裏社会の血塗られた晩餐会

浅葱 ましろ

第1話 掟



夜のネオン街。

昼は静かな飲み屋街も、夜の顔を覗かせる。

その中でひときわ煌めくホストクラブ

『ノクターン』



「いらっしゃいませご指名は」


「RENで」



高級ホストクラブの名に恥じぬ装飾、接客。

その中でもNO1に鎮座しているREN。


上質なスーツに身を包み、いやらしくない自然な髪色にシルバーアクセサリーを1つだけ。



REN「いらっしゃいませ姫。3ヶ月、寂しかったよ」


姫「お客さんたくさんいるじゃーん」


REN「みんな大事なの。姫との時間も欲しい。俺ワガママだからさ」



ニコッと笑えば女が堕ちる。

彼がホストの世界に足を踏み入れてからというもの、ホストクラブ激戦区だというのにあっという間にNO1の名を得た。

RENに鞍替えした女は数しれず、ガチ恋の対応も慣れた。今日も彼の元には姫が来る。

お酒も彼の為なら惜しみなく注文する姫達。



姫「最近このコスプレイヤーにハマってるの!めちゃくちゃ可愛くない!?」



女のスマホにはコスプレイヤーのSNS。

『シメサバのサバ煮』という摩訶不思議な名前だが、フォロワー数320万人を超えている。可愛らしいキャラクター、エルフ、妖精、ショタっ子…元々の可愛さを活かしたメイクやキャラクターを演じている。



