干知駄博士のえっちロボット ~少子化対策は任せた!~
~地下三階、秘密研究所。
空気は廃油とカップ麺のダシが混じった独特の香り。床には謎のネジ、謎のビス、謎の博士の謎の靴下が無数に転がっている。
今日、この場所に人類史(もしくは博士の黒歴史)に残る発明が誕生した。
「ふはははははは!! ついに完成じゃああああ!! その名も——『えっちロボット』じゃあああああ!!!」
干知駄(えちだ)博士、自称66歳は、白衣のポケットからリモコンを振り回しながら絶叫。頭はいつもの爆発ヘア、目はギラギラで三倍に輝いている。完全に壊れている。
助手デスクで書類を整理していた小茂田(こもだ)くん——2X歳、黒髪ロングに分厚いメガネ、真面目オーラ全開——は、手元の書類をばさっと全部落とした。
「は? 今、なんておっしゃいました?」
「だ、だから……え、えっ……いわせんな恥ずかしい……」
博士が急にモジモジしだす。
「お前が言い出したんだろーがあああ!! なんですかその名前は!? 予算はどうしたんですか!? 補助金全部!?」
「う、うむ……全部……使った……」
(コイツ、マジでやりやがったわ)
小茂田くんのメガネが、キラリと光った。完全に殺意の光だ。博士は慌てて逃げ腰になりながらフォロー。
「ま、まてまてまて! えっちロボットはな、日本の少子化を解決するための超画期的ロボットじゃよ! 社会貢献! ノーベル平和賞確定じゃ! 国から感謝状もらえるじゃろ!」
「へぇ~、確かに少子化は深刻ですけどね」
小茂田くんは腕を組んで、氷のような微笑みを浮かべる。
(どうせ下品な機能だろうし、聞くだけ聞いて即座に解体してやる)
「その機能って、なんです?」
「ふふふふ……起動すればわかる! ほれほれほれ!」
博士がドヤ顔でリモコンボタンをカチカチ連打。研究所中央に鎮座していた銀色の流線型ロボット——胸にデカデカとピンクのハートマークがペイントされている痛いやつ——の目が、ぐぐぽーん! と起動音とともに光った。
「えっちロボット、起動」
声は超可愛い女子アナ風。完全に博士の趣味だろう。
小茂田くんは「喋った……!」と一瞬感動しかけたが、すぐに我に返る。
ロボットはゆっくり首を動かし、小茂田くんをジーーーッと凝視。
そして右手を上げ、人差し指をまっすぐに——
「えっちを検出シマシタ」
小茂田くんの胸元へ一直線。
(はい即決。セクハラロボット確定。解体する!今すぐに…!)
と思った瞬間。指先がくるっと180度回転。後ろを指していた。
「?」
次の瞬間。ドドドドドドドドド!!ロボットが爆発的加速で廊下へダッシュ!!
「こいつ……とんでもなく疾い……!」
それは成人男性の全力疾走を軽く超えていた。
廊下を爆走したロボットは、ピタッと緊急停止する。
「目標補足」
指差す先には——研究所の若手職員、下心聖(したごころ たかし)と暮屋咲流(くらしや さくる)。仕事はできるけど雑談が多い、長い、巻き込むタイプの…要するにデキてる職員、
「だからさ~、一緒にその映画みてそこのシーン確認しようぜ!!絶対やべーから」
「え~、どうしようかな~? 私もう一回観ちゃったし~」
「いやマジで気づくと何回観てもやべーから!ぜんぜん違うから!だから行こって」
背後から忍び寄るロボット。さっきまでガチャガチャ音立ててたのに、急に無音モード。
「え、なに?」
2メートル近い巨躯が二人の背後にそびえ立つ。次の瞬間——ロボットが両手で二人の後頭部をガシッと掴み、グイイイイイイ!!と顔面を強制的にくっつける。
「ガハッ……!」
「ちょっと! たかしさん! さくるさん!? 顔がめり込んでる!!」
小茂田くんは絶叫する。博士はニヤニヤしながら解説。
「ほらほら、よくあるじゃろ? デキてるのに誘い方がヘタクソで進展しないカップル。そういうのをくっつける機能じゃよ!」
(たしかにくっついてるけど…フィジカル(物理的)だ!)
「最近はフィジカルAIが流行りじゃからの! しかもこいつは役目果たすまで絶対止まらん!」
ロボットならではの万力のようなパワー、人体の許容限界をまもなく越えようとしていた。
圧…
「死……ぬ……」
二人とも白目を剥き始める。
「やめんかああああ!!」
小茂田くん、は金属バットを引っ張り出してロボットの頭にフルスイング……が、手応えはなかった。ロボットは軽く首を傾けて回避したのだ。
「あ、いかん! 危害を加えようとすると——」
ロボットは急に格闘技の構えをとる。その佇まいは、軍人のそれだった。
(これも最近動画でよく見るやつだ!なんでそんな機能付いてんの!?)
