たべちゃいたい、

れいとうきりみ/凪唯

最高のフルコース

 「世界三大珍味って、キャビア、フォアグラとあと一つなんだと思う?」

お弁当を食べているとき、純花すみかが私にそう言った。

 「えーなんだろ、トリュフとか?」

食べたことはないけど、みんなそういうからきっとそうなのだ。

 「ざんねーん。答えは私も知りませーん」

 「なにそれー」

二人で笑いながら、弁当をつつく。卵焼きをほおばる。甘味が口いっぱいに広がって、瞬間幸せを感じる。

 「やっぱ純花のお弁当美味しすぎ!純花なら絶対に料理人になれる」

今度は隅の方に身を隠していた鶏の照り焼きに箸をのばす。口に運んで、咀嚼する。肉の歯ごたえとちょうどいい味付けが、私の舌を虜にさせる。

 「ありがとう、楓菜ふうなのために作った甲斐があったよー」

純花は料理人になるのが夢だ。だからよく私にお弁当を作ってくれる。彼女曰く、「まだ修行の段階だから大したものを食べさせられてない」そうだけど、そのレベルでこの美味しさなら、彼女が本気を出して作ったら一体どうなってしまうのだろうか。

 「こうしてお弁当作って楓菜に食べてもらうとね、私幸せになるんだあ。その笑顔、食べちゃいたい」

 ツナのサラダを味わっていると、純花がそういった。

 「私は料理とかできないから、でもその代わり笑顔ならいくらでも!」

私はかぼちゃの煮物を一口で食べて、美味しいと笑顔で言った。嘘じゃないし、社交辞令でもなく、本心だ。美味しいものを食べると、笑みがこぼれる。かぼちゃは、この空間のように甘かった。


 「食べ過ぎてお腹苦しい…」

5時間目は体育だった。食べた後の運動は、お腹に来る。抱えていないと動けないほどの激痛だ。その場に倒れこむ。

 「大丈夫?」

 「うん…ちょっと食べすぎちゃって…」

 「じゃあ、保健室行こっか」

先生のもとに走っていって、事の顛末を説明する純花。先生から了承を得たのか、「行くよ、肩貸そうか?」と、私を運んでくれた。

 「食べ過ぎは厳禁だよー」

 「だって美味しかったんだもん」

 「でもだめ。体調崩したら元も子もないでしょ」

保健の先生はいなかったが、純花が保健委員長だったため、保健室に入ることもベッドに横になることもできた。うちの学校の保健室はいったいどうなってるんだ。

 「ていうか純花は授業は?いいの、戻らなくて?」

 「んー、まあいっかな。正直あの先生好きじゃないし」

消毒液で体温計をふきながら、こちらに顔を向けずにそういう。お姉さんみたいだ。

 「それに、こうして楓菜といた方が楽しいもんね」

はい、と体温計を渡す純花。風邪じゃないしと駄々をこねる私に、いいからと図ることを強要する。

 「熱測らないと私が怒られちゃうから」

不満を顔に露わにしながら、体温計を脇で挟む。しばらくするとピーと音が鳴る。36.6度。異常なし。

 「もう帰りたい…」

ぽつりと、そういった。ただの冗談だった。単なる小声の独り言。でも、保健室という小さい空間の中では、どこにいても聞こえる声量だった。

 「じゃあ、帰る?」

彼女と目が合う。ただの会話なのに、彼女の目は本気だ。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。

 「い、いややっぱいいかな、なんて」

 「いいよ。帰らせてあげる」

私のベッドの上に乗り、寝ころぶ体に跨る。手を握り、力いっぱい私のお腹を押す。

痛みというより吐き気がした。何度もえずく。それでも純花は手を止めない。

 直に、口角に生暖かさを感じた。酸っぱい。口の中がざらざらする。 

 「吐いちゃったね。これでもう、体調不良で帰れるね」

恐ろしいことに、彼女は吐瀉物にひるむことなく、素手で私の口元を拭って笑っていた。授業を終えたクラスメイトがお見舞いに来る。はじめは心配したような顔だったが、その顔をこの光景が曇らせる。中には吐き気を訴える物もいたそうだ。どうしていいかわからない私は、ただ、親の迎えを待つしかなかった。


 次の日、私は学校を休んだ。あんな姿を見られて、クラスに入りずらくなったのと、今まで普通の女子高生だった純花にあんな一面があったなんて、と酷くショックを受けたのが原因だ。純花が私にお弁当を食べさせてくれたのは、もしかしたら私を吐かせるためだったんじゃないだろうか。彼女は、私を吐かせて楽しんでいたんじゃないのだろうか。嫌な妄想が頭の中をぐるぐると駆けまわる。

 「楓菜?大丈夫?何かあったの?」

心配したお母さんが扉越しに声をかけてきた。

 「大丈夫だから。心配しないで」

その後しばらくは気配を感じたが、直にゆっくりと階段を下りていった。

 学校に居場所を失った私は、自分の部屋に籠ることしかできなくなってしまった。


 