REN「へぇー!コスプレイヤー?これとか本物のエルフみたいじゃん。すごいなぁ…」



ニコニコしながら、今日の売上いくらだろうかと考える。

この財布はたしか社長令嬢。親の金でホスト三昧。

競争心をくすぐれば限度額いっぱいまで引き出せる。



REN『昨日引っ張った情報だと、親の会社は少し傾き始めている。でもこの財布はSNSで借金してでも身を売ってでも来ると断言していた』



クスクス微笑みながら、「あとこの財布は使えるかな?」とゾクゾクしながらマイクを手に取りシャンパンコールを開始した。







ーーーーーーーーーー








『今日は、ルツボのツボ子ちゃんコスだよ♪ツボ子ちゃん可愛いのにすぐ離脱しちゃうから、コスしてる子なかなか居ないんだよねぇ』



シメサバのサバ煮。

アカウントの持ち主、サバ煮こと瑠衣。

SNS総フォロワー数1000万人。

コスプレ界隈ではその名を知らぬ者はいない、コスプレ界隈の神のような存在だ。



コスプレをし、写真を投稿。

即いいねがつき、コメントが書き込まれる。



「めっちゃ可愛いー!!」

「ツボ子レアキャラ!!」

「今日も美人すぎる」



しかしサバ煮こと瑠衣は化粧を落とせば、そこには女の子の顔はない。可愛らしい男の子の顔だ。

そしてこの顔すら瑠衣ではない。




そう……彼には自分の顔がない。




必要なら女の子にも老人にも何にでもなる。

身長も体型も、声すら自由自在に変化する。

人間でも、人間でなくても、形あるものなら何にでもなれる。

コスプレを極めすぎた末に得た技術と、彼自身の癖で完成した技術だ。




瑠衣「えっと…次、ボクは誰になればいいんだ……?」



メールを確認すれば、そこには暗号文。

どうやら次はスタイルが良くて守りたくなるような女性ナース。



瑠衣「れんの所の姫っぽくしよっかなー♪それとも総司そうじさんの所のお嬢様っぽくしよっかなー♪」



瑠衣はデートコーデを組む女の子の様に、『任務』に使う道具たちを選び始めた。

整えられた部屋に候補のウィッグや衣装を並べ、うんうんと悩み始める。

たしか任務の内容的には…きっとこっちがいい。

豊かな胸に、女性ですら羨む曲線美をもたせて、女子高生のように短めのナース服で挑もう。

何も隠してないですよ、と服装で示せば警戒心を抱かれにくい。



任務遂行さえ出来れば…あとは一瞬で終わらせるのだから。




瑠衣「あ、調査ついでに総司さんのお紅茶飲みに行こうかなー♪」









ーーーーーーーーー






総司「おかえりなさいませ、お嬢様、お坊ちゃま」



執事喫茶『カノン』。

ロココ調で統一された館内は紅茶の香りが執事と共に客を出迎えた。

受付の執事が皆同じ角度で頭を下げる。


席へ案内すると、メニューを手渡し、本日のメニューの説明を開始する。



総司は執事喫茶の執事長をつとめている。

綺麗に伸びた背筋に、体に染み付いた綺麗な所作、口から紡がれる執事の言葉。

現実世界から離れた2次元の世界に浸れる場所の、第2の権力者として店を取り仕切っている。


厨房、会計、フロアを見渡し、全体を整えるのが総司の主な仕事だ。


新人フットマンの教育、執事としての作法勉強会、そして…

第二の総司を育成する為の特訓。

執事達の育成は順調だが、第二の総司育成はなかなかに難航している。

適正はあれど…刃の入れ方や致命傷を狙う技術がまだまだ発達途中だ。

中にはその手に残る感覚に狂い自ら地獄へ落ちる者もいる。



「失礼致します。総司さん、連絡です」


総司「かしこまりました」




総司が裏へ戻り端末を見ると、そこには総司にしか理解できない暗号文。

仲間うちにすら見せない暗号文……。内容を頭に入れるとその暗号文を削除。



総司「ボスにお渡しする資料をご用意しなければ……」



誰もいない控え室でポソリと呟くと、総司はPCへ向かった。









ーーーーーーーーーーー








「本日はお忙しい中、授業参観にお越しいただきありがとうございます。今日は子供達にお父さんのお仕事や、お父さんとの思い出についての作文を書いてもらいました」



3年2組。

担任が後方にずらりと並ぶ父兄に呼びかけ、にっこりと微笑んだ。

子供達も何人かはこちらをチラリと見て、自分の親に手を振っている。

最初は誰が読みますか?と担任が問いかけると、一人の女の子が元気に手を挙げた。



担任「では、源藤げんどうさんお願いします」


ひなた「はい!……題名、わたしのお父さん」



原稿用紙を握り、堂々と読み始めた。



「すみません、通ります…失礼します」



一人の男性が遅れて入室。腰を曲げ、すみませんと会釈と手で示しながら女性の元へ。スマホ片手に動画を撮影している女性は声が入らないように彼に手を振ると、我が子の発表観賞に戻った。



ひなた「わたしのお父さんは、救急科の医者です。聖ルミエール病院の救急科で、救急車が来たら一番最初に対応する仕事をしています」


「うぅ…あんなに小さかったのに、こんなに立派になって……!!」



源藤 優一げんどう ゆういち

彼は他の保護者より頭1つ大きなその身長だが、それに似合わず目をまっ赤にして涙をハンカチで拭く。妻・あかねはそんな夫を横目に微笑む。



ひなた「お父さんにお仕事を聞いた時、救急科がどんな仕事をするのか分からなかったので教えてもらいました。救急科は、普段は救急車が来てすぐに救急隊員と情報共有して、処置をすると教えてもらいました。困っている人がいたら助けるのがパパの仕事だよ、と言っていました」


