最弱だった俺、千年スリープしてたら文明がリセットされてたんだが!?

@tamacco

第1話 最弱魔術師、追放される

 その日、俺――アレン・フォルティスは、王国一の大魔術師集団が集う「王立魔導院」の大講堂に立っていた。足元には大理石の床、壁には魔法陣を刻んだ光の柱、壇上には王直属の魔導師たちが整列している。そして、彼ら全員が俺のことを“見る”のではなく、“見下ろして”いた。


「アレン・フォルティス。そなたの実力、もはやこの王都では必要ない」

 灰色のローブをまとった老院長が、冷ややかな声でそう告げた。

 その瞬間、講堂の空気が張りつめる。俺は反論の言葉を探そうとしたが、舌が動かなかった。


「……必要ないとは、どういう意味でしょうか。先日の魔力検定では、確かに私は――」


「結果を見ただろう? 魔力値E、発動時間は全受験者で最下位。授業中も詠唱に失敗し、訓練場では初等魔法すらまともに扱えぬ。これで何を言い訳するつもりだ?」


 周囲の若い魔導師たちが小さく笑う。

「さすが“最弱”フォルティス様。伝説の落ちこぼれっぷりだな」

「無詠唱? いや、無発動の間違いだろ」

 嘲笑が矢のように飛んでくる。胸の奥が焼けるように熱かった。


 確かに、俺は不器用だった。他の弟子たちは天性の魔力を優雅に操り、複雑な呪文を簡単に構築する。だが、俺は違った。呪文回路を詠唱している最中に魔力が暴発し、何度も訓練場を吹き飛ばした。そんな日々の末に貼られた烙印、それが“最弱”。


「本日をもって、アレン・フォルティスを王立魔導院から追放とする。」

 老院長の宣告とともに、魔法の印章が書き込まれた文書が俺の前に置かれる。

 白の羊皮紙。そこに刻まれた“追放”の二文字は、俺の全てを否定していた。


 笑い声がまた響く。

「やっと一人分、食糧費が浮いたな」「外で畑でも耕すといい」

 耳を塞ぎたかった。けれど、俺は静かに口を結び、ただ一つの言葉を残した。


「――覚えておけ。俺は、必ずこの理を覆す」


 誰も信じなかった。だが俺自身だけは諦めなかった。



 研究塔の最上階、薄暗い石造りの部屋。

 そこが、俺のすべてを賭ける場所だった。

 棚には古代文字で綴られた書物。机上には螺旋状に走る魔法式の図面、そして中心に置かれた小さな水晶装置。光すら屈折するほどの、時属性魔法の結晶体。


「タイム・スリープ・フォーミュラ……成功すれば、俺は千年でも万年でも進化の先を見られるはずだ」


 俺が追放後も院に残った理由、それは研究室の鍵をまだ返していなかったからだ。

 王国の禁呪――時間系魔法。使用を禁じられて久しいそれを独自に解析し、理論上は長期の休眠状態を維持できるはずだった。


「皆は笑った。“最弱”だと。“魔力制御もできぬ欠陥者”だと。なら、制御の限界を超えた先を見せてやる……」


 口元が自然と歪む。もう止まらなかった。

 誰かに認められたいわけじゃない。ただ、己の存在を証明したかった。


 魔法陣を描く。青白い光が床を流れ、複雑な文様が塔全体へ駆け巡る。

 皮膚の下を熱が走り、心臓が強く脈打つ。

 詠唱が完成した瞬間、外の世界が静止したかのように感じた。


「……行くぞ、未来へ」


 最後に、誰にも聞こえぬ小さな声で呟く。

 そして、俺は光に包まれた。



 まぶしさを感じたのは、どれほどの後だろうか。

 最初に感じたのは冷たい風だった。湿った土の匂い、葉のざわめき、遠くで鳥が鳴いている。

 目を開けると、頭上には木漏れ日が差し込んでいた。


「……成功した、のか?」


 ゆっくりと身を起こす。視界に広がるのは見知らぬ森だった。

 塔は崩れ落ち、周囲には苔むした石だけが残っている。

 足元には、錆びた魔法陣の跡がかすかに光を失っていた。


「ここが……王都の跡地、か?」


 信じがたかった。視界の端に見えるはずの城壁も塔の影もない。あったのは、自然に呑まれた廃墟の残骸だけ。

 俺は時間の流れを確かめるべく、懐から懐中魔導計を取り出した。表面の刻印は劣化し、内部の魔石は完全に沈黙している。


「魔力の供給も……ゼロ? まるで、世界の魔力そのものが希薄だ」


 胸の奥に、ぞくりと冷たい感覚が走った。

 王国は滅びたのか。それとも、魔法文明が断絶したのか。

 夢に見た未来が、こんな姿だとは――。


 途方に暮れて歩き出したとき、ふいに草むらの向こうから声がした。


「おーいっ! だ、大丈夫ですかーっ!?」


 あどけない少女の声だった。

 振り向くと、金髪の少女が走り寄ってくる。服は粗末な麻布、腰には木製の短剣。どうやら村人らしい。


 少女は息を切らしながら俺を見て、目を丸くする。


「な、なんですかその服!? それ、貴族の衣装ですか? っていうか、その石、光ってる……!」


 俺は手に持っていた魔晶石を見る。わずかに淡い光が残っていた。

 どうやら、起動時に生成された余剰魔力が漏れているらしい。


「これは魔力結晶だ。ただの石――ではないが、珍しいものでもない」


「魔力? ……あの、“まほう”ってなんですか?」


 少女の問いに、俺は思わず言葉を失った。

 まるで異国語を聞いたかのような素朴な表情。その瞳に“魔法”という単語の意味が欠けている。


「まほう、を知らない……?」


「えっと、村のおじいちゃんから、昔の絵本で聞いたことはあります。空を飛んだり、火を出したり……夢みたいだって。でも、そんなの本当じゃないですよね?」


 俺は膝から力が抜け、思わずその場に座り込んだ。


 ――千年の時を越えた世界。

 ここでは、魔法は“おとぎ話”になっていた。



 少女の案内で近くの集落に行く。わずか十五戸ほどの小さな村。

 そこに暮らす人々は、魔法どころか魔石すら知らず、すべてを手作業で賄っていた。

 俺が水を出す簡易魔法を一度使っただけで、村人全員が悲鳴を上げた。


「す、すみませんっ、どうか怒らないでっ! 神の力を盗んだりはしません!」

 そう言って土下座する村長に、何も言えなくなる。


 魔法を“禁忌”として恐れる文化。

 つまり、魔法文明は完全に忘れ去られたということだ。


「……俺の知る世界は、もうどこにもないのか」


 静かに夜空を見上げた。星々は変わらず輝いているのに、胸の奥は少し空っぽだった。

 だが、不思議と涙は出なかった。代わりに、心の底で小さく燃えるものがあった。


「ならば――もう一度作り上げればいい。この手で、世界を」


 かつて最弱と蔑まれた魔術師アレン・フォルティスは、廃墟の上で小さく笑った。

 今度こそ、誰にも“無能”とは言わせない。

 再び理を紡ぎ、魔法の灯を取り戻すために。


 こうして、“最弱だった俺”の新しい千年が始まったのだった。

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