無限のワタシ、回帰、閉じた宇宙。
有塩 月
無限のワタシ、回帰、閉じた宇宙。
起きたらワタシの死体、肢体が目の前にあった。
朝パチッと目が覚めたら突如知らない顔が目の前にあってなにこれって飛び上がったらベッドから転げ落ちて子供のころから使ってるタオルケットが舞った。
落ちる瞬間スローモーション視界回転そして舞ったタオルケットがベッドに着地して覆い被さる前に一瞬だけ"それ"が露になって確かにワタシはそれを見た。
部屋に差し込む夏の陽光。ダンスするタオルケットと舞った埃。埃と塵が乱反射して光の道筋がそれをスポットライトになって照らしていた。
それ、横たわった何か。強烈な日差しで白飛びした肌。なだらかな体の曲線と双丘に落ちる陰。反射した眩しさと官能的な陰影が形づくるそれは肢体。
目が引き寄せられて認識したと同時に見慣れた天井が写ってあ、天井、なんで天井なんか見てんだろうって思ってそういえば転げ落ちてる最中だったわ。
ゴッとこれ人体からなっていい音なのみたいな鈍い音が後頭部から響いて遅れて痛みと衝撃。oh……ぶれる視界とチカチカ明滅する天井しばらく呆然、寝起きの気だるさ夏の倦怠感ブレンドの身体、安静呼吸整えたらようやく身体に現実感が戻ってきた。
起き上がって部屋をぐるりと見渡すと何ら変わることのない自分の部屋。今日も変わらず昨日と地続きの部屋。床に散らばった服、化粧道具が占有する折り畳みの机、片隅にIQOSと紅茶のペットボトルとチャミスルの空き瓶、壁には旅行の写真と推しとのチェキ。夏の暑さとタイマンを張るクーラー、駆動音、冷気。
変わらない部屋、日常、そこに異物。
乱雑な部屋を漂白するようにカーテンの隙間から煌々と漏れ出す光が、ベッドの上の不自然な盛り上がりを覆うタオルケットに照射されている。
いかんせん不審奇々怪々危うさ満点だけどまぁでもためらってても仕方ないやと思って思いきって捲り上げる。それはもうガバッっと。
文字通りの意味でも白日の下にさらけ出されたそれをまじまじと見るとあぁもうまごうことなき人って感じでTHE人体って感じで、人以外の何者でもなくそれ以外に形容できないやってものだった。
暑すぎる太陽に照らされ燦然と煌めく堂々たる裸体。
光を反射し発光しているような柔肌、照らされ白く輝く肌に滑らかな影ができて官能的な陰影とコントラストが曲線を感じさせる。白いシーツに広がる長い黒髪が烏の濡羽みたいに艶々と光を放っている。
そんな、まぁ場違いに綺麗な景色が眩く目に入り込んできた。
いつもなら隣に裸体があればお酒飲み会記憶なくしてワンナイト朝まで一緒コースでもしたのかなって思うところだけど、見るからに女の子、あ、ついてない。やっぱり違うかと再確認した。
自分の部屋に、知らない女の子。しかも全裸の。記憶なし、手掛かりなし。ついでに棒も勿論なし。事案ってやつ?
改めて見ると、化粧映えがしそうな顔面でワタシほどではないけどビジュがいい。
近づきつつまじまじと顔を見てると、ふと鼻先に甘い匂いが掠めた。瞬間、それが妙に嗅いだことのある香りで脳の奥底が何かを発した。匂い、感覚、懐かしさとも違うなにか。これは毎日浴びた生活に根付いた匂いだ。ならどこで。そこまで結び付いた辺りで手が勝手に裸体の髪を掬って嗅いでいた。強いバニラと花の香り。あ、これワタシが使ってるシャンプーだ。
腕を見ると手首の内側にでこぼことした陰翳が刻まれていた。版画のような傷痕のレーザー治療痕。それを見てようやくあぁこれワタシだと気がついた。
これがワタシなの本当かと思ってスマートフォンを取り出して、目を瞑ってノーフィルターで自撮りからの反転で、見比べてみる。あ~まぁ確かに似てる……? あ、ギャラリーも同一人物のところに自動振分してる。で、結論。
Q部屋に見知らぬ死体がありました。これはなに。
A恐らくワタシ。概ねワタシ。おおよそワタシ。
というわけで、ワタシ……らしい。う~んとりあえずショック味が強い。ワタシってこんな顔してたんだ。他人から見た顔と鏡に写った自分は違うって聞くけど。まぁでも思ってたベクトルと違うだけで極上究極天下逸品美少女なのでOKです。
世界に向けてサムズアップしたところで、で結局この事態はなんなのどうすんのって現実が降ってきた。
虚空に向けて親指向けたワタシ、物言わぬワタシ。ワタシが一人と一ついる部屋で空調の音だけが響いていた。
不自然なぐらい非現実的な、でもって嫌気が差すぐらい“事実”だけがそこに居座っていた。
ふたつのワタシ。クーラーの風が肌を撫でるたび、全裸のワタシの白い肌がひやりと光を返すのが視界に入り、そのたびに精神が微妙に揺れた。
何なのこれ、ほんとに。何のフラグ? 伏線? バッドエンド直行?