優一「うぅ…」


茜「もぅ…涙拭いてくださいね」


ひなた「お父さんは夜勤が終わった後も、私の宿題をみてくれたり妹のお世話をしてくれます。お母さんが仕事の日は夕食も作って、毎日家族の為に動いてくれるお父さんです」


優一が感涙し、茜がくすくす微笑むと、優一のポケットから振動音。

再び腰を曲げて遮らないように教室から出ると、メッセージが一件。



『急患です』



優一は茜に目を向けると、茜はいつもの事なのか指でOKとだけ示す。

ごめんね!と両手を合わせると彼は急いで病院へ向かった。

足早に学校を出てバイクにまたがる。

病院までの道のりを安全運転でいこう。自分が救急搬送されては笑い話では済まない。ヘルメットを装着しエンジン起動、発進した。



聖ルミエール病院。



従業員用出入り口でスタッフパスをかざし、ロックを解除する。

中では警備員が敬礼。優一も一礼し「お疲れさまです」と声を掛けると、警備員は訪ねた。



「今日はお忙しそうですね」



優一「えぇ…今日は科にになりそうです」






ガチャリ…








警備員が一礼しドアを開ける。

優一はバッグの中から革手袋を取り出し、装着しながらドアの先へ。

優しい顔はもうない。

コツコツという足音だけが冷たく響く隠し通路。

優一のID、色彩、指紋、声紋によりたどり着いたドアを開場する。

オペで使うサージカルグローブをはめるように、革の手袋をぐっと手を押し込み、全員揃っているかを確認する。

一見するとドラマでよくある院長室の部屋、そこに三人の男がいた。



「お疲れボスー」


「お疲れさまです、ボス」


「やっほー!ボスー!」



蓮は棒つきキャンディーを咥えながら優一を見る。

総司は胸に手を当て一礼する。

瑠衣はエナジードリングに片手に手をひらひらさせた。



優一「始めようか」



総司は手にしていた書類に目をやり、優一が着席したのを確認すると読み上げる。



総司「今回は我が組織の情報部門です。

我が組織からは4名、組織の情報を奪おうとした相手組織30名、計34名です。

売買された情報は蓮の偽装工作により偽情報で済んでおりますが、総額1億以上の利益を得ております。瑠衣の潜入捜査の結果、本日、予定通り情報売買を行う暗号を発進しております」


蓮「どんどん情報の抜き方が雑になって来てるから、バレてない事を確信してる。今回はボスの情報盗みやがった。もちろん偽物にすり替えてあるから安心して」


優一「予定通り本日決行する。異議のある者は?」



静寂。

全員の顔を一周し、優一はデスクに広げられた署名部分にペンを走らせる。



優一「各自支度に入れ」



優一がサインをした書類を総司が受け取り、手慣れた手つきで処理をする。

デスクの引き出しから銀色の隠し刃を胸ポケットへしまい、出陣の合図を出す。



『ママ、今日このまま夜勤になりそう。ひなたちゃんの作文動画、後で送ってね!絶対だよ!』



決行は夜。

今日はママの料理が食べられないなと思いながら、優一はスマホをしまった。








静まった病院。

夜勤ナースにまぎれて白衣をまとった男が一人、医局PCに向かう。

手慣れた様子でパスワードを打ち込み、USBに指定した情報を書き込み始める。もしこの場を誰かが見ても『お仕事をしている医者』にしか見えない。

しかし実情は、これから組織の情報を売る組織組員だ。


初期の頃はこの数秒すら胃が痛かったが、今ではコーヒーを飲む余裕さえある。この静かな時間、後に多額の金が動く嵐の前の静けさだと思うと嬉しさなのか興奮なのか、腹の底から震え上がる何かがあった。



総司「お疲れさまです」



組員の肩がビクリと跳ね、ガタガタと音を立てながら立ち上がる。

コーヒーをいれたコップが跳ね、椅子が床に転がった。


終わりだ…。


組員にとってを来た組織上位四名と会う事は『粛正』を意味する。

闇に溶ける服を身にまとう総司は、胸ポケットへと手を伸ばす。



総司「ひとつ、組織かぞくを守る事…」



ゆっくり、ゆっくり…決して急がず、口元には笑みすら浮かべている。



総司「ふたつ、裏切りは許さず…」



歩いているのに肩が揺れず、まるで闇に浮かんでいるよう。

カチカチと奥歯がなり、足が笑い始める。



組員「ゆ……ゆるし…」


総司「みっつ。裏切りは死をもって償うべし…」


組員「冗談……じ、じゃない…連絡…れ…れんらく……!!」



組員は粛清されるぐらいなら最後まで足掻いてやると、焦る手で緊急コールをしても誰も応えない。誰でも良い、この粛清から逃れるのなら。

コール音が空しく響く中、総司の胸ポケットからは一本のペーパーナイフ。

一瞬だった。

床にゴトリと影がおち、瞳孔が開いた組員。

ペーパーナイフの先端は少量の赤。



総司「お掃除をお願いします」



黒き風が吹けば、そこには誰もいなかった。

総司も、組員も、最初から誰もいなかったように。

静かで、何の跡も残っていない。コール音がひびくスマホだけがそこにあった。



『このスマホは10秒後に工場出荷状態に初期化されます』



USBは回収され、溶けた闇からは声が聞こえる。



「まず一体目…」





ーーーーーーーーーー




瑠衣は指示通りナース姿の女性になっていた。

可憐な姿で白衣男性の胸元におり、薄暗がりの部屋で秘密の逢瀬をにおわせる雰囲気で、白衣の男は熱を持った瞳で瑠衣を見る。

瑠衣の太ももに手を伸ばし、その先を探ろうとしたところで瑠衣が手を止める。



瑠衣「こんな所で?だーめ」



引き出された情報の中で所在不明な物がいくつかあり、その情報を保管する男から媒体を回収する、それが変装名人の瑠衣に与えられた今夜のミッションだ。

昼間の男の姿からは想像できない、女性すら可愛いと言いたくなる程の女性に変装しているのだ。情欲を持て余している男の胸に瑠衣がいれば、太ももの先に手を伸ばしたくもなる。


