勇者召喚物語監査第七課 緊急監査報告
@zeppelin006
緊急監査報告書(抄)
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【分類】極端付与チート案件/緊急停止発動ログあり
【優先度】第一級(即時審査・即時是正)
【報告番号】ES-Γ-029
【担当課】ナラティブ庁 物語監査局 勇者召喚物語監査第七課
【担当監査官】水無月
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1.監査対象ラインの概要
◆勇者ID
HV-07-001(仮称:タカミネ・ユウト)
◆所属物語ライン
第9836勇者召喚物語ライン
《全神から祝福された勇者ですが、世界もヒロインもぜんぶ守って何が悪いんですか?》
◆ライン種別
勇者召喚/王道魔王討伐ライン
──読者想定属性:「最初から最強」嗜好強め層
◆進行状況(監査介入時点)
・勇者召喚儀式、詠唱フェーズ残り 3 行
・加護付与プロセス 72% 完了
・世界内時間経過:勇者不在期間 12 年(魔王侵攻中)
※本件は、召喚時リアルタイム監視システムが「付与総量、基準上限の 350%超過」を検知したため、自動的に《緊急監査モード》へ移行したもの。
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2.緊急監査発動の経緯
〔T-00:03〕
召喚陣上の勇者候補に対し、以下の加護キューが同時投入されていることを検知。
・主神アルフレアより「戦闘系全般の祝福」
・学神リエルより「全スキル習得速度100倍」
・愛神ミュゼより「全方位魅了」
・運命神クロノより「致死イベント自動回避フラグ」
・創造神オルドより「物語上の必敗戦を勝利に書き換える権限」
〔T-00:02〕
付与チートスロット数:基準値 4 に対し、同時申請スロット:11 を確認。
「世界内戦力バランス即時崩壊の虞あり」として、監査課名義の緊急停止フラグを発動。
〔T-00:01〕
召喚光柱の固定成功。
勇者候補の意識は中間領域に待機、世界側時間は 0.0000001 倍速まで減速。
上席監査官水無月、臨時審査会を招集。
創造神オルド、および関係神格 4 名に対し、「即時説明義務」を通知。
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3.申請された付与チート一覧と監査所見
◆申請内容(原文ママ・抜粋)
1. 全神格統合加護パック
戦闘・知識・愛情・運命・創造、全系統を勇者に一点集中。
2. 固有スキル《物語補正:主役》
物語構造上の「主役補正」を常時最大値で付与。
3. 固有スキル《コンティニュー無制限》
勇者が死亡した場合、読者ログが高い限り何度でも巻き戻し可。
4. 固有スキル《好感度初期値+50》
出会った瞬間から、主要キャラの勇者への信頼度を高水準に固定。
5. ステータス:全パラメータ SSS
◆監査所見(概要)
項目1および2は、テンプレ基準における「単一勇者への過剰集中禁止」に抵触。
項目3は、「物語の終わり」を事実上無期限に伸ばし、世界内登場人物の苦痛ログを際限なく蓄積させる危険あり。
項目4は、人間関係の形成過程をほぼ無効化し、恋愛・友情イベントの説得力を失わせる懸念あり。
総合評価:
「チートの束」ではなく「世界側のルール書き換え」に近い。
勇者召喚テンプレの枠内ではなく、物語そのものの安全装置を外しにかかっていると判断。
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4.本件に対する措置内容
本件は、勇者召喚物語監査課として
きわめて稀な「強制是正:レッドタグ」を適用した案件である。
◆4−1.直ちに実施した強制措置
1. 召喚プロセスの凍結
・勇者候補 HV-07-001 の意識を中間領域に一時退避。
・すでに付与済みの加護をすべて「仮保持」状態へ変更。
2. チートスロットの上限ロック
・当該ラインにおける「勇者への加護スロット数」を強制的に 4 に固定。
・追加申請はすべて自動却下(例外申請には審査会必須)。
3. 創造神側権限の一時停止
・創造神オルド、および関係 4 神の当該ラインへの直接編集権限を監査課名義の承認なしでは行使不可とする。
※上記は緊急監査規程 第5条に基づく適法な介入であり、
神格側への事前同意を要しない。
◆4−2.協議のうえ確定した再設計案
創造神オルドらとの協議の結果、以下のようにチート構成を再設計した。
【残存を許可した要素】
・戦闘加護:主神アルフレアの「勇気」と「剣技」の祝福
・知識系補正:「学神リエルの加護」により、学習速度 3 倍(100倍→圧縮)
・固有スキル《物語補正:主役》の縮小版
・「致命的に理不尽な事故で死なない」程度に弱体化
