第2話 羊を見ていると、羊もまた俺を見ていたのである
こんなところで良いだろうか。久々にこんなに頭を働かせた気がする。これで後一年は頭を働かせなくて良いだろう。
…少し眠くなってきた。布団を掛け直し、口を開く。
「夜にしてくれ〜」
空がグルリと動き、星と共に月が昇った。エリア内ではこんな事もできるのだ。便利である。
目を閉じ、羊を数え始める。
頭の中の牧場は混沌としている。
羊が一匹。普通の白い羊だ。
羊が二匹。少し汚れている羊だ。
羊が三匹。眼鏡をかけている羊だ。参考書片手に柵を飛び越えた。危なくないのだろうか?
羊が四匹。橙色の羊だ。ウサギを追いかけている。多分キャロットケーキの羊だろう。羊はウサギの反撃で倒れ、食われてしまった。
羊が五匹。トラックを背負った羊が、柵を突き破り進んでいった。
羊が六匹。1メートルほど浮いた、足がたくさんある羊。「私は七面鳥になりたいんです。さようなら。」俺は何も言わない。
羊が七匹。太陽が足を生やして歩いてきた。何ということだ、太陽は羊だったのか?よく見るとただの光っている羊だった。残念。
羊が八匹。大きな羊だ。毛の中に高速道路が走っている。
羊が九匹。ゾンビになってしまった羊の家族は、仲良く旅行に行こうとしている。家族はみんな、タクシーに変身して走っていった。
羊が十匹。バターでできた羊が、柵を越える前に溶けてしまった。俺はここが巨大なステーキの上だと思い出した。
今日は羊がずいぶん少なかった。牧場はまた整理しなくては。
…俺は今、夢を見ているのだ。濃密で、柔らかな夢を。この緩やかな、溶けるような気持ちが心地よい。身を任せ、落ちる。
落ちた先は体育館のような場所だった。
今は卒業式の真っ最中だ。広い体育館には誰もおらず、パイプ椅子がただ並んでいる。校長の声が響く。
『卒業生、起立。』
パイプ椅子が立ち上がり、校歌を歌い出した。誰も叫び出す者はいない。やがて、校歌が終わり、プログラムは進行していく。そして、卒業証書を受け取るときが来た。
歩いていくパイプ椅子には、パイプにビニールテープで糸が貼り付けられている。その先には、エプロンが浮かんでいる。
なぜ浮かんでいるのか?エプロンは空気より軽いからだ。
校長は証書を渡そうとするが、手が無いので足で渡そうとする。だが、足も無かった。仕方なく、床に置いてある証書を示した。
パイプ椅子は証書を取ると、壇上にあるエスカレーターで外へと出ていった。
俺の番がやってきた。俺は動かない。だって授業を俺は受けなかった。だから俺だけ留年するのだ。体育館の外に出て、運動場にしゃがみ込む。
動かずじっとしていると、いつの間にか体育館がもうひとつ隣に建っていた。留年した俺に説教があるようだ。
留年は仕方がないが、説教など面倒臭い。俺は耳を塞いだ。
俺が耳を塞いだのに気が付かず、体育館はスピーカーで何か話している。俺はまた逃げるようにして学校の外に出た。
学校の外に出ると、そこは時計屋だった。時計達には尻尾が生えている。どうやらどの時計が一番美しいかで勝負をしているようだった。そこを通り抜けて、部屋の隅においてあるおもちゃ箱に入る。おもちゃ箱は床に敷かれたレールの上を走り出した。
「…い…おい…」
しばらくすると、おもちゃ箱は疲れたようでトンネルのなかで止まってしまった。持っていたバナナを食べさせても止まったままだ。
仕方がないので歩くことにした。トンネルのなかでパタパタと、足音が響く。俺はその音を避けながら進んでいった。
「…おい…起きろ…」
外に出ると、雷が鳴っていた。羊がそれを食べ、回転している。触手の先には人が吊られて共に回っていた。
どうやら羊は電動式メリーゴーランドになってしまっているようだ。
助けようと思ったが、突然発生した洪水が羊を押し流してしまった。
「…ベルフ…おい…いい加減…すぞ…」
洪水は俺に真っ直ぐ向かってきた。持ったトランポリンを盾のように構えると、洪水はそれに跳ね返り、どこかへ消えていった。
洪水が過ぎ去った後の地面をよく見てみると、そこにはこう書いてあった。白鳥の踊り食い、今なら1回無料。ここから1km先。
白鳥の味は気になるが、踊り食いは好きではない。俺はさらに…
「おい!!!起きろ!!!殺すぞ!!!」
急な暴言。そして俺は目を覚ました。
怠惰の悪魔 @tenpira8
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