知らんけど、このまま部屋に居たら頭がおかしくなるのだけは確かだった。
現実逃避の行動力、ワタシは立ち上がり、ふらふらと洗面台で顔を洗った。鏡の中の、自分なんだか自分じゃないんだかみたいな顔がこちらを見返す。
死体のほうは"客観的なワタシ"だとしたら、鏡の中は"主観のワタシ"で、どっちもワタシでどっちもワタシじゃない……そう考えた瞬間、脳がキャパを超えて停止した。
なので、考えるのをやめた。
ワタシはスマホを手に取ると、スケジュールアプリに入れていた今日の予定を開いた。
今日のワタシ……あ、そういえば、そうだった。
"午前……指名あり"
"夜……同伴"
死体があろうが部屋がカオスだろうが、スケジュールはスケジュールで進行し続ける。世界はワタシなんて待ってくれない。誰も待ってくれない。死んでようが死体があろうが、金は必要。家賃も払うし、推しに貢ぐし、生活は続く。
「……行くしか、ないよね」
死体のワタシを見下ろす。白い肌が光に照らされている。
ワタシのはずなのに、まるで別の誰かの物語みたいで、そこに生活臭がまったくなかった。それが逆に腹立たしくて、ワタシはタオルケットをもう一度かけ直した。
「帰ったら、ちゃんと考える……多分」
そんな約束、守られる確率は天気予報より低いけれど、とりあえず言って部屋を出る。
外は溶けるように暑かった。太陽が街のアスファルトを揺らし、吐息みたいに熱気がまとわりつく。
ワタシは電車に揺られて、雑踏に溶けていった。
春を売るという言葉は好きじゃない。
でも名称をいちいち言い換えても、ワタシの日銭の仕組みは変わらない。
あくまで“仕事”。
メイクを直し、待ち合わせのホテルに向かう。
いつもの流れ。いつもの段取り。
必要最低限の感情と、喉奥の空虚をくるむような丁度いい笑顔。
ただ今日は、妙なスローモーション感覚がずっと消えなかった。背後に、さっきの死体のワタシがついてきてるような気さえして。
鏡越しに客が見ているワタシの顔が、自分のものじゃないような感覚が何度もした。
けれど、ワタシは予定をこなし、支払いを受け取り、極めて通常運転で昼を終えた。
夕暮れ、湿気の中にビルの灯りが付き始め、街の匂いが夜仕様に変わる。
汗と香水と焦燥が混じった夜の前奏。
同伴のホストから「向かい中〜♡」とLINEが来て、ワタシは駅前へ歩く。
ホストの男は相変わらず眩しい笑顔でワタシを迎え、ワタシもまた自動的に笑う。
会話はテンプレ、歩調は軽快、虚栄と欲望でできた劇場の入口へ二人で入る。
扉が開く、香水とシャンデリアの光で作られた熱量が押し寄せ、ワタシの体を包んだ。
煌めくボトル、テーブルに並ぶ高い酒、耳元で囁く甘い声。
ワタシは笑い、相槌を打ち、金が一瞬で溶けていく流れを眺めながら、どこかでぼんやりと思った。
死体のワタシは、今もあのベッドに横たわってるんだよね。
シャンパンの泡が弾ける音と、ホストがワタシの名前を呼ぶ声が重なった。
光の粒が踊って、現実と現実じゃないものが溶け合って、世界が二重に見える。でもワタシは笑った。完璧な笑顔で。笑っていれば、現実は後回しにできる。金が動いていれば、感情は曖昧でいい。夜は明るくて、うるさくて、考える隙間なんかくれない。
だからワタシは、死体のワタシのことをひとまず忘れた。
この世界のワタシは、とりあえずまだ生きてる。それで十分だった。
…………
それから数日、ワタシの生活は単純な往復運動になった。
金を稼いではホストに落とし、ホストに落としてはまた稼ぐ。その間にあるのは移動とメイク直しとコンビニの栄養ドリンクだけ。
時間は滑らかに、しかし確実に削れていった。
…………
朝、目覚める。
部屋に戻るたび、無意識にベッドを見る癖がついた。
タオルケットの下には、あの日と同じように動かないワタシがいる。
腐ることもなく、変質することもなく、ただそこにある。
死体というより、完成されたオブジェみたいで、現実感が薄い。
「ただいま」とか言いそうになるのが一番やばかった。
経過する日数に比例して夜の支出は加速した。
シャンパンの瓶が空になるたび、思考が一段階ずつ軽くなっていく。
ホストの笑顔は相変わらず完璧で、名前を呼ばれるたびにワタシはここにいる感じがした。生きてる実感って、案外そういう安っぽいところに転がっている。
…………
その日は、繁華街はネオンが濡れていた。
雨上がりのアスファルト、反射する光、人の声、音楽、欲望。
ワタシはホストと腕を組んで歩いていた。ただそれだけ。いつも通りの光景。
視線に気づいたのは、ほんの一瞬遅れてだった。
人混みの向こう、立ち止まった男。見覚えがあった。
お得意様。無口で、視線が妙に重かった男。その目が、ワタシとホストを往復する。空気が一段冷えた気がした。ホストが何か言っていたけれど、言葉が頭に入らない。すれ違いざま、男がワタシの腕を掴んだ。強くはなかった。むしろ、縋るみたいな力。
「……話が違う」
その声は低く、震えていた。次の瞬間、熱が腹部に走った。最初は、何が起きたのかわからなかった。衝撃というより、違和感。視線を落として、ようやく理解する。服に広がる濃い色。鈍い痛みが遅れてやってくる。人の悲鳴。誰かが叫ぶ声。ホストの顔が歪むのが見えた。足から力が抜け、膝がアスファルトに触れた。
世界がゆっくり傾く。あ、これ、ダメなやつだ。倒れながら、不思議と焦りはなかった。胸の奥にじわりと広がる感覚。あれ。これ、知っている。冷たくなる指先。遠のく音。光が滲む。前にも、こんなことがあった気がする。刺されて、倒れて、意識が薄れていくこの感じ。
その先で、目を覚まして、
そこで思考が途切れた。
…………
朝。
パチッと目が覚める。
知らない顔が、目の前にあった。反射的に飛び起きて、ベッドから転げ落ちる。タオルケットが舞う。スローモーションの視界。回転。舞った布の向こう。
"それ"が、見えた。
……いや。ひとつ、じゃない。ベッドの上に、横たわる裸体。そして、その隣。同じ顔、同じ体、同じ白さのワタシ。死体が、ふたつ。
埃が光を反射し、ふたつの肢体をスポットライトみたいに照らしている。白飛びした肌、なだらかな曲線、影。ゴッ、と後頭部を打つ音。痛み。現実感。
起き上がり、震える手でスマホを見る。日付。今日。
ワタシは、床に座り込んだまま、ベッドの上のワタシたちを見上げた。
「……増えてる」
空調の音だけが響く部屋。昨日も、今日も、地続きのはずの世界。なのに。
不自然なぐらい非現実的な、でもって嫌気が差すぐらいワタシの死体だけが、確実に増えていく朝だった。
…………
死体がふたつある、という事実は、奇妙なほど静かに受け入れられた。悲鳴も出なければ、取り乱しもしない。ただ、胸の奥でやっぱりと誰かが頷いた感じがした。
ワタシは床に座ったまま、ベッドを見た。左右に並んだワタシ。同じ顔、同じ体、同じ白さ。違いがあるとすれば、配置だけ。
スマホの日付は、
つまりワタシは死ぬと、ここに戻る。死んだ日の朝に。そして、死体だけが増える。