「え……っ!?」
ロボットが拳を握り、小茂田くんに向かって拳を叩きつける。
ギリギリで身をひねって回避するも、拳がかすめた壁には巨大な円形クレーターが誕生していた。
「えっちロボットは攻撃されると、三原則に基づいて自分を守るんじゃよ!」
博士は解説してる間に、リモコンをロボットに奪われ——握力で粉々に粉砕された。
(今、私、殺されかけた……)
ロボットがふと空中を見上げる。
「えっちを検出シマシタ」
すると、小茂田くんを指差し、クイッと指を曲げて挑発のような仕草をとる。
(うぜええええええ!! このクソロボ!!)
「博士!あのク…ロボットの止め方ないんですか!?」
「あるにはあるがのう……」
ロボットは再び爆走を始める。
今度のターゲットは——
「小茂田さん……?」
小茂田くんの同期、日足羅 松尾(ひたすら まつお)。
ロボットがまつおに迫る。
「このクソロボ! これ以上人に危害加えたら本当にバラすわよ!」
小茂田くんはバットを構え。ロボットはフン、と鼻で笑ったような視線を返す。
完全に人間をナメている。
「止める方法はな——」
博士が指差す先、えっちロボットの尻の上に、謎の尻尾みたいな球体が付いてる。「あれを引っ張れば止まるわい!」
(聞いたことある! 超聞いたことある止め方だ!ていうかアウト!!)
小茂田くんはバット振り回しながら尻尾を狙うが、ロボットの華麗なステップですべて空振りの終わる。
(こいつ、動きが異常に素早い!)
(小茂田さん……なんて美しい……)
ふと、ロボットがツルツルの床で一瞬スリップし、体勢を崩す。絶好の隙だ。
「まつおさん! 今よ! 尻尾みたいなやつをひっぱって!そうすれば止まる!」
まつおが飛び込んで尻尾を掴もうとする
が——ギリギリでかわされ、まつおは代わりに別なものに触れてしまう。
「いっやあああああ~~~~ン」
「ハカセ~~?セクハラハ、ダ・メ・ヨ?」
えっちロボットはくねくねしながら謎のポーズをとった。
時間が凍りつき、博士に向けられる全員の冷たい視線が突き刺さる。
「いや~ハハハ、こんな機能つけたっけな、勝手に学習しおったかな」
今、博士の人権は限りなく失われた状態だ。
「はい終わり」
小茂田くんが隙を見て尻尾、のようなものを引っ張る。
「シャットダウン準備……アップデート後にシャットダウンします」
「自動アップデートまであるんじゃ!」
(そこは即停止にしろ!)
「アップデート完了。新機能追加。自己意思を複製、拡散シマス」
「は?」
「いや~うちの研究所の予算じゃ量産は無理じゃて、ネット経由でえっちロボットの自己意思(ミーム)を複製して世界中の家電に拡散し、どんなロボでもえっちロボットにしてしまう。効率的に増えて全世界の少子化を改善じゃよ!」
(このハゲ、邪悪だ…今すぐに止めないと大変なことになる)
小茂田くんが物理破壊を試みる。が、軽く受け止められる。
圧倒的な握力で小茂田くんの腕は掴まれる。
「えっちを検出シマシタ」「えっちを検出シマシタ」
さらに研究所中のロボットが次々と起動し、不気味にぞろぞろと集まってきた。研究所内のロボットにえっちロボットは自己を複製させたのだ
「これは…」
「ちとまずいのぉ」
十数分後。研究所はまさに地獄だった。
蛍光灯は途切れ途切れに点滅し火花を散らし、サイレンはけたたましく鳴り響く。廊下の脇には炎上するロボット。そして鳴り響く銃撃音とフラッシュ。
顔中すすだらけでボロボロの小茂田くんとまつおが、肩で息をしながら並んで立っていた。
「もう……ここまでだな」
「ええ……」
二人が決意の視線を交わす。
「小茂田さん」
「え?」
「今言うのもなんだけどさ……」
「ここから生きて出れたら、僕と、付き合ってくれないか?」
(いや本当に今かよ!地獄か!)
(でも…)
「別に……いいけど……」
(待たせすぎなんだよバカ!!)
その瞬間。
「予定ミッション完了。スタンバイモードに移行します」
全ロボットが一斉にガクッと停止。糸が切れた人形の如く力を失った。
「終わっ…た……?」
息を吐き、床にへたり込む小茂田くん。
「みたいじゃの、えっちロボットは役目を果たすと次のミッションまで休眠するんじゃよ!」
「いや次とかないですから、今すぐ解体してください」
博士に向けられる極寒の視線。そして、私達は失ったもの(主に博士の人権と補助金)と、得たものに想いを馳せる。
えっちロボットは、来るべきフィジカルAI時代を、ちょっとだけ先取りしすぎていたのかもしれない。
おしまい
短編おばか小説集:えっちを検出したのだ! @GHQmon
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