「今日は誰もいないのに?妻は日勤だったから今はいないんだよ?」


瑠衣「ちがうのー。今日、瑠衣欲しいものあるの。それくれたら…ちょっと考えちゃう」


「何が欲しいの?バックかな?それともどこかでご飯食べてからのかな?」



瑠衣はくすくす笑いながら、ポケットに忍ばせておいたランジェリーを取り出しいたずらに誘惑をする。



瑠衣「ねえ先生、これ…どういう意味かわかる?」


「ずいぶん積極的だね?」


瑠衣「うん。瑠衣、秘密の秘密の情報が欲しいの。先生と秘密の関係の先になりたなぁ」



所在不明の情報はこの男に渡った所で履歴が途絶えていた。蓮ほどの情報技術で追えないという事は、ネットの世界にその情報を保管してはいない。アナログなやり方での保存だと推測ができた。

その情報を保有する目的が有事の際の奥の手なのか、金が手に入れば優一を裏切った仲間を売るのか捨てるのか、その為の材料なのかもしれない。


情報の所在がわからない以上、簡単に殺せない。



「仕方ない……君の頼みなら、取っておきの秘密を教えてあげるよ」



胸ポケットから出したボールペンの中にはマイクロSD。これで何億もの金が動くと悦に浸っていた。



瑠衣「先生、そのお金入ったら…私の事ポイしちゃう?」


「しないよぉ。そしたら俺が死んじゃうからねぇ」



もういいだろう?と太ももへ手を伸ばしたその瞬間、瑠衣はボールペンを奪い仕込み刃で管を裂いた。

ヒュンッという音とともに、全てが完了していたのだ。



瑠衣「気持ちわりぃんだよ。クソやろう」



頭を軽く蹴飛ばすと、ボールペンを胸ポケットへ仕舞い呟く。



瑠衣「お掃除おねがいしまーす」



闇の風がひと吹き。

そこには男の姿がなく、瑠衣だけが立っていた。



「2体目…………美しい……」




ーーーーーーーーーーーーーー




優一は蓮と共に、該当事務所の総本山にいた。

蓮の情報技術によりバリケードや監視カメラ、セキュリティは全て機能しているように見せかけているが実際は

目に見える情報は普段通り。記録媒体も破壊されており、2人の姿はどこにも録画されいない。


彼らは該当した30人を見つけ次第、常世へ眠らせている。


さすがの組織も眠りについた組員を見つければ警戒態勢に入る。

しかし人間とは愚かな生き物、

セキュリティが万全だと誤認している今、

裏切り者が居るのではないかと同士討ちを始めるギリギリのラインにいた。

思い思いに胸の内に秘めていた鬱憤や疑惑を吐露し、派閥を組み、武器庫を行ったり来たり。



優一「手間が省ける」


蓮「も上がりそうですね」


優一「いや……掃除屋は美しさが絶対だ。雑にやれば価値が下がって素材いきだ」



狙いを決めて次々仕留めるが、

どうやら派閥の疑惑や鬱憤が限界に達したらしく乱闘が始まった。

闇に乗じてターゲット30人に次々近づき眠らせる優一。蓮も仕込み刃で参戦し、阿吽の呼吸でリストに挙げられたターゲット全員を眠らせる。


望まぬ眠りを強要された者もいたが、静かになった総本山の屋敷で優一が合図を送る。



優一「掃除だ」



闇を纏った風が吹き、何事も無かったかのようにに戻った。

姿は見えない。

それでもしっかりと作業をした何かは、闇の中で呟く。



「……契約通りに」



優一は服に着いた土埃を払うと、端末の震えを感知。

総司、瑠衣から『任務完了』の報告。



蓮「しっかし……よくここまでキレイにできますねぇ…」



闇は掃除をした。

眠りについた者達を、ゆりかごへ。

一切の痕跡も残さず……唯一あるのはほんのりと香る石鹸の香り。



「明日は予定通りに……」



闇からの囁きを受け取った優一は、総本山を出るために出入口へ向かう。その途中で総司にメッセージを入れた。



『明日、定刻通りに向かってくれ』



『かしこまりました』



闇からはささやき声が消えないが、優一は構わず進む。



「今日は大忙しだ……」




ーーーーーーーーーーーーーー




海沿いの小さな明かり。

地中海のメニューを取り揃えたバル。


港の男達の胃袋を満たすようなしっかりとしたメニューから、ご婦人達の談笑を盛り上げるメニューまで幅広く取り扱っているその店は、地元民からクチコミを聞きつけてやってきた客まで夕方から大賑わいだ。