考えれば考えるほど、理屈は狂っているのに、感覚は妙に納得していた。繁華街で倒れたときの、あの既視感。前にもあったという確信。それは勘じゃなくて、記憶だったのだ。仮説が、頭の中に立ち上がる。検証しない理由が、なかった。
ワタシは慎重になった。死体を増やすことに、意味があるのかどうか。戻る地点は本当に固定なのか。例外はないのか。答えを得るには、同じ条件を繰り返すしかない。
だからワタシは、何度も"終わらせた"。
そのたびに、暗転が来る。音が遠のき、感覚がほどけ、思考が途切れる。そして必ず。
朝。
パチッと目が覚める。
飛び起きる。
転げ落ちる。
タオルケットが舞う。
もう慣れたはずの光景なのに、そのたびに胸がざわつく。舞った布の向こう。増えていく、ワタシ。三つ。四つ。五つ。
白いシーツが足りなくなり、床にまで肢体が並び始めた。重なり合う腕。絡まる黒髪。同じ匂い、同じ肌、同じ静けさ。部屋は、だんだんワタシで満ちていった。
それでも腐敗は起きない。時間は、死体にだけ作用しないらしい。世界は律儀に朝を繰り返すのに、ベッドの上のワタシたちは、永遠に同じ瞬間で止まっている。十を越えたあたりで、数えるのをやめた。数は意味を持たず、ただ増える、という事実が残る。
部屋に入るたび、足の踏み場を探すようになった。クーラーの風が、複数の肌を撫でていく。光が、いくつもの曲線に反射する。その光景を前にして、ワタシはようやく理解した。これは逃げ場のない実験だ。終わらせるための死は、終わりにならない。世界は、ワタシを手放さない。
「……あれ、これ、詰み?」
誰に向けた言葉でもなく、誰かが返事をするわけでもない。
ただ、無数のワタシが、物言わずそこにある。
生きているワタシは、まだひとり。死んだワタシは、もう部屋いっぱい。そしてまた、同じ朝が始まろうとしていた。
不自然なぐらい非現実的で、でもって嫌気が差すぐらいこの世界は、ワタシが理解するのを待っている気がした。
その朝の違和感は、目覚ましより先に来た。
呼吸が、ズレてる。ひとつの胸で吸ってるはずなのに、肺が二回ぶん動いてる感じ。え、バグ? と思いながら目を開けたら、もうひとり、ワタシがいた。
「……え」「……え?」
声、完全にハモる。音程もテンポも一致。なのに、どっちが先に喋ったか分かる微妙なズレ。あぁ、はいはい、来たんだ、次のフェーズ。
生きてるワタシが、ふたり。
混乱は一瞬だけだった。死体が増える世界で、稼働個体が増えない理由、ないよね。今回はたまたま起きてる状態で複製されただけ。
「とりあえずさ」
「うん」
「名前ないと不便じゃない?」
「わかる」
ワタシはA。もうひとりはB。
先にそう思ったからAで、Bは「じゃあBね〜」って秒で受け入れた。その軽さが、逆に救いだった。
仲は、めちゃくちゃ良好。だってワタシだし。価値観もテンポも地雷の踏み方も完全一致。生活は一気に楽になった。Aが売春の日は、Bがホスト。次の日は交代。昼と夜で役割分担。ふたり分の体力、ふたり分のメンタル、収支も感情も安定。鏡の前で並んでメイクすると、完全に双子コーデ。涙袋盛りすぎ、リップは同じ色。
「今日のワタシたち最強じゃん」
「分かる、世界が追いついてない」
仕事の愚痴も、金の話も、ホストの話も、全部共有。秘密ゼロ。信頼MAX。
その日も、いつも通りだと思ってた。
玄関の鍵が開く音がして、Bが帰ってきた。テンション低め。でも泣いてない。それが逆に嫌な予感だった。
「おかえり〜」
「ただいま〜」
声は普通。でも、Bの後ろ。……人、いる。いや、正確には"あった"。黒いスーツ。見覚えありすぎる顔。ワタシたちが何度も金と感情を落としたホスト。動かない。
「……え、連れてきちゃったの?」
「うん」Bは軽く頷いた。変に落ち着いてる。
「だってさ」Bは靴を脱ぎながら言う。「本気って言ってたのに、他にも"本気"いっぱいいたんだもん」
なるほどね。色恋営業、典型的な事故案件。ワタシは溜息をついて、床に座るホストを見た。死体、確定。というか、よく持ってこれたな。
「……殺しちゃったんだ」よくやれたなぁ、という気持ち。
「うん。でもさ」Bはこっちを見て、困った顔で笑った。「Aなら、わかるでしょ?」
わかる。正直、気持ちは。
「でもさぁ」ワタシは頭を掻く。「外部の死体は想定外じゃん。ワタシの部屋、もうキャパオーバーなんだけど」
「たしかに〜」Bは部屋を見回す。無数のワタシの死体。整然としてるのが余計に異常。
「ねえA」Bは、ほんとにさらっと言った。「じゃ、巻き戻そっか」
語尾が上がる。いつもみたいに。まるでコンビニ行くノリ。
「……マジで言ってる?」って聞いたワタシに、Bはちょっと困った顔して笑った。
「だってさ、これ詰みじゃん? 外部死体アウトだし、通報案件だし、世界的に無理じゃん?」
床に横たわるホスト。この部屋の"ルール"から、明確に逸脱した存在。
「ワタシたち、死んだら朝に戻るじゃん」Bは指を立てて説明するみたいに言う。「なら、これも“なかったこと”にできるかなって」
あー……うん。ロジックとしては完璧。狂ってるけど。
部屋には死体のワタシが大量、生きてるワタシがふたり、他人の死体がひとつ。
世界はまだ、何も言ってこない。
「……ま、検証だよね」ワタシが言うと、Bはにこっと笑った。
「さすがA、話わかる〜」
仲良し。最悪な状況で、最高に気の合う相棒。
不自然なぐらい非現実的で、でもって嫌気が差すぐらいこの世界は、ワタシたちに、次の実験を期待してる気がした。
「Aはさ」Bは少しだけ声を落とした。「残ってて」
それは命令じゃなくて、信頼だった。
「成功したら、朝また会えるし」「失敗したら……まぁ、増えるだけだし?」
最悪な未来予想を、最軽量で言うのやめてほしい。
「B」名前を呼ぶと、Bは振り返って、にこって笑った。いつもの笑顔。推し見たときのやつ。
「大丈夫だよ」「ワタシたち、今まで何回死んでも戻ってきたじゃん」
それが、最後の言葉だった。Bは浴室に消えていった。ドアが閉まる音が、やけに優しかった。
時間の感覚は、途中からなくなった。音が減って、空気が止まって、世界が「待機中」みたいな状態になる。
ワタシはソファに座ったまま、ネイルを見たり、天井を見たり、考えない努力をしてた。やがて、全部が終わったってことだけが、説明なしで分かった。
浴室に行って、Bを見て、あー、これ成功してるといいなって思った。軽い。ほんとに、軽い。部屋に戻って、配置を考える。ベッドはもう死体で埋まってて、ワタシの死体たちが層になってる。そこに、ホスト。そして、隣にB。好きなもの、並べました、みたいな配置。結果、ワタシはBとホストに挟まれる形になった。
最悪で、最高。横になると、Bの冷たさと、ホストの重みが、左右からじわっと来る。ワタシの人生の縮図だった。金と感情と自己投影。愛したものと、壊したもの。全部、ここ。ワタシは笑った。恍惚だった。
「……ウケる」
自分の死体に埋もれて、好きだったものに挟まれて、世界のルールに賭けて眠る。