【削除した要素】
・全神格統合パック(神々全員分の重ね掛け)
・固有スキル《コンティニュー無制限》
・全方位魅了、および好感度初期値+50 補正
【代替として追加した要素】
・勇者死亡時、「一度だけ」誰かの献身的犠牲でのみ復活できるフラグを付与
→ 無制限コンティニューではなく、「一度きりのやり直しの可能性」を、勇者ではなく世界側に預ける形に変更。
・既存英雄への救済ラインを追加
→ 聖騎士団副団長に「最後の一撃を託される」イベントを保証。
→ 魔導学院主席に「勇者でも解けない謎」を一つ用意し、当該謎だけは主席の研究成果がないと突破できない仕様に変更。
◆4−3.結果
・勇者 HV-07-001 は、当初案より大幅に抑えられたスペックで召喚されることとなった。
・神々による「全部盛り」案は、緊急監査の介入により実質的に頓挫。
・本ラインは「勇者一強ライン」から「勇者+既存英雄の協働ライン」へ再分類された。
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【監査課判断】
本件は「監査により、世界崩壊級のチートインフレを事前に阻止できた事案」として、勇者召喚物語監査課の成果案件として記録する。
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5.影響および今後の運用指針
1. RSI(読者満足指数)予測について
初期 5〜10話での「最初から最強」感は弱まる。
代わりに、中盤以降の「共闘感」「積み上げのカタルシス」が増加。
総合として、長期連載に耐えうる安定カーブが期待できる。
2. 世界内の人材バランス
既存英雄たちは、「勇者が全部やる世界」ではなく「勇者と一緒に戦う世界」に移行。
一部のサブキャラは依然“踏み台役”として機能するが、その数と役割は当初案より大幅に抑制。
3. 今後の基準改訂案(骨子)
「全神格からの一括加護」申請を原則禁止。
コンティニュー系スキルの上限回数、および使用者を「世界側/第三者」に限定する方針を検討。
緊急監査を経たラインの一部ログを、新人創造神向け教材として提供する。
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付記:監査官個人ログ(非公開)
(1)今回は、珍しくこちらが「勝った」。
これまで、ナラティブ庁の監査はたいてい、「どうせ読者ログが正義だ」の一言で押し切られてきた。
短期バズ優先。
インフレ上等。
「壊れそうになったら、そのとき考えればいい」。
そんな世界の空気に、監査官である私たちも、どこか慣れかけていた。
だから今回、召喚陣の上で凍りついた少年のシルエットを見ながら、「いい加減にしろ」と、自分でも驚くほど冷たい声で創造神たちに言ったとき、会議室の空気がほんの少し変わったのが分かった。
(2)緊急監査というハンマー
緊急監査規程は、乱発すると世界そのものの創造意欲を削ぐため、本来めったに使ってはいけない道具だ。
それでも今回は、召喚儀式の進行ログを見た瞬間に、迷いより先に「これは止めないと」という感覚が立ち上がった。
あのまま通していれば、勇者にとっては「夢のような全部盛り人生」になっただろう。
世界にとっては、「一人の主役のために設計された舞台装置」に成り果てたかもしれない。
緊急停止フラグを叩き込んだとき、召喚光柱の中で、少年の輪郭が一瞬だけこちらを振り向いたように見えた。
当然、あれは錯覚だ。
中間領域のイメージは、監査官側の勝手な投影にすぎない。
それでも私は、その錯覚に乗じて、こう言った。
「ごめん。全部は渡せない。でも、ちゃんとあなたの物語になるようにはしておくから」
(3)踏み台にされる側を、今回は少しだけ守れたこと
再設計後のシミュレーションで、聖騎士団副団長が、勇者と並んで最後の一撃を放つログを見たとき、端末の画面越しに、彼の笑い皺が増えている気がした。
もちろん気のせいだ。
ログはログ、数字は数字。
彼の疲労値は相変わらず高く、傷ついた膝は最後まで治らない。
けれど少なくとも、「勇者がいれば最初から必要なかった人」として最初から書き捨てられる未来は、ひとつ減った。
踏み台にされる側を、世界ごと守ることはできない。
監査課の権限は、そこまで万能じゃない。
それでも今回は、線を引く位置を、半歩だけこちら側にずらせた気がする。
緊急監査というハンマーは、本当はあまり振り下ろしたくない。
乱用すれば、物語の多様性を削りかねないからだ。
けれど、誰か一人の「全部欲しい」という願いが、世界中の「それでも戦ってきた人たち」のログを丸ごと踏みつぶそうとするときには――
そのときだけは、今回のように、躊躇なく使える自分でいたいと思う。
以上。
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