「白ビールね!はいよぉ!」



心地よく威勢のいい声がフロアを包む。

そんな場所からほど近い工事現場のプレハブ小屋に、警備員が立っている。


通り過ぎる人が多い中、

スーツを着た男が警備員に封筒を渡す。

中にある書面を確認するとプレハブ小屋への入室を許可された。



見せかけのプレハブ小屋には地下への階段。



ちょうどあのバルの地下に向かうように伸びており、打ちっぱなしのコンクリート壁がやけに冷たい。


最初のドアを開けると、

そこには鼻までの目元を隠す仮面をつけた、黒を基調とした格式ある給仕服に身を包んだ男がいた。



『当店では金額により体験のが変わります』



「お待ちしておりましたNO.57様」



書面をだした男は給仕の男と同様に仮面をつける。

給仕は荷物を預かり、ボディチェック、スマホを預かり先のドアへと案内する。

その身にしみ込んだ所作はまるで熟練の技だ。


結婚式を彷彿とさせる大広間は、各所にあるロウソクの明かりだけで薄暗い。

彼は硬化樹脂で出来た番号札に「NO.57様」と書かれた席へ着席すると、今日の円卓の顔ぶれを見る。


あぁ……お向いは国会議員の…。

隣は今引っ張りだこの俳優……。



それぞれ「52様」「56様」の硬化樹脂の番号札。少々かすり傷のある板だ。

誰もが相手に探りを入れない。

目線だけで相手をはかっている。


ここでは誰しもが口を紡ぐ。

誰にも理解されない、

誰にも言えない、

誰もが持っている裏の顔で、

極上の食事を味わえるのだ。


周りを見れば、どの席にも番号札で番号がふられている。

ナンバーが上がれば上がるほど、その材質は遠目からでも高値なものだとわかるほど。

こんなにも同志で理解者がこの場に揃っているのだと思うとゾワゾワとした背徳の気持ちが全身を駆け巡る。



「本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。本日もわたくし自ら調理した極上の素材をお楽しみください」