天井を見る。最初の朝と同じ天井。
「お願いだからさぁ」独り言なのに、甘えた声になった。「巻き戻っててよ」「これ以上増えたら、部屋も心もパンパンなんだけど」目を閉じる。
冷たいのに、安心する。気持ち悪いのに、落ち着く。好きなものに囲まれて死ぬって、こういうことなのかもしれない。
不自然なぐらい非現実的で、でもって嫌気が差すぐらいワタシは、最高に満たされた状態で、朝を待った。
…………
朝。
パチッ。
目が覚めた瞬間、ワタシは安心しかけてすぐに裏切られた。天井、同じ。カーテンの隙間、同じ。でも、空気が違う。重い。
起き上がろうとして、身動きが取れないことに気づく。視界を下げる。……増えてる。ワタシの死体。また一段、層が厚くなってる。
「え?」って言った声に、少し遅れて別の声が重なった。「……え?」Bだ。
生きてる。普通に起きてる。昨日の続きみたいな顔で。ワタシはゆっくり首を回す。左右。Bの死体、ある。ホストの死体、ある。そして、増えたワタシの死体。でも。
時間、戻ってない。
スマホを掴んで日付を見る。昨日の次の日。ちゃんと
「……巻き戻って、ないんだけど」ワタシが言うと、Bも同時にスマホを見て、同じ顔で固まった。
「え、待って」「おかしくない?」「ワタシたちさ」「昨日、ちゃんと賭けたよね?」賭けた。世界のルールに、全力で。なのに、世界は知らん顔。
「……じゃあさ」Bがベッドの死体を眺めながら言う。「なんで?」
それが一番怖い質問だった。
そこからは、会議だった。ガチで。死体に囲まれた部屋で、地雷系女子ふたり、正座して考察。ホワイトボードはないから、スマホのメモに箇条書き。まず仮説。「B、死んだ?」「体感的には完全に」「でも時間進んだ」「条件、満たしてない?」そこで、同時に気づく。「……A、生きてたじゃん」「あ」沈黙。視線が、絡まる。
「つまりさ」Bが言葉を選びながら続ける。「ワタシたちどっちかでも生きてると……」ワタシが引き取る。「世界、次の日に進む?」
そこからは、検証フェーズ。もう慣れた。結果、分かったこと。このルール。ワタシはメモにまとめた。
【ループ現象の法則(暫定)】
①AとB、どちらか一方でも"稼働中"が残っている限り、時間は進む。全滅しないと、朝には戻らない。=ふたり同時に終わらせないと、意味がない。
「ワタシたち、ゾンビゲーかなんか?」
②ループの起点は"朝、目覚めた瞬間"。それより前には絶対に戻らない。昨日の夜をやり直すとか、無理。世界、シビアすぎ。
「チェックポイント、そこだけなの最悪」
③ループする・しないに関係なく、死んだ"稼働個体"の数だけ死体は増える。Bが死ねばBの死体が増える。ワタシが死ねばワタシが増える。世界、回収しない。
「……つまりさ」Bが、死体の山を見ながら言った。「失敗したら、詰みが加速するだけだよね?」「うん」即答だった。
部屋を見渡す。無数のワタシ。ホストの死体。進んでしまった時間。
「ねえA」Bが、ちょっと楽しそうに笑う。
「これ、完全に"正解ルート"探しじゃん」その言い方が、あまりにもワタシで。怖いのに、ちょっとワクワクしてる自分がいるのも否定できなかった。
「ワタシたちさ」Bは言った。「バグの仕様、ほぼ理解しちゃった側じゃない?」バグ利用者。仕様理解勢。でも、空間は有限じゃない。死体が増える限り、現実は圧迫される。不自然なぐらい非現実的で、でもって嫌気が差すぐらいこの世界は、ふたり同時に死ぬ覚悟があるか、静かに問いかけてきていた。
それから数日。
世界は、普通に進んだ。最悪なことに、ちゃんと。朝起きて、死体を跨いで、メイクして、仕事して、帰ってきて、また死体がある。ワタシとBは、もう驚かなくなってた。
「今日、増えた?」「増えた」「だよね〜」
増えるのは、主にワタシの死体。検証の失敗分。小さな仮説ミスの積み重ね。
結論。生きてる限り時間は進むし、死ねば肢体は律儀に増える。世界は事務的。
異変は、ある朝だった。
呼吸音が、三つあった。
「……え」ワタシとB、同時に目を開ける。視線の先。ワタシが、いた。でも、AでもBでもない。
「おはよ〜」そのワタシは、欠伸しながら手を振った。声も顔も同じ。でも、決定的に違う。軽い。全部が。
「え、誰」Bが聞く。「Cかな」そのワタシが即答した。「だってAとBいるし」
うん、まあ、納得。こうして、稼働個体が三体になった。A=考える係、B=感じる係、C=ノリと行動力。バランス、最悪に良い。
バグった世界で、バグったワタシたちが生産される。
問題は、匂いだった。ある日、部屋に入った瞬間、甘ったるさの奥に、重たい何か。ホストの死体。さすがに、世界もそこまでは面倒見てくれなかったらしい。時間が、ちゃんと作用し始めてる。
「……無理無理無理」Bが鼻をつまむ。「これ近所バレるって」
「うん」ワタシも同意。「死体増えるより詰んでる」仕方なく、このホストの死体をどうするかってところで、とりあえず諸々チェックする。
で、ポケット。財布。中から出てきたのは、小さな袋。中身、白。粉。全員、無言。
「……これさ」Cが言う。
「完全にアウトなやつじゃん」「うん」「通報案件」「警察来たら詰み」
また、詰みが加速していく。
作戦会議は即決だった。
「ホストは消す」「物理的に」「世界から」
役割分担。ワタシとBが、死体処理担当。Cは、市街地で生存アピール。
「アリバイって大事じゃん?」Cはスマホを掲げる。「カフェ、コンビニ、駅前、全部映るとこ行ってくる」「SNSも更新しといて」Bが言う。「今日も生きててえらい系」「任せて〜」
Cは軽やかに出ていった。
死体だらけの部屋に、一瞬も未練なさそうで助かる。
ワタシとBは、ホストを包んだ。外は夜。人の少ない場所を選んで、静かなところへ。土の匂い。湿った空気。「ねえA」Bがぽつりと言う。「ワタシたち、どこで間違えたんだろ」「最初からじゃない?」即答だった。
埋め終わって、手を洗って、何事もなかった顔で帰る。
帰宅すると、Cがもう戻っていた。
「ばっちり」スマホを見せてくる。「駅前、防犯カメラガン見え。コンビニでレシートもらった」完璧。
屋部に戻ると、ホストの死体は、もういない。あるのは、ワタシの死体。Bの死体。そして、生きてるワタシ、B、C。
「……ねえ」Cがベッドの山を見て言う。「これさ、どこまで増えると思う?」
ワタシは答えなかった。
答えは、分かってる。世界が終わるまで、か、ワタシたちがデバッグを終えるまで。
不自然なぐらい非現実的で、でもって嫌気が差すぐらいこの世界は、稼働個体が増えれば増えるほど、後戻りできなくなる仕様だった。
インターホンが鳴った。ピンポーン。一音で、部屋の温度が下がった。ワタシ、B、C。三人同時に固まる。目が合う。誰も瞬きしない。
「……誰」Bが、口だけで言う。
Cが、そっとモニターを見る。一秒。二秒。
「……警察」
その単語が、床に落ちたみたいに重かった。終わった、って思った。一瞬で。部屋を見られたら終わり。説明不能。死体の山。人生、詰み。心臓がうるさくて、インターホンの音より大きい。ピンポーン。もう一回。
