とある勇者?の物語。

藤沢 隆一郎

プロローグ…

遥か古の時代……

いや、それは遥か遠い未来の話なのかもしれない。


旧世代の賢者の1人は、かつてこう語った。


「次に起こる世界の争いに使われる武器は、私にもわからない。

だが、その次に――

もし人類が再び世界を賭して争うことがあるならば、

そのとき人が手にする武器は、棍棒だ」と。


世界には東西に巨大な大陸が存在する。

その西の大陸『ウェストル大陸』のさらに西に、

大小様々な国々が点在するブリティン島がある。


リヴルダール公国は、そのブリティン島西部にある歴史のある国だった。


2年前、公王ジェラト四世は国の内外から多くの勇士を求めた。それが他国への侵略をする前触れと人々は噂したが、一向にその支度が始まらない。

それどころか、リヴルダールを訪れた名高い勇士(その中には、悪名高い者も含まれている)が姿を消したという噂が周囲の街や村に流布された。


なにかとてつもない事が起こっている。とも噂されたのである。


クライフェルトは18歳。騎士である事を辞めた。

理由は、定められた儀礼や命令にうんざりしたからだ。


世界は広い。ならば、冒険者として生きていくのもいいじゃないか。という気になった。

食べていくのに困ったら、どこかの国の雇われ兵士になれば良い。

そうと決まれば、気楽なモノであった。


リヴルダールの噂は様々に聞いたことがある。

王家に伝わる予言の書が宮廷魔術師に盗まれた。なんて、根も葉もない噂まである。


ならば、リヴルダールに行ってみるのもいい。と思った。大陸で育ったクライフェルトは、島というだけで気持ちが高揚していくのだった。


そうと決まれば、話は早い。

猫の額程の領土を返上し、身近な物は売りさばいた。

旅に出るには、困らない位の資金にはなった。


とはいえ、リヴルダールまでの旅は気楽なものではない。

リヴルダールが軍事力を上げようとした事で、嫌悪した地域や敵対国を通過しなくてはならない。


クライフェルト自身も軽鎧や腰に剣を帯びている。

リヴルダールが求める勇士の1人と見られても致し方ない。


最短距離は諦め、島の東側の北部にある港町・ヌーカッセルから、北のキンダーフォレストを横断して南下する経路でリヴルダールに入国する事にした。


そうこうしているうちに、日付は刻々と過ぎていった。

別にいつまでに旅立たねばならない。というものもない。


持っていくものも多くはなかった。

旅の準備金と、父が亡くなった折に手渡された剣。

父と決死隊を共にしたミケヌスという男からのものだ。

古びてはいるが、よく鍛えられた鋼鉄の剣だった。


麻の衣の上に軽装の鎧を着け、

火打ち石と少量の衣類を袋に詰める。

それだけで十分だった。


決行前日までに、領民たちへの挨拶は済ませた。

畑に立つ彼らの姿は、昨日と何ひとつ変わらない。

何気ない会話を交わし、笑顔で別れた。


雨は陽が落ちた頃より降り始めている。

領民にとっては恵みの雨であり、

クライフェルトにとっては、別れの雨だった。


「……すでに、決めたことだ」


クライフェルトは馬に乗り、

常歩でゆっくりと西へ向かう道を進んだ。


しばらくして、

道の先にぼんやりとした灯りがあることに気づく。


夜目が利く頃合いだった。

月があれば誰と分かる距離だが、

その灯りの主は判然としない。


「……坊っちゃま」


その声に、クライフェルトは息を止めた。


父が、身分の垣根を越えて

親友と呼んだ男――ミケヌスだった。


「こんな夜更けに外回りか?