闇から響く声。

客人たちは運ばれた料理を目で味わい、

シェフの解説に耳を傾ける。



オードブルのスープ。

温かく、胃にすとんと馴染む。

給仕はゆったりと、しかし客人とシェフのペースを汲み取り料理を運ぶ。


前菜、温かい食材と冷たい食材の混合。

どちらから召し上がっても構いません、お心のままに召し上がってくださいとシェフは告げる。



「では……次のお食事をご用意いたします」



香ばしい玉ねぎのソテー、

絹のような舌触りのマッシュポテト。

新鮮な人参は砂糖なしで綿菓子のように甘くとろける。

を引き立てる脇役だ。



「本日は鮮度、香り、味、全ての取り扱いが難しい食材です。

オプションをつけて頂いた方にはご希望のお料理へと変更させて頂いております。

全ての命に感謝をし、食材は隅々まで、素材ひとかけらとて無駄にはいたしません」



仮面をつけた客人はナイフとフォークでメインディッシュを口へ運ぶ。


驚く程柔らかい、なのにただとろけるだけではなく、命を主張している。


ここにいる政治家、俳優、実業家、表の顔は素晴らしく才があるのだろう。

だが今だけは皆が平等に食事をしている。


口に残る余韻も、濃厚な香りも、客人を魅了する。

噛み、味わい、嚥下する。

命を喰らい、己の血肉としている。



シェフは優れた料理人だ。

彼の料理を1度口にしてしまえば、

もうほかの店などどうして満足できようか。

彼の作り出す麻薬のような料理に誰しもが舌鼓を打ち、賞賛する。



「では、本日のデザートでございます。砂糖の殻の中に次回の番号が焼印された菓子がございます。ご確認ください」



全員がスプーンで殻を割る。

ある者は番号が下がり肩を落とし、

またある者は番号が上がりニヤリと笑む。



「おや、57さんはキープでしたか」


「今回はオプションを付けなかったので……。そちらはいかがでしたかな?」


「わたしは全てオプションを付けて今回でだいぶ払ったのでね、52から48に上がったよ」


「おぉ……素晴らしい」


「次回はいかがです?40番代になれば硬化樹脂から卒業できますし、なにより1番へ近づけますぞ?」



壇上には小さな円卓がある。

黒く光る番号札にはNO.1の文字。

かすり傷だらけの硬化樹脂板とは違い、

磨かれ指紋1つ残っていない美しさ。



「NO.1様は別室にてお召し上がりになっておられます」



アルコールを運びに来た給仕にそっと教えてもらうNO.1の今。

光を全て吸い込みそうな漆黒を纏っているのに、ライトを浴びて輝いている番号札。




客人はNO.1の札こそ見たことはあれど、

人物は見たことがない。

話によれば極上の素材でシェフの料理を味わっているのだとか、どこかの大富豪で特別メニューになっているのだとか憶測が飛び交っている存在なのだ。


あの場所に座れれば、

富も権力も…そしてこの晩餐会を牛耳る事が出来る。



「いつか食べてみたいものですな。特別メニューを……。金などいくらでも積みましょう」



アルコールを口に含むと、酔いも手伝って52番は口を滑らせてしまう。



「金など巻きあげれば良いのですよ。

何かあっても忙しいと言ってすぐ忘れますからな。なんせ今日の昼飯すら覚えてない!

世の舵取りは我らがとらねば!」



ガハハと笑いながらアルコールを促してくる。

給仕をしていた男は、胸元のピンマイクに誰にも聞こえぬよう囁いた。



「ご判断を」


『次回だ。情報を集める』




胸元に手を当て小さく一礼をする。

こうして秘密の晩餐会は夜明けまで、

静かに……薄暗い部屋で行われた。



「本日は以上となります。みなさま、またご縁がごさいましたらお会いしましょう」






ーーーーーーーーーーー












翌日の昼、出勤前の蓮は聖ルミエール病院近くのカフェへ向かった。

少し値段が張るものの、味は本物。

半地下の入り口ドアを開けると、係が客席とは真逆へ誘導した。



「お疲れさまです、蓮さん」


蓮「キャラメルラテくれ。俺仕様で!」



ウェイターが注文を聞きキッチンへ行くと、別のウェイターが蓮へA4の茶封筒を渡した。



蓮「そっか昨日か。いっつも次の日だったな。サンキュー!」



茶封筒の中には名簿の束。

目を通すが、特に目立つ印は残されていない。だが…蓮が手を止めたページがあった。





NO.52 →NO.48  

国会議員

お食事オプション数:5

その他オプション数: 0

お食事料金(オプション料金込) 3,500万

備考 『次回』





この名前……。

そうだ、最近選挙で当選したってニュースになってた国会議員……。

なるほど。次はコイツか。


そして最後の1枚、以下余白の文字の下には…いつも通りの筆跡で。



『また新鮮な食材をお待ちしております』



山のように盛られたホイップ、大量のキャラメルソースがかかったカップが蓮の前に置かれる。

甘いものに目がない彼は、飲むではなく、もはや食べている状態で言った。



蓮「相変わらず俺には理解できない世界だわ。優一さんに入金確認してもらって」




ーーーーーーーーー




06.06

入金 22,574,552,000

出金 0

備考 34+49/A




優一は愛娘達が遊んでいる横で、入金をチェックした。

乱闘こそあったものの、今回も良い出来だったのだろう。

掃除屋が厨房でどれだけ嬉しそうにしていたのか容易に想像がついた。



ひなた「パパ、昨日のママのご飯美味しかったね」


優一「そりゃママのお料理だからね!パパが大好きな人のご飯だから、ご飯も美味しいんだよ♪」


ひなた「ママの作ったきんぴらごぼう、ひなた大好き!」


優一「うん!まだママと結婚する前なんて、パパ、ママのきんぴらごぼう美味しすぎてずっとオネダリしてたんだよ!美味しいー!好きー!愛してるー!って」


ひなた「どんだけママのこと好きなの!?いやもう慣れたけどさぁ……」


優一「ママも、ひなちゃんも、なぎちゃんも、みーーんな大好き♡ねー凪ちゃん?パパの事ちゅきかなー?」



次女は優一の元へ歩み、腕にぎゅっと抱きつく。



凪「パパ、好き!」


優一「あぁぁぁぁぁ可愛いぃぃぃぃぃ!!うちの子達天使!!ママー!!愛してる!!」



そこには闇など一切感じさせない、妻と娘を溺愛する男の姿があった。

誰しもがある表と裏の顔。



ただ彼らの裏の顔が特別なだけなのだ。




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