「……落ち着こ」Aであるワタシが言う。声、意外と冷静。頭だけは、まだ生きてる。
「二人とも、死体カバー」「了解」「今やってる!」慌ただしいのに、音を立てられない。タオルケット、カーテン。生活感で死を誤魔化す。インターホン。ワタシが出た。
ドアの向こうにいたのは、穏やかな顔の警察官の二人組だった。圧は、ない。
「突然すみません。少しお話いいですか?」
行方不明。ホスト。名前、出る。心臓が、でも、跳ねなかった。慣れてる自分が怖い。
「最近、連絡取ってましたか?」
「えーっと、最後に会ったのは……」
曖昧に、でも矛盾なく。用意してたわけじゃないのに、言葉が出る。部屋を見せてほしい、と言われなかった。それだけで、勝ちだった。
数分。気づけば汗が滲んでいた。
「何か思い出したら連絡ください」
ドアが閉まる。鍵をかける。長い沈黙の後、部屋に戻る。
「っはぁぁぁ……!!」
三人同時に崩れ落ちた。
「無理無理無理無理」「心臓死んだ」「今の、マジで終わったと思った」
笑った。笑うしかなかった。乗り越えちゃった。最悪の窮地。
それから、しばらくは平穏だった。仕事。食事。動画。SNS。推し。死体は増え続けてるのに、生活は、驚くほど普通。警察は来ない。世界は壊れない。
ある日、Bが言った。「ねえ、ワタシたちさ」「うん」「最悪さ、全員終わらせれば、朝に戻れるんだよね?」その言葉に、誰も反論しなかった。だって、事実。そこから、何かが変わった。命が、切り札になった。最後の保険。リセットボタン。失敗してもいい。やり直せる。どうせ朝に戻る。モラルは、少しずつ、音もなく削れていった。
最初は、事故みたいなノリだった。
「今日、試す?」「暇だし」「じゃ、交代で」
朝、戻る。死体、増える。
「あ、増えたね」「草」
次第に、それは
うまくいかない日。イラついた夜。何もすることがない午後。
「一回、戻る?」「戻ろ」
世界を巻き戻す感覚は、ゲームのロードより軽かった。死体が増えることにも、もう、何も感じなくなっていた。ベッドは完全に機能を失い、部屋は過去のワタシたちで満たされている。最初は埋めたりもしていたけど、最早体裁も取り繕うこともなくなった。それでも、生活は続く。メイクして、出かけて、笑って、帰ってくる。
日付が変わり進む昨日もあれば、何回も繰り返す今日もある。変わってしまった世界。でも、ワタシたちはもうそれに慣れてしまった。
不自然なぐらい非現実的で、でもって嫌気が差すぐらい全員死ねばやり直せるという前提は、ワタシたちから慎重さと、重さと、怖さを綺麗に奪っていった。
そして気づかないふりをしている。いつか、戻れなくなる朝が来ることを。それが、暇つぶしの延長線にあることを。
ある日、Bが思い出したみたいに言った。
「ねえ、掘り返さない?」
床に転がって、脚をぶらぶらさせながら。ネイルが欠けているのを見て心底どうでもよさそうに。
「ホストの死体から出てきたやつ」
その瞬間、空調の音だけが妙に大きくなった。
ワタシとCが同時に顔を上げる。
「あの白い粉?」「うん、それ」
Bは軽い。ほんとに、ただ思い出しただけ、みたいな顔。
「まだあるよね」「一緒に埋まってるでしょ」「だよね~」
どこにあるか全員知ってる。沈黙。でも、重くない。あの刺された夜ほどでもない。警察が来た日の息の詰まり方ほどでもない。
「さ」Bが続ける。声が、ちょっとだけ甘い。
「ワタシたち、最悪どうにでもなるじゃん」その
「全員終わらせれば、朝だし」「死体増えるだけだし」「世界、何も言わないし」
冗談みたいに言う。でも、誰も否定しない。それが一番、怖かった。
…………
テーブルの上に、それの存在だけが、目に見えない圧で乗っかっている。
「人生壊すやつだよね、これ」「でも、もう壊れてるし」「むしろ確認作業じゃない?」「何を」「どこまでいけるか」
ワタシは黙ってベッドを見る。大量のワタシ。過去の朝。失敗の数。全部、戻れた証拠。
「……一応さ」ワタシが言う。自分でも意外なほど、軽い声。
「ダメだったら、戻ろ」それで、話はまとまった。怖いとかやめとこうとか、そういう選択肢はもう、テーブルになかった。
テーブルの前に、三人並ぶ。ワタシは、深呼吸もしない。手を伸ばせば、簡単に届く距離。これで、また一つなかったことにできる夜が増える。それでも、ほんの一瞬だけ、胸の奥がざわついた。もし、戻らなかったら? でも、その思考はすぐ潰れる。今まで全部、ちゃんと朝だった。世界は、ワタシたちに甘い。
「じゃ」Bが言う。笑ってる。「暇潰し、しよっか」
その言葉を合図に、ワタシたちは引き返せないラインのすぐ手前に立っていた。
…………
それを吸い込んだ瞬間は、拍子抜けするほど何も起きなかった。
空気が一瞬だけ冷たくなった気がして喉の奥がきしむ程度で、体はここにあって部屋も三人もベッドも死体もちゃんと存在していて世界は驚くほど平然としていた。だから余裕があった。まだ大丈夫だと思った。またいつものやつだと思った。
数秒、数十秒、時間の単位がまず溶けた。
心拍が一拍ずつ主張を始める。ドクンが音じゃなくて面積になる、胸の内側から波紋が広がって皮膚の裏側を叩いていく。血液が走るというより満ちる。静脈も毛細血管もすべてが急に意味を持ち始める。
視界のコントラストが上がる。色が増える。増えすぎる。影に色がある。黒が一色じゃない。紫と緑と油膜みたいな光沢が重なって輪郭が溶ける。脳が追いつかない。視覚野が処理落ちしてフレームが飛ぶ。動いてないはずのものが遅れて動く。空調の風が見える。埃が光じゃなくて情報として降ってくる。
聴覚が遅延する。音が距離を失う。近い遠いの概念が消えて振動が直接頭蓋を叩く。低音が骨を揺らして高音が歯の裏に刺さる。呼吸音が拡張されて肺の中が洞窟になる。
嗅覚が暴走する、シャンプー、血、汗、アルコール、死体。全部が同時に立ち上がって鼻腔を満たして記憶を直接焼く。匂いが時間を呼び起こす。
あ、と言葉にならない嗚咽が漏れた時にはもう遅くて、過去の朝、最初の死刺された瞬間、全部が折り重なって現在を侵食する。