 何事か、あったのかな」


クライフェルトは、とぼけてみせた。


「はい……。

 実は、無断で出国する領主様がいる、と

 昨晩、先代の領主様が夢で申されましてな」


話の内容とは裏腹に、

ミケヌスの声は明るかった。


「なぜ、わかった?」


「小さき頃より、

 先代様には長く目をかけて頂きましたゆえ。

 昨日の坊っちゃまのお顔で、分かりました」


「……そんな顔をしていたかな」


「お気づきではないでしょうが、

 坊っちゃまは、先代様にそっくりでございます」


ミケヌスは楽しげに笑い、続けた。


「それに――

 先代様が、坊っちゃまほどの歳の頃、

 このミケヌスに、こう申されたのです」


――ミケヌス。

騎士という身分は、なんともやりきれん。

できることなら、私もお前のように

この国を自由に回れる立場でありたい。


「……父上が、そんなことを?」


「自由とは、

 言うに甘美で、行うに厳しいもの。

 先代様は、それをよく理解なされておられました」


クライフェルトは、その言葉を黙って受け止めた。

馬を降りようと、鐙から足を外しかける。


「クライフェルト様」


ミケヌスが、静かに制した。


「我々は、お待ちしております。

 何かあれば、お帰りください」


「……すまない」


「謝ることはございません。

 領地返上が罪となるかは、分かりませぬ。

 ただ――当分は、大陸公路や広い道は避けますように」


その言葉に、

温かさと、これから向かう道の険しさが同時に滲んでいた。


クライフェルトは、自然と背筋を伸ばしていた。


ドヴォルグの住処、と言えばいいのだろうか。

クライフェルトは、早めに休むことにした。


宿といっても、街や村にある宿屋ではない。

山中で見つけた洞穴だった。

かつて弓矢の調練の折に、偶然見つけた場所である。


猟師たちには知られている場所らしく、

洞穴の脇の窪みには薪が積まれていた。

暖を取るため、あるいは身を守るためのものだと、

それも調練の折に、父から聞いていた。


外の雨が、洞穴の中に湿り気を溜めている。

それでも、雨を凌げるだけで十分だった。


火打ち石で火を灯す。

その温もりが、

それまで張りつめていたものを、少しずつ緩めていく。


「……領地返上願いは、罪になるのかな」


その思いも、やがて頭から薄れていった。

クライフェルトは剣を抱き、眠りについていた。



ふと、眠りから覚めた。


「……しまった」


火は消えている。

国境が閉じられているかもしれない。

もし自分が罪人と見なされていれば、なおさらだ。


慌てて荷をまとめ、洞穴から外へ出る。


雨は上がっていた。

葉に残った雨粒が、朝の光を受けている。

足元一面に、それが広がっていた。


クライフェルトは、思わず立ち止まる。


「まるで光の絨毯ではないか…。」


クライフェルトは、思わず口にした。


——アルーヴでも出てきそうだな。


そう思ってから、

自分の気持ちが、少し軽くなっていることに気づいた。


山を下る。

というより、かき分ける。


馬を降り、

光の絨毯を背にして、深い木立の中を進んだ。

大陸公路は使わない。

人目につきにくい道を選び、

村や集落も、外れから抜けた。


西へ向かう。

大陸側の港町、カリーに出れば、

島へ渡る船はある。


港で名を問われることはなかった。

潮の匂いの中で船は出て、

目を覚ました時には、

そこはもうブリティン島だった。


船が着いた港の名は、ヌーカッセルという。


ブリティン島を横断するにつれ、

空気は少しずつ変わっていった。


ラーカイルでは、商人の往来が絶えなかった。

兵の姿は多いが、金を払えば干渉は少ない。

ここでは、まだ旅人でいられた。


南へ下り、ペリンズに入ると、

宿の主人はまず名を尋ねた。

穏やかだが、探るような視線。


アンクルサイドでは、

その視線が露骨になった。

よそ者を値踏みする目だ。

食い物は高く、言葉は短い。


もっとも、

すべての土地が同じ見方をしているわけでもない。


ゲルダムは、リヴルダール北側の関口だった。

石積みの壁で固められた関所には、守備兵が詰めている。

兵舎も建てられ、鋭い顔つきの屈強そうな兵たちが、門番として立っていた。


(入るのは簡単か。)

もっと厳重なものかと思ったが、なんなく入国する事ができた。


宿賃が一段と跳ね上がる。

それが、リヴルダールの国都に近づいている証だった。


今も尚、リヴルダールは勇士を集めている。


噂も、形を帯び始めていた。

宮廷魔術師の禁断の予言書。

強奪されたという話は、

もはや根も葉もないと切り捨てられる大きさではない。


「まあ、行けばわかるさ。」

思案を重ねても真実はひとつである。それに、考え事をする為に故郷を出たわけではない。


クライフェルトはゲルダムの街からリヴルダールの国都シャン・グリーンに続く石畳の道を眺めていた。




to be continued…

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とある勇者?の物語。 藤沢 隆一郎 @Fujisawa_Ryuichiro

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