武装駅逓 ─ The Porter's ENGINE ─
夢河蕾花
Chapter1 武装駅逓
ACT1 初出勤の受難
"くそったれ"のカス野郎が爆発を起こして、大勢殺した。
世界が輪にかけて、さらに"くそったれ"になったのは、つまるところ、それだけのことだ。
背後で黒煙をあげるオフロードの四駆を、鉄食性の進化生物が襲いかかり、逃げ遅れた
悲鳴は時速三九〇キロに達する俺の耳朶を捉える前に、進化生物たちの出す壮絶な捕食音と、エグゾーストノートに置き去りにされていく。
俺はバイクのクラッチとギアを操作。ゴリ、ゴキンと鉄の歯車が喰らいつく感触。
ギアはトップ。空冷八気筒エーテル・エンジンが唸る。
全体的なフォルムは、流線型のそれ。旧時代、大陸を横断していた新幹線の形状を真似ている。当然だ。
俺のバイクはエンジンを二発、十文字十六気筒のじゃじゃ馬だ。
最高時速はゆうに五五〇キロを叩きだすモンスターマシンである。空気抵抗を減らす工夫は、いくつも取り入れている。
弾除けでもあるアッパーカウルが風を抉る。時速は四三〇キロ──空気が粘性さえ帯び始める。
奥歯をぐっと噛み締める。ガムのような特殊な液体マウスピースが、圧力に負けじと抵抗し、硬化した。
──速度を緩めるな、死が追いついてくるぞ。
バイクからヘルメットに繋ぐ有線エーテル通信が起動。ヘルメットのモニターに投影されることはないが、その小さなコール音は乗っているバイクから俺へ入電を意味している。
「テツウツボ、接近。後方五時方向」
「くそ」
再びギアを操作。ブレーキレバーを握り込んで急制動。
タイヤが摩擦、熱で合成強化ゴムが溶ける。が、バーストはしない。駅逓局員の乗り物は、そんなことで泣きを入れるような「ぬるい」おもちゃではない。
背後から地鳴りのような音と共に、全長百メートルはあるテツウツボが顔を出した。砂礫を、その下の岩盤から直に大地を叩き破る。
腹の底が震える。
巨大な生命力が、時として死を孕むということを、実感として得る。
時速四五〇キロのちっぽけな俺たちを、進化生物──「サヴァイヴ」たちは、いとも容易く捉えてしまう。
まるで御伽話の世界のような光景。
重さを想像するだけで頭痛が伴いそうな生物が、空を、俺の頭上を飛び越えていく。
「くそっ……!」
「落ち着いてください、抜けられます。最悪、"船"に処理させましょう」
「……そうだ、いいぞ。その手があった」
即座にギアを叩き下ろした。
ブレーキとアクセルを制御しつつ加速し、頭上を悠然と泳ぐウツボを潜り抜けていく。
「目眩しに攻撃しますか」
「いや、逆効果になるだろう。興奮させてしまうだけだし、有効打がない。このまま脇を抜けて、船にかち合わせる」
俺は愛車にそう返し、加速、加速、加速。押しつぶされるかもしれないという恐怖から脱するように、そのための
車体を倒すようなギリギリのカーブを左に切って、テツウツボを抜け切った。地面に蹴りを入れて強引に車体を押し戻し、胸糞の悪くなるような急カーブをやり切る。
何度もやりたいもんじゃない。一歩間違えれば、俺も相棒も、ひき肉である。
「お見事。前方、見えますか、砂煙の向こう」
「あれか」
──見えた。
この砂礫地域を悠然と進む「船」。陸を行く、六本足の巨躯。
移動郵便局「民間駅逓局ブルムスト」。その郵便局そのものにして、全地形対応型の、ガレオン級
狙い通り、鉄食性のテツウツボは俺のような小物ではなく、より大きなご馳走である船に顔を向けた。
花びらが開くように、口を五つにめくれ上がらせるようにして広げて、襲いかかる。
そのとき、船が急停止。六つの多脚で大地を踏み締めて踏ん張りを利かせた。音というよりは、衝撃と言っていい制動音が轟く。大地が揺すぶられ、三半規管がぐわんぐわん震えて、目が回りそうになる。
必死にバイクを制御。転んだらおしまいだ。この速度での転倒は、いうまでもないが即死事故になる。
そのとき、船が砲塔をぐるりと旋回した。
ご自慢の、八〇〇ミリの口径を誇る多薬室砲──。
冗談だろうと思った。新入社員が間近にいるのに撃つのか? 本気で?