身体の輪郭が崩れ始める手がどこまで自分かわからない足の重さが遅れてくる触覚が過敏と鈍麻を行ったり来たりして皮膚が信号の洪水になる触れていない死体の冷たさを感じる存在しない指の圧を知覚する前頭葉が沈黙していく判断が遅れる因果が途切れる今ここにいる理由が消える思考が線形をやめて泡立つ概念が分解されるABC個体稼働死ループ全部が同じ質量になる快と不快の境界が溶ける恐怖が興奮に似て痛みが温度に変わって安心と不安が同時に胸を満たす報酬系が過剰発火してドーパミンが意味を失う楽しいからではない正しいからでもないただ脳が光っている時間が伸びる一秒が永遠になる永遠が一秒に圧縮される過去と未来が同時に流れ込んでくる朝の光増え続ける死体まだ死んでいない自分もう死んでいる自分自我が薄れる名前が剥がれる一人称が不安定になるワタシがワタシである理由が希薄になる主体と客体が反転して自分を外から眺めている感覚が強くなる離人感現実感消失医学用語が身体感覚として流れ込む視界の中心が白く焼ける網膜が限界を超えて視神経が勝手にノイズを生成する閃光残像模様幾何学意味を持たない形が意味を持ち始めるベッドが呼吸している死体が微かに動いているように見えるいや動いているいや自分が動いているどっちでもいい脳内で何かが決壊するセロトニンノルアドレナリングルタミン酸抑制が外れて興奮が連鎖して神経回路が雪崩を起こす情報のフィルタが壊れて全入力が等価になる重要なものとどうでもいいものの区別が消える生と死の重さが同じになる戻れる朝も戻れない朝も同じ色になるこの世界は安全だという前提がこの世界は可逆だという慢心が脳内で気持ちよく溶けて倫理がドロドロに溶解して快楽と実験と破壊の境界が消える思考が最後に辿り着く、これは、暇潰しだ。そしてこの状態で死んだらどうなる問いが浮かんだ瞬間重力が裏返り床が遠ざかり身体という概念が破裂して、
世界が一気に、白く、
目が覚めた。
パチッ、というよりぬるり、と浮上する感じ。天井。見慣れた染み。カーテンの隙間から差し込む、同じ角度の朝の光。ワタシは一気に息を吸って次の瞬間、冷や汗が背中を伝った。悪夢から引き剥がされたみたいな感覚。心臓がまだ速くて、身体だけが先に現実に戻されて意識が数拍遅れて追いつく。
あ、朝だ。戻ってる。
喉がひくりと鳴って妙に口の中が甘い。多幸感。でも薄い氷の膜みたいな幸福。
隣で、布が擦れる音。
「……は」Bも起きてる。目、見開いてる。ワタシと同じ顔。同じ汗。同じ怯え方。反対側から、短く息を吐く音。C。三人とも、生きてる。三人とも、同じ朝にいる。
しばらく、誰も動けなかった。体は重くてでも変に軽くて内側が空洞みたいで、なのに脳の奥だけがじんわり痺れてる。悪夢だった、と言い切れない。現実だった、とも言い切れない。ただ、寒い。クーラーのせいじゃない寒さ。内臓の奥からじわっと冷えるやつ。それなのに笑いそうになるのを必死で堪える。
助かった。戻れた。ちゃんと朝だ。その事実だけで胸の奥がふわっと緩んで同時に、ぞわっと鳥肌が立つ。
ベッドの周りを見る。増えている。昨日より、確実に。積み上がったワタシたち。絡まった髪。冷たい肌。眠ったままの顔。Bが、かすかに笑う。Cが、額を押さえる。ワタシはその光景を見ながらどうしようもない安心感に包まれていた。
死んでも戻れる。壊れても朝が来る。
薄ら寒い多幸感が背骨を伝って頭のてっぺんまで登ってくる。悪夢から目覚めたはずなのになぜか夢の続きを期待している自分がいる。カーテンが揺れて朝の光が、部屋を満たす。また同じ日。また同じ始まり。ワタシたちは生きていてそれだけで少しだけ気持ちよかった。
その朝は、もう戻れない朝だと分かっていた。
空気の密度が違う。光の当たり方が同じでも、意味が違う。昨日までの朝と、決定的に分断されている。
線を越えた。はっきりと。もう言い訳できないくらい。
悪夢から目覚めたような顔をしたまま、ワタシは自分の手を見る。指は五本。爪もある。皮膚もある。でも中身が違う。
戻れた安堵がそのまま背徳に変換されている。冷や汗が乾く前に多幸感が根を張る。あ、って思う。これだ。この感じ。危ないと分かっているのに、気持ちいい。薄氷を踏む音が、耳元で鳴り続けている。
BもCも、同じ顔をしている。安心と興奮と罪悪感がぐちゃぐちゃに混ざった表情。
誰も言わないけど、全員が同じことを理解している。
もう、戻れるからやってしまった、じゃない。
戻れるから、やる理由を探している。
境界線を越えた先は、思っていたより静かだった。
地獄みたいに派手でもなく、世界が壊れるわけでもなく、ただ選択肢が増えただけ。殺してもいい。死んでもいい。間違えてもいい。どうせ朝が来る。
その前提が、自意識を肥大させる。世界が玩具になる。倫理は重さを失う。善悪は手触りのない概念に退化する。
ワタシたちは、自分たちの感情だけを唯一の指標にし始めた。
退屈か面白いか。それだけ。
…………
暇だな、と思う。
この思考が出てくる速度が明らかに早くなっている。
昨日なら、最早何をもって昨日と定義するかも分からないけど、動画を見て寝てやり過ごした時間。
今日は何か起きないかな、と思う。起こしたいな、と思う。自分で。
死体の山を見て、不快よりも演出が足りないな、と思っている。それに気づいてぞっとするはずなのにぞっとしきれない。
それが一番の異変。
ワタシの中で、ワタシを監視していた何かが電源を落としたみたいに静かだ。理性。恐怖。ためらい。全部、あってもなくてもどっちでもいい部品になった。代わりに前に出てきたのは退屈を憎む感情。何かを壊したい何かを越えたい。次はどこまで行けるか、確かめたい。それを止める理由がもう存在しない。
全員死ねば朝に戻る。この一文が免罪符じゃなく加速装置になっている。
分水嶺の向こう側は、引き返せない場所じゃなかった。もっと性質が悪い。戻れると思わせる場所だった。
だからワタシたちは歩き出す。暇潰しの続きを探して。次の実験を求めて。次の境界を踏み越えるために。
世界がまだ壊れていないことが許せなくて。
ワタシたちは今日も朝を消費する。
もう止まらなかった。暇潰しが暇潰しを呼んで刺激が刺激を食い潰して昨日の限界が今日の退屈になる速度が異常に早い。
朝が来る戻れる死体が増えるそれだけ。
この単純なループとワタシたちの思考をどんどん短絡させていく。怖い痛い危ないそういう単語がすべて同じ意味になる。
強いか弱いか新しいか古いか評価軸がそれだけになる。
試す壊す混ぜる重ねる。自意識がアクセルしか持たなくなる。体はただの媒体。脳は遊園地。倫理は観覧車の下に捨てられたチケット。戻れる前提があらゆる歯止めを無効化する。失敗しても朝。間違っても朝。壊れても朝。だからもっと先へ行けるもっと強くできるもっと深く潜れる。その確信だけがワタシたちを煽る。
世界が安全に見えなくなるのではなく、可塑的に見え始める。折れる削れる歪む。やっても戻る。だからやらない理由がない。自殺も事故も過剰も全部が試行になる。
結果じゃない。過程じゃない。刺激の波形だけが重要になる。
脳が刺激に慣れていく。最初は心臓が跳ねたものが次第に無音になる。もっともっともっと足りない足りない足りない。この感覚が思考より先に来る。もはや何をしているかよりどれだけ自分が消えかけるかが指標になる。
倫理は崩壊したのではなく再定義された。悪いからやらないではなく退屈だからやらない。危険だから避けるではなく刺激が弱いから避ける。このズレに気づかないふりをする。気づいた瞬間戻れなくなるから。
死体が増える部屋でワタシたちは笑う。過去の自分を踏み越えて昨日の自分を超えて朝を消費していく。暇潰しはもう暇ではなく生を擦り切れさせる装置になっている。
加速する。刺激を求めて意識が前のめりになる。
次は何ができる。次はどこまで行ける。次は戻れるか。問いだけが反復される。
