積み木は食べられない

藤原 清蓮

誰もが【未知】から始まるんだよ

 【み-ち 未知】


 まだ知らないこと。まだ知られていないこと。(広辞苑より)


 さて、【未知】とお題が提示された時、皆さんは何を思っただろうか。僕は、まず『言葉』を思った。【未知】という言葉は知っているが、果たして正しく『言葉』として理解しているのか。

 そして調べてみた。それが、上記の答えだ。

 僕はふと思った。【未知】は【無知】とどう違うのか。その言葉の使い分けについても調べてみた。

 平たくいえば、【未知】は『まだ誰にも知られていない』が前提としてあり、【無知】は『多くの人が知っているだろうけど、自分は知らない』という事だ。


 だが、自分はその答えに僅かに首を傾げた。【無知】の前提として『多くの人が知っている』の部分だ。その『多くの人』だって、元々は知らない事だったわけで。なら、その知らない事だったのを、知る前は【無知】というより、【未知】じゃないのか?


 僕らは、この世に生まれた瞬間。見たことも聞いたことも無い光や音、そして匂いや手触りを一気に感じ、大泣きをしながらこの世に生まれた事を周りに知らせる。その泣き声は、呼吸をするためだとか、なんとか。医学的な事はよく分からないが、とにかく生まれた瞬間に大泣きをする。

 

 それは、本当に呼吸をするためだけ?


 突然、光の中に放り込まれ、知らない手の温もりや『言葉』が『言葉』として理解出来ない中、多くの人の声が一気に押し寄せる。何が何だか分からない【未知】の世界の始まりだ。そして、はじめて持つ『恐怖』という【未知】の感情に直面する。そりゃ、ガン泣きするでしょ。普通。好奇心旺盛であったとしてもさ、ちょっとは泣くでしょ。


 そこで思った。誰もが『知っている』世界でも、生まれた瞬間の0歳児には【未知】じゃなのか?


 生きとし生けるもの全て。僕らにとって0歳の頃の出来事は、全て【未知】との遭遇であり、【未知】の体験では無いのだろうか。それらは、親や他人からすれば『知っている事』であっても、0歳児にとっては、その親すら【未知】の生き物に見えている。けど、危険を感じない……なんとなく感じる優しい気配に『安心』という感情を覚え、泣く事をやめ、ひとつひとつに興味を持ち、見て触れて食べて聞いて……全ての【未知】を体験して、経験して、一歩前進して【無知】になり、それがいつしか【既知】になる。


 0歳の頃のことなんて、覚えていない。


 そういう人の方が、圧倒的に多いだろうけど。果たしてそうかな。

 それは、記憶として『会話』や『出来事』は覚えていないだろうけど、体験した『嬉しい』とか『痛い』とか『悲しい』とか『腹立つ』とか。そういう感情は、0歳からの積み重ねである感情。

 

 積み木は食べられない。


 それを知っているのは、なぜ?


 それは、0歳児の僕ら誰もが経験し、学び、身体が学習したからだ。本当に覚えていないのなら、積み木が食べられない事も、未だに知らないでいるかも知れない。

 口の中に入れて、食べられるかどうか。味は? 匂いは? かたい? やわらかい? 落としたら壊れる? 当たったら痛い? それらを全部、0歳児で【未知】の物とし体験して覚えたから、大人になった今は、口の中に入れる事はない。

 身体がちゃんと、覚えているから。記憶として、ちゃんと覚えているからでは無いだろうか。


 ね、そう考えると僕ら誰もが、生まれた瞬間は【未知】の体験をしているんだって。僕はそう思うんだけど。キミは、どう思う?



 おわり

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