だがその冗談は、すぐに、事実となった。
「まじかよ」
ヘルメット越しにもわかる轟音。俺の相棒が一瞬浮いた。
衝撃。色を失って白く光るような砲口炎が、竜のブレスの如く、主砲から吐き出されたのがわかる。
制御で手一杯だが、俺は確かに見た。
テツウツボの体が半分木っ端微塵に弾け飛んで、残った下半身が土埃をあげて倒れるのを。
「あれを一撃……」
制御を失ったテツウツボの下半身。それを、小柄な──奴らは子供の個体なのか、そもそも船を襲った個体が異常なのかは知らないが──ウツボどもが、共食いを厭わず捕食する。
俺は畏敬の念を込めて、その船を──
「……配達成功率百パーセント。
〒
初めて運んだのはドラッグだった。次に鉄砲を運んで、その次か次くらいに爆弾を運んだ。
九歳で更生施設に入れられてからも、俺はずっと何かを運んでいたように思う。
ワゴンを押して何かを配ったりするのは好きだったし、プリントを手に廊下を渡り、人と人を繋ぐのが楽しくて、飯を配膳して少し喋ったりするというのは、楽しかった。
なぜそうせねばならないのかなど考えたこともない。
人は、運ぶことをやめると死ぬ。歩みを止めることは死ぬことだ。
足を運ぶことをやめてしまうと、人は、驚くほど呆気なく老い、死ぬ。
強いて言えば、俺が生きることに理由などない。痛いのが嫌だ、死ぬのが怖いから嫌だ。それだけあれば上等だ。歩き出し、歩き続ける理由にはなる。
だから生きるために運んだ。
そして、どうせ運ぶなら楽しいものがいいと気づいた。
そうして、結局、俺は更生施設を出た後もモグリで手紙屋をやっていたし、
どうせ歩くのならば、己の生まれ持ったどうしようもない
鉄と砂の匂いが、まだ喉に残っていた。灼けるような胸元の興奮は、何度経験しても消え去りはしない。
乗り慣れた相棒──イェルテルはバイク形態から、二・五メートルはある人型へと、非常に有機的な──あるいは粘質な生体素材ユニットによる、粘土細工じみた──変形をした。
見た目は、人間を模したアンドロイドよりは機械的であるが、明らかに女性型である特徴が散見される。生体ユニットの可変性を応用した──俺に言わせれば悪用だ──、不要なほどの大きな乳房は、ビークロイドには絶対に必要ないものである。
俺はそんなことは気にしない──とは言い切れないが、とりあえずは無言で、彼女の鉄の拳と、己の拳を合わせる。
彼女を見上げつつ、俺はヘルメットのロックを解除する。脱ぎ去ると、後ろにまとめていた黒い髪が、砂礫の上を転がっている風に揺れた。
乾いた息をひとつ吐いた。二十一年分の人生の中で、これほど死を身近に感じた配達はなかった。
民間
そうして掴み取った最終面接のあとすぐに言い渡されたのは、「就職先への出勤」である。"切手"は、俺自身に木札で与えられた。
意味がわからなかったが、真っ当な職に就くラストチャンスを逃す理由にはならない。
俺と相棒は、次々脱落していくライバルを尻目に、どうにか、この「郵便踏破船」へと到達した──というのが、十分前。
アッパーデッキから懸架されてきたリフトに乗って上がってきたはいいが、誰もいない。
そう──この極致到達型郵便踏破船〈ブルムスト・アンブレイカブル〉、さっきから、乗組員の姿を見ない。
キョロキョロしても印象が悪いと思い、堂々と、ブリッジを見上げた。人影が揺れているような気がする。
しかし。
アンブレイカブルの甲板は、思ったよりも低く唸っていた。
巨大な船体が呼吸しているような振動。たぶん、
配達をしていると、いやでも知識が重なっていくから、素人なりに、理解できる物事というのはあるのだ。
だからといって、ベテランの前で無駄口叩けばどうなるかなど──いちいち試すまでもないが。
「……ロダ、乗船したわけですが」
「華々しい入社式って雰囲気じゃないな」
相棒のイェルテルが言った。可変式のビークル・アンドロイド──通称「ビークロイド」である。
「ロダ・ポーター」
誰かに呼ばれた。振り向くと、どこかからか俺たちの乗船を見張っていたであろう
視線が、俺を見、……ることはなく、そのままついと右上へと滑る。
「その機体、エンジン付近をやられているな」
「はい」だからなんだ。とは、続けなかった。テツウツボが巻き上げた石塊が悪いところに当たっているのを、見抜かれたことには驚いたが。俺自身、乗り込んで彼女の不調を聞くまで気づかなかった。
短い沈黙。
ハンドラーは記録板に何かを書き足し、それからようやく俺をまじまじと見た。
「普通は切り離す。機体を捨てて、駅逓局員が、切手の貼られた郵便物と共に、生きて戻る」
「……はい」
「責めているわけではない。上出来だ。……名乗るのが遅れたな、私はウルリーケ・ギース」
周囲にいた古参の、おそらくはこの船の水夫や内勤の駅逓局員たちが、低く笑った。
嘲りではない。確認だ。あるいは通過儀礼か。
──こいつは何者だ。
──どうやら、ワルだったみたいよ。
──ジャンク山で拾われたって? はは、おいおい。
──あの機体はどこで手に入れたんだろう? 見せてほしいなあ。
そうして誰かがぽつりと呟いた。
「心臓が二つあるんだな」
「ええ。イェルテルにはエンジンが二発」あります、と言い切る前に、別の誰かが、言葉を拾い上げる。
「ああごめん、そういう意味じゃないよ。君と、相棒のってことだ。普通、新人さんはビビって機体を放り出しちゃうから。あっ、僕は技術担当の──」
ハンドラーのウルリーケさんが、少しだけ口角を上げた。
「騒がしくてすまんな。記録する。ロダ・“アイアンハーツ”・ポーター。そして愛機イェルテル……なにか異論はあるかな?」
俺は一瞬だけ、イェルテルの装甲に手を置いた。
エンジンの余熱が、じんわりと伝わる。彼女は何も言わないが、その大きな手を俺の肩に置く。
「ありません」
その名は、拍手もなく、喝采も祝福もなく。
ただ「はじめての出勤中に起きた出来事」として、船の中に染み込んでいく。これからは、この程度のことは日常なんだぞという、ある種の檄を飛ばされている気もしたが、俺の考えすぎかもしれない。
「来い、ポーター。イェルテルは
ハンドラーはそう言って、無言で歩き出す。俺はイェルテルと別れ、船内へと通じる機密扉を潜った。
武装駅逓 ─ The Porter's ENGINE ─ 夢河蕾花 @VvYyRr89
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