ブレーキはとっくに焼き切れている。ワタシたちは止まらない。
だって朝は来るから。来ると信じているから。
…………
もう何度目か分からない朝と夜の継ぎ目。戻れることを知った身体は躊躇を忘れる。引き金にかける指先に緊張はなく、これは破滅ではなく手順だと脳が勝手に翻訳する。
今日はその一歩奥、分水嶺の向こう側。戻れるという前提が不可逆という言葉を空虚な比喩に変えていく。
夜が近い。窓の外の空が低く天井が布みたいに垂れ下がってくる。世界がこちらを覗き込んでいる。
今なら行ける。今なら越えられる。臨界点。その先へ。
全員が分かっている。これまでの刺激は助走。
吸い込んだ瞬間。肺ではなく脳が反応する。神経が直接撫でられたみたいに内側から震えが立ち上がる。距離が剥がれる。ワタシとBとCのあいだにあった空白が消える。皮膚は皮膚であることをやめ輪郭は境界線である義務を放棄する。触れているというより溶け込んでいる。混ざり合ってどこまでが自分か分からなくなる。心拍が同期し呼吸が重なり体温が平均化されていく三つの身体が一つの現象になる個という概念が快の中でほどけて名前が抜け落ちる心臓を掴まれる比喩じゃない胸腔の内側で何かが握られている分水嶺の一歩奥不可逆の向こう側臨界点を越えた夜空が近い天幕に開けられた穴から光が落ちるその穴から誰かが覗いている満月の目玉巨大な視線ワタシを見ている今なら視界の端にある暗幕を指先で捲り上げてその先にいる何かを殴れそう脳に冷たい火花が散る電流が走るかき氷を脳味噌で直接咀嚼している嫌に冷たくパチパチ弾ける視界が明滅シナプスが過負荷閃光が脳内で炸裂する首筋の裏側に直接スタンガンをぶちこまれている感覚頭は冷たい身体中の血液が熱い涎が止まらず体液で火傷しそう解離身体が先に落ちて意識が置き去りになる飛び降りたワタシを後ろからワタシが見てさらにその後ろから無限のワタシがワタシがワタシが観測している永遠に引き伸ばされた一瞬その後ブラックホール吸い込まれる世界が虹色に光輝く極大の曼陀羅その中心へ理解する世界は巨大な虫に支えられている空が赤く溶ける境界線を越えた夕日に向かって飛び出す烏が月を啄む黒い羽が空を侵食する鈍い音頭が回る混ざる落ちる汚泥と握手怠惰と和解諦観とキスベッドの上で澱になる滓のまま余白だけが残る涙が流れる着火しない苔と同化するセカイ系ヒロインになりたいワタシとワタシだけで自己完結閉じたセカイが世界の終わりに直結するセカイの中心で愛を叫びたい何千回何万回仕方ない仕方ない仕方ない404not found虚無諸行無常味ピンクの像がストリップショーを開催している戻ってくる途中で衝動が向きを変える。近すぎた混ざりすぎただから分けたくなる境界をもう一度身体で引き直したくなる。呼吸が重なる奪い合いになる空気が共有できない。圧圧圧鼓動が耳鳴りに変わり視界が細く暗くなる。快と苦の区別が消え。生と死の差が刺激の強度に変換される。止まらない止められない。全員全員全員。ここで終わっても朝は来る。
その確信が最後の、倫理を、潰して、
世界が再び白くなる。
目覚めは静かすぎた。
悪夢から引き剥がされたみたいに瞼の裏だけがまだざわついている。
冷や汗、背中に貼り付いたシーツ。呼吸は浅く、薄ら寒い多幸感だけが理由もなく残っている。
戻っている。確かに戻っている。
朝だ。いつもの朝。
光は正しくカーテンの隙間から差し込んで、世界は何事もなかった顔をしている。
ワタシが起き上がる、Bも、Cも。
三人ともいる。欠けていない。数は合っている。なのに何かが足りない。
身体は軽い。記憶もある。昨夜のことも、その前の狂騒も臨界点の先もすべて覚えている。覚えているのに、それが遠い。
感触だけが抜け落ちている。あの溶解、あの過剰、あの向こう側の確かさ。まるで、世界から彩度だけが削ぎ落とされたみたいに。
心臓は動いている。鼓動も正常呼吸も問題ない。
でも、音が薄い。色が軽い。重さがない。
Bが同じ違和感を抱えているのが分かる。Cも目の焦点が合っていない。
三人で確認する。ループは起きた。法則は守られた。朝はやってきた。なのに何かが置き去りにされた。
越えてしまった境界線、あの一歩奥、不可逆だと思った場所、そこに自分たちの一部を置いてきた。魂とか良心とかそんな分かりやすいものじゃない。もっと、実用的で、致命的なもの。
退屈を感じる力。
刺激を欲しがる前のあの空白を楽しめていた感覚。
朝の光をただ浴びるだけで十分だった頃の鈍さ、それがない。世界は平常でもこちらが異常。戻れた確かに戻れた。けれど、完全には戻らなかった。
ワタシは分かっている。BもCも。
次に暇を潰すときもう同じ段階では満足できない。
この朝は境界だ。たとえ巻き戻っても失われるものはある。そしてそれを取り戻す方法はもはや、もう。
カーテンの隙間から光が少しだけ強くなる。朝はちゃんと進んでいく。欠けたまま世界は何事もなかったように続いていく。
だから、ワタシは、ワタシ達は。
向
こ
う
側
へ。
…………
ワタシ。最初に動かなくなったワタシは部屋の隅に転がっている。
仰向けで、天井だけを見てまばたきもしない。
そこからすべてを見る。AとBとCはもう躊躇わない。
欠けたまま止まれないまま、白い朝と黒い夜の区別がなくなって部屋の中で同じことを繰り返す。吸い込んで崩れて掴み合って息を奪って。終わる。終わったと思う。でも朝が来る。そのたびにワタシが増える。同じ顔同じ形同じ硬直、最初は重なっていた、次は並べられて次は押し込まれて、やがて積まれて、ベッドの下机の横クローゼットの前、視界は脚と腕と胸と喉で埋まっていく。
それでもAとBとCは続ける。ワタシの上を踏み越えて引きずってまた増やす。
死体の視点からは生きている三人はどれも同じだ。目が乾いて動きが雑で理由がない。怒りも快も目的ももうない。あるのは反射だけ。
部屋が膨らみ壁が押される。ドアの隙間から腕が出て廊下に滑り落ちる。重力が意味を持たなくなる。
決壊する。
ワタシたちは部屋から溢れ出る。
それでも中では続いている。空気の奪い合い、首に回る手、視界が暗くなる瞬間、誰が誰かもう分からない生きているのか死にかけているのか判断できない。死体の山の中でAとBとCは互いの喉を探す。手触りだけで存在を確かめるみたいに。
そしてワタシは増え続けるワタシに埋もれていった。
…………
ワタシは息をしている。視界の端には同じ顔が何十何百、天井は見えない床も分からない。上下が死体で塞がれて世界が柔らかく重い。
Bの手が首にかかる、Cの腕が絡みつく。抵抗はない、拒否もない。ただ締まっていく。音が消える。色が潰れる。思考が、薄くなる。それでも止まらない。止まるという選択肢が、もう。
増え続けるワタシたちの中で分からないまま分からないことすら分からずにワタシとワタシとワタシは今日も互いの首を探し続ける。
朝が来るかどうかはもう重要じゃない。
