうだった気がする」
『その様子……呼び出しの文言から察してたけど、やっぱり随分と疲れてるみたいだね』
「うん……」
凍路は僕の小学校からの幼馴染だ。彼と僕と、あと数人の同級生を合わせて、秘密基地なんかを作ってよく遊んだことを覚えている。高校は全員バラバラのところに行ってしまったから、会う機会はめっきり減ってしまったけど、こうしてたまに連絡を取っている。
今日はお互い忙しい中、僕がなんとか時間を捻出できたので、予定があった凍路に悩みを聞いてもらうことになった……らしい。らしいというのは、僕がうつらうつらとしていた最中で毎日を過ごしていたために、ここ一、二週間の記憶が曖昧なためである。
『確か、進路で悩んでるんだっけ?』
「そうなんだよね……僕って今までさ、周りの期待に応えるために頑張ってきたんだところがあるから、あんまり自分が何をやりたいとか考えたことなかったんだ。それを突然、『あなたの本当にやりたい道に進みなさい』って言われたところで、そんなの何もないから困っちゃって」
『時期が時期だから半分は仕方がないとしても、今まで本人の意思を確認してこなかったのは周りの方なんでしょ? なのに突然手綱を離されて、自由になりなって言われたところでだよね』
「それは違うよ。いい子ぶってたツケが回ってきたというか、そんなとこだって。なりたい職業について調べて、それになるために必要な資格とかキャリアとかを調べる課題が出されたんだけどさ、何をお題にしていいかさっぱり分からなくて」
『そんなの、僕には目指すものなんてありませんって正直に言って蹴っちゃえばいいのに』
「そんなことができるのは凍路くらいだよ。今まで良くしてくれたのは事実だし、まだ期待してくれてるのも事実だから、簡単には折れられないというか。これまであたかも志があるかのように振る舞って騙してきたんだから、騙し通さないとアレっていうか……」
『……というかさ』
「なに?」
『君は相談する相手を間違えてると思う』
「……そう?」
『そうだよ』
僕は首を傾げた。凍路ほどのハイスペック人間ならば、僕の悩みなんてすぐに解決してくれるとばかり思っていたのだが、そうでもないようだ。
画面の中の凍路はゲーミングチェアの背もたれに全体重を預けて仰け反った姿勢になり、そのままぐるーっとゆっくり体を横に一周させた。
『君とは確かに小学からの付き合いで、年も同じだ。だから共通する部分も多いはずだけど、僕はとっくのとうに
「そういうもん?」
『そういうもんだ。人は体験してない出来事は推測するしかないけど、素人の推測だけで成り立ったアドバイスなんて信用に値しないと思わない? だから、僕よりもっと適した人がいると思う。身近なところで言うと……
「真夏こそ当てはまらないでしょ。あんな悩みのないやつに相談したところで、気合いだ根性だって言って、具体的な解決策なんて手に入りやしない。……まあ、ああいう底抜けの明るさが、あいつのいいところなんだけどさ」
『それもそうか。……あ、だったら一人いい人を知ってるよ。僕たちの外の人だけど大丈夫?』
そう言った凍路のキーボードを打つ姿が、モニター越しに見える。しばらくすると、イヤホンから小気味良い通知音が鳴った。画面上に映る凍路との個人チャットに、URLが貼り付けてある。カーソルを合わせてクリックすると地図アプリが起動し、市内地図のとある地点にピンが立っているのが見えた。
「ここは?」
『僕が昔お世話になったことのあるメンタルクリニックだよ。すごく小さなところなんだけど、カウンセラーの方が親しみやすくてね。
「いい人?」
『もちろん。今の僕の価値観は、進藤さんと話す中で出来上がったと言ってもいい。それくらい僕に親身に向き合ってくれて、迷いを断ち切ってくれる。でも、干渉しすぎない。流石、人の心を導く専門家って感じだよ』
「へぇ……」
親しい凍路がそこまで言う人なら、信用に値するだろう。そう簡単に信じてしまって良いのかというが、僕だって最低ラインは引いている。
昔の凍路は変わり者だけど臆病で、周囲になんとかして馴染もうと必死な子供だった。それが中学に上がってすぐくらいのタイミングで、それはそれは強い芯を持った、周囲と馴染む気なんてさらさらない、我道を行くカリスマを備えた人間に超進化した。
もしこれに「進藤さん」なる人物の影響があったならば、一度は頼ってみても良いだろう。真の自分の姿に気づき、それを貫き通せる覚悟が生まれるかもしれない。
「凍路がそれだけお勧めするなら……一回行ってみようかな」
『本当? じゃあ、進藤さんには僕の方から連絡しておくよ。まだ繋がりがあるからね、僕の友達だって言うんなら話が早いんじゃないかな。明利はスケジュールを確認しておいて。教えてくれたらこっちで都合いい日程を擦り合わせておくから』
「いいの?」
『友達を助けられるなら、これくらいどうってことないよ。それに僕、時間だけはあるから』
かくして、僕はその「進藤さん」なる人物の元を訪ねることとなった。しかし、その時の僕はまだ知らなかった。まさか当の「進藤さん」が、あんなに強烈な人物だったなんて……。
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