未知子先輩と散策
カニカマもどき
美知子先輩と散策
初めて会ったとき、未知子先輩は花を見ていた。
雨上がりの空と虹を背景にした先輩の横顔が、やけに綺麗で――花々もつられて美しさを増しているようで――何でもない住宅街の、その一角だけが、キラキラと眩く輝いて見えた。
僕はその光景に、しばし見惚れてしまったのだ。
「この花は食べられるのだろうか」
開口一番、見ず知らずの僕に、先輩はそう言った。
「はい?」
面食らう僕。
「そうだ。君、試しに一つ食べてみてくれないか。ほら、これなんか美味そうだよ」
「えぇ……いや、食べません食べません。食べられる花かどうかはほら、スマホで写真を撮って検索すれば分かるんじゃないですか」
その後の会話で、先輩の名前や、僕と同じ高校に通う先輩であること。先輩が面白いものを探してよく近所を散策しており、今日はこの花に興味を持ったこと。そして、先輩はスマホを所有していないことが分かった。
変な人だと思った。
あまり関わり合いになるまいとも思った。
* * *
「やあ、また会ったね」
しかしその日以来、休日に出歩くと、僕はよく先輩に遭遇した。
「いま暇かい? きっと暇だろう。暇なはずだ」
そう言って先輩は強引に、僕を”面白いもの探し”の相棒にするのである。
「今日は夢の国に行こう」
「はい?」
ある日。先輩は、野良猫の腹を撫でながらそう言った。
「千葉の、あのランドに行くんですか? 今から?」
先輩の唐突な発言には、慣れることがない。
「それもいいがね。今日行くのは、ご近所の夢の国だよ。もちろん」
さっそうと歩きだす先輩の後に従い――道中、雲を見たり、車のナンバーの語呂合わせを考えたり、今ここでゾンピパニックが始まったらどう対処するか真剣に議論したりしていたので、やけに時間がかかったが――たどり着いたのは、駄菓子屋『夢の国』であった。
「なんだ、ここの駄菓子屋ですか」
「知っているのか」
看板猫の顎を撫でている先輩の言葉に、僕はうなずく。
「一時期、週三くらいで通ってました。小学生の頃で、十年近く前になりますが……店名は全く記憶になかったです」
「そうかそうか。まあ、通い慣れた場所でも新しい発見はあるだろう。久しぶりならなおさらね」
猫とともに入店すると、狭い空間にこれでもかと並べられた駄菓子が、我々を出迎えてくれた。色とりどりの飴やガム、スナック菓子、マーブルチョコなどが、店の四方にも、中央にも。
そしてカウンターには、しわくちゃのおばあちゃんが座っている。十年近く前も既にかなりおばあちゃんだったと思うが。
「ごきげんよう。いい天気だね」
先輩が話しかけると、おばあちゃんはもごもごと何か返答したようだった。
猫はカウンターの上に登って丸くなる。
「さて。君が小学生のときに買っていたのは、どんな駄菓子だったのかな」
「そうですね。この辺りの、『フィリックスガム』とか『モロッコヨーグル』とか『ニャンとかしてケロ』とか……安くて、かつ当たり付きのものが主でしたね。あ、でも『蒲焼さん太郎』とか『オリオンミニコーラ』も……」
「OKOK。『ニャンとかしてケロ』は謎のシールも魅力的な名作だな。ではまあ、それらはとりあえず買うとして」
先輩は駄菓子をカゴにざらざらと放り込んでいく。
「今の我々は高校生だ。小学生と比べれば財力もある。今日は買ったことのない商品にも果敢に挑戦していこうじゃないか」
比較的高い価格帯(といっても50〜100円が多い)の棚に歩み寄った先輩は、一つの袋を手にする。
「こういうのはどうだ。『タラタラしてんじゃね〜よ』」
「あ、当時の僕には辛すぎたやつ」
「そう、子ども向けの菓子にしてはやけに辛いが、今の我々ならいける。また、いろいろな駄菓子を買うときには、甘いもの以外のアクセントとしても機能する優れものだ」
本当は今の僕も辛いものが苦手なのだが、それは黙っておいた。
「子ども向けとは思えないものでいうと、この『あたりめ』や『さくら大根』なんかもそうだな。『カルパス』や『わさビーフ』とともに、酒のつまみになりそうなものも駄菓子屋には多い」
「この『さくら大根』って駄菓子なんですか」
「大根風の菓子とかではなく、大根の酢漬けそのものだからなあ。違和感はあるが、駄菓子屋で売っているからには駄菓子なんだろう」
駄菓子というジャンルは懐が深い。
「あと『フエラムネ』は楽しいから忘れずに購入して……あ、『すっぱいブドウにご用心』もだな」
『すっぱいブドウにご用心』は三つのガムのうち一つがすっぱいというゲーム要素のあるやつなので、先輩と僕とおばあちゃんとで分けた。誰のガムがすっぱかったのかは、よく分からなかった。
その後も『きなこ棒』や『棒ゼリー』など、いろいろな駄菓子を見たり買ったりして、当初の想像以上に、かなり駄菓子屋を満喫。
少々しゃくだが、このような体験ができたのも、先輩についてきたおかげということになるだろう。
「君、まとめ的な語りの最中に悪いが、今日の本題はここからだよ」
「はい?」
本題はここから? というか今、心を読まれなかった?
「おばあちゃん。『あたりめ』を二箱半と『ようかいけむり』を百八個、明日午前二時に予約で」
そのセリフは、一種の暗号か何かだったのだろう。
それを聞いたおばあちゃんがカウンター下のボタンをリズミカルに何度か押すと、店内中央の棚が静かにスライドを始め…………地下室への階段が、姿を現した。
僕は地下の秘密基地で、巨大ではないがそこそこでかい(五メートルくらいの)人型ロボットと出会い、後にそのパイロットとなり、ネッシー捕獲や河童軍団との十番勝負など、様々なミッションに巻き込まれていくことになるのだが――それはまた、別の話。
未知子先輩と散策 カニカマもどき @wasabi014
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