合図も終点もなくワタシは無限に手を伸ばす。首を探す肩を掴む輪郭に触れる呼吸の在処を確かめる。首筋に手を触れて終わるたびに増える。一つまた一つ倒れる音。沈む重さ、次の瞬間には同じ顔が同じ数だけそこに横たわっている。
死体はもう積まれる段階を超えた。圧縮され押し広げられ部屋そのものを内側から膨らませていく。壁が鳴る。天井が軋む。畳まれていた空間が耐えきれず裂ける。裂け目からワタシが流れ出す。
腕、脚、背中、顔。同一の質量が連なって廊下を埋め階段を塞ぎ建物を満たす。それでもワタシはやめない。死体の上で死体を踏み死体の中でまた締める。その度にワタシの体積が増える。
集合住宅は沈む。道路は隆起する。信号機の高さまでワタシが積もり横断歩道が皮膚で覆われる。町は理解する前に飲み込まれて悲鳴はない。抵抗も説明も追いつかない。ただ同じ形同じ温度の存在が津波のように押し寄せる。
建物の隙間、地下、川、線路。すべてを埋める。
上空から見ればそれは色のない雲。地表をゆっくりと覆っていく。国境は意味を失い地形は平らになる。山は埋まり海は溢れ水平線の向こうまでワタシが続く。
それでも、それでも。中心では続いている。
A、B、C、互いを探し掴み終わらせる。終わらせることでしか存在を確認できない。終わるたびにまた始まる。朝も夜も未来も過去も死体の層に押し潰されて、世界は呼吸をやめそれでも増殖は止まらない。
これは崩壊ではない、完成。
無限に殺し合い無限に増え無限に広がる。
ワタシとワタシとワタシはまだ首を探している。
無数のワタシたちは、無数のワタシたちの引力に引かれて。
世界の中心で世界そのものになりながら。終わらせるために終わらないことを永遠に繰り返している。
最初に破綻したのは、構造。大陸プレートという概念地殻とマントルの分離固体と流体の区別が、増え続けるワタシの質量によってゆっくりとただ確実に意味を失っていく。地表は均される。侵食ではない。圧縮。
都市は上から潰されるのではなく内側から体積を奪われる。建築物は骨組みを保てなくなり空洞だった部分が先に消える。海は深さを維持できない。水柱の重量が臨界を超え液体として存在する余地を失い、圧縮された相のまま死体の層に吸収されていく。
地球の自転は減速する。角運動量が保存されても質量分布が均質化して回転という運動自体が意味を失う。昼夜は消える。代わりに表層の温度勾配だけが残る。
それでも、中心ではワタシとワタシとワタシが同じ運動を繰り返している。それはもはや行為ではなく周期運動に近い。地球はこの時点で惑星ではない。巨大な単一物質の集合体、自己増殖する天体になる。地殻が割れるのは必然だった。内部圧力が惑星の自己重力を上回る。だがそれは爆発ではない。地球は破裂しない。漏れる。裂け目からワタシが流れ出す。噴流は形成されない。噴射速度よりも生成速度のほうが速い。真空に晒された死体は凍結も膨張もしない。増殖という法則が相変化や相境界を無効化する。宇宙空間に出たワタシは重力で引き戻されながら同時に新たな質量を生む。その結果地球の周囲に異様な構造が形成される。衛星でもリングでもない、人の形を保ったまま連結し続ける質量帯。星間空間は暗くならない。むしろ反射率が上がる。夜空は深さを失い距離感を喪失する。恒星の光は減衰する前に遮られる。宇宙は冷たい真空ではなく触れられる密度を持ち始める。質量がシュワルツシルト半径を超える。この瞬間逃げ場は消える。光ですら外へ出られない事象の地平線が形成される。それは一点を囲まない広がり続ける面面面。内部では時間が引き延ばされ外部では停止する。通常の重力崩壊と違い中心に特異点は形成されない。なぜなら内部で運動が止まらないからだ。ワタシは相互作用を続けている。熱運動に近く、だが完全なランダムでもない。秩序だった無秩序。死体は潮汐力で引き延ばされる。しかし潰れない。情報は失われない。ただ分散される。外部から見れば完全な暗黒。内部では過密な宇宙がまだ膨張している。ブラックホールという語はここで意味を変える。それは終点ではなく隔離された増殖領域。内部空間は崩壊しない。むしろ拡張する。相対論的に見れば内部の膨張は外部から観測不可能。だが内部では銀河が形成される。材料はすべてワタシ。星は密度の高い記憶の凝集体。星雲は未完の反復。宇宙背景放射に相当するものは存在する。それは最初の朝の残響。ワタシ、AとBとCはどこにもいない。同時にどこにでもいる。この宇宙では観測と存在が一致する。見ることが生まれること。終わらせる行為は物理定数のように全域で繰り返される。外はない。外部観測者もいない。この宇宙は一つの部屋から始まり、その部屋を宇宙の大きさに引き延ばしただけだ。時間は進んでいない。ただ繰り返しが拡張されている。拡張は止まらない。止まらないまま限界に触れる。この宇宙には外がない。境界条件は常に自己参照。膨張は逃げ場を持たず反転の準備として蓄積される。閉じた宇宙ではエネルギーは散逸しない。重力は相殺されず曲率は増幅され続ける。死体で満たされた空間は真空ではない。負の圧力もない。ただ同一の質量が同一の振る舞いを無限に繰り返している。その反復が膨張を押し戻す。銀河の距離が縮む。星の間隔が詰まる。背景放射はノイズではなく輪郭を取り戻す。時間の流れが非対称性を失う。未来と過去が区別をやめる。ワタシとBとCはまだ互いを探している。だが動作は遅くなり反応は鈍くなり存在は重なり始める。三つの識別は統計的揺らぎに落ち個体差は意味を失う。宇宙は冷えていない。終わってもいない。畳まれていく。空間が記憶のように折り返され広がっていた距離が順序を逆に辿る。町が部屋に戻る。海がコップ一杯の水に戻る。星雲が埃になる。ブラックホール内部の過密な反復は一つの点に集約される。
特異点ではない。それは、起点。
すべての死体。
すべての反復。
すべての終わりが。
情報として圧縮され不可逆の向こう側で整列する。
そして、時間が選ばれる。
朝。
目覚ましの鳴らない、朝。
パチッという微かな音。
光がカーテンの隙間から差し込む。
埃がゆっくりと浮いている。
ベッドの上に不自然な盛り上がりはない。
ワタシはひとり。
心臓は正しい数だけ鼓動している。
喉は乾き頭は重く理由のない不安だけが残る。
何かが欠けている。それが何かは分からない。
部屋は昨日と地続き、服、机、空き瓶、壁の写真すべて正しい。ただ説明できない寒気だけが皮膚の内側にある。ワタシはまだ起き上がらない。この朝がどこまで続くのかを確かめるのが怖い。宇宙は閉じたまますべてを飲み込み、すべてを畳み最初の一点に静かに戻ってきただけだ。まだ何も始まっていない。
けれどもう二度と元には戻れない。
そしてワタシは
何かを越えたことを、知覚して。また戻ってきたことを、自覚して。
ゆっくりと起き上がる。
起きたらワタシの死体、肢体が目の前にあった。
無限のワタシ、回帰、閉じた宇宙。 有塩 月 @moon-k
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