とある日の点呼室
バーニーマユミ
第1話
寒い季節は星がよく映える。山際にある社屋の明かりは、絶えず人の動きを見守るようにひとときも消えることはなかった。時刻は午前1時ーー点呼室の扉の向こうは賑やかだった。
「お疲れ」
「うぃーっす」
「かれっす」
「あれ、山本さん、今日遅くないですか?」
「事故、事故。最悪だよ、山道で脱輪しててさ、片側交互でかなり食った」
「うわぁ、まじか…」
「ま、やむを得ない。ひとごとじゃないだろうしね」
「山本さん、やっさしぃ〜」
「あ、山本さん、なんか怖い話ないですか?」
「えぇ?怖い話?」
「田辺らと今、してたんすよ。山本さん長いじゃないっすか、なんかないかなと思って」
「んん〜まあ、長いっちゃ長いけど」
「山本さん、宮田ひどいんすよ、暗い峠を走ってたらバッと目の前に小さい人のシルエットが!!…って猿だった、ってオチ」
「ああ、そんなんでいいの?」
「違いますって」
点呼室には点呼番でつめているはずの人の姿はなく、代わりに"離席しています日報は机の上に"と札が出ていた。
ついしがたか、しばらくか、帰って来ていたらしい大型ドライバーの、田辺、宮田、須之内の若者3人はなぜか、怖い話で盛り上がっていたらしく、何かないかとねだってきた。部屋の隅、伝票の整理をしているらしい、植木はあまり気にしていないふうだったが。
60を過ぎて大型を運転しているのもおっかなくなってきて、一度退職しようかと相談したものの、あれよあれよと気がつけばサポート的に中型ドライバーに収まってしまった山本はドライバー歴だけは長い自覚はあった。
しかし、怖い話はないかといきなり言われても、噺家ではあるまいし、まんじゅうこわいぐらいしか出てこない始末だった。あれはあれでウケそうだが、若者の口に合うか。いやぁ、分からない。
「あ、あそこなんかないんですか、県境にあるトンネル、5キロぐらいの」
「ああ、はいはい。○○トンネルね」
「えぇ、何にもないだろー、やめろよ、明日通るんだけど」
「だけどほら、山の高いとこにあるし、周り廃墟ばっかだし、なんかありそ」
「住んでる人もいるよ、いくらか。お堂もあるし、鹿とか猿とかもいるし。そうそう、道端で寝る時は窓閉めて、鍵かけといた方がいいよ、猿なんか開けに来るからね」
「うわっ」
「猿やろ?」
「いや、やばいって、バカにしたらやばい」
「たまーにネグリジェみたいなん来て走るばあさんがいたりするなぁ」
「は?ネグリジェ??」
「いや、山本さん、それヒトコワとか微妙なラインですやん」
「怖い話ってなかなかねぇ」
「お疲れ様でーす」
「っす」
「え、何?」
「川谷、なんか怖い話ない?」
「え、なんなん、いきなり」
とある日の点呼室 バーニーマユミ @barney
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