 あの日から完全に学校に行けなくなって、早一か月が立とうとしていた。家のチャイムが鳴る。そして階段を上る足音が聞こえる。誰だろう。私は身構える。

 「入るね」

声の主は、明らかに純花だった。駄目というより早く彼女は扉を開け、私に謝った。

 「ごめんね、私が余計なことをしちゃったせいで」

学校帰り、バッグを肩にかけている。家にも帰らず、うちへ来たらしい。私を抱きしめて、泣く。

 「謝られても…私にはどうすることもできない」

表情を変えず、機械的にそういうと、「そうだよね…」と純花は落ち込んだように声を零した。

 「これ…お詫びの印。もしよかったら食べて。また明日も来るから…」

涙を拭いて、彼女は私の部屋を後にした。小さいタッパーの中には、肉が入っていた。私の大好きな、照り焼き。彼女が怖くても、料理は相変わらずおいしそうに見える。朝からほとんど何も口にしていない私は、食欲に負けて一口ほおばった。

 「おいしい…」

やっぱり彼女の腕は、本物だ。


 次の日も、約束通り純花はうちに来た。「昨日はごめんね」という彼女に、「いいの、純花は悪くないから」と答えた。

 「私が苦しそうにしてたから…吐くの、手伝ってくれただけなんだよね?むしろ感謝しなきゃ」私はそう思うことにし、純花に話す。

 「…うん」

また泣きそうになる純花を抱きしめて、「大丈夫、大丈夫」と声をかける。

 「…あ」

泣き止んだ後、タッパーを見て純花が声を漏らした。

 「食べてくれたんだ…」

 「あ、うん…。美味しかった。やっぱ純花の腕はすごいよ」

そういうと、純花は泣き止んだ後のまだしっかり笑えない顔で笑顔を作って、「でしょ!」といった。 


 「次の週末、出かけに行こう」

純花からメッセージが届いた。待ち合わせ場所は、幼稚園の頃遊び回った近くの山。あの頃は大きくて広くて、たまに迷子になりそうだったけど、今はそれほど大きくもない。今も残る廃墟の倉庫は、あの頃の秘密基地だった。

 お母さんは久々に外に出る私を心配した。「大丈夫、純花に会うだけ」というと、まだ不安そうにしながらも、「純花となら」と納得してくれた。

 炎天下の中、久しぶりに歩く外。途中ふらつくこともあったが、なんとか山に着くことができた。中に入ると、秘密基地の方から私を呼ぶ純花の声がする。

 「来てくれてありがとね」

 「いいよ、私たち友達だし」

私は椅子に座る。純花はまだ水のでる‘‘台所‘‘に立って何かをしている。でも、角度的に何をしているかまではわからない。

 「ちょっと自然を感じながら食べてほしい料理があって呼んだんだ」

純花の声は嬉しそうに跳ねている。

 「サプライズ要素もあるから、ちょっと目隠ししてて」

促されるまま目隠しをかぶると、お腹のあたりに何か感触がした。その後手を縛る。何が始まるの?何も見えない視界の暗さが、より一層恐怖を掻き立てる。

 「何する気…?」

 「まあまあ…これも料理を楽しむための下準備」

私をなだめるようにやさしい声でそう言う。

 「こないだ楓菜に食べてもらった料理、あるでしょ」

タッパーに入れたやつ、と付け加える。相変わらず前が見えない。暗い、怖い。

 「あれ、私の腕なの」

声にならない悲鳴が出た。急に視界が明るくなる。目隠しが外れたのだ。一番最初に目に入った純花の腕には包帯が巻かれていた。

 ゆっくりと包帯をとる。露わになった右腕は抉れていて、濃い赤色だった。

 「最高の前菜は、私の腕が一番だと思ってね」

吐き気がする。私が食べた美味しい肉は、純花の腕…?

 「前に学校で世界三大珍味は、キャビア、フォアグラと、あと何かを聞いたよね」

包丁を手に取って、私に近づく。やめて、こないで。必死に足で地面をけって逃げようとする。手が小刻みに震える。

 「あと一つは、楓菜だと思うんだ」

目が泳ぐ。これから私は調理されてしまうのだろうか。こわい、こわい。やめて。

 純花が耳元で囁く。「食べちゃいたい」

 彼女の包丁は私の太ももに近づく。「肉って正しい捌き方とかあるんだけどさ、」

二人だけの、薄暗い倉庫の中に彼女の声がこだまする。

 「私の料理は、食材の悲鳴もスパイスなんだよ」

鉄が皮膚に触れる。ゆっくり前に刃を動かすと、軌道を描くように赤色に染まる。包丁の両側に手を添えて、全身の力を加えて、骨ごと切断する。ドン、というに鈍い音が響く。私は白目をむいて、絶叫する。

 「そうそう、その調子、もっと声を出してもいいんだよ?」

痛い痛い痛い痛い。意識が持たない。彼女はそのまま反対側の足も、同じように一回で切断した。剥いた白目は未だ戻ることなく、口からは涎やら吐瀉物やらが破棄でる。流れる鮮血。彼女は小指ですくって舐める。「この鉄の味…肉に合わせたらおいしいかも!」まるで子供のように目を輝かせてそういう。

 私は、もうあきらめていた。あまりの痛みですぐにでも意識が失いそうだし、足を二本も失った状態で助かるわけがない。

 「楓菜はほんとにいい反応するよ。楓菜を選んで正解だった」

体中血まみれで、不敵な笑みを浮かべた純花が私に語り掛ける。痛みでろくに聞けなかったが、彼女はお構いなしに今度は右の手首を切り離した。

 んんんんーーーーーー!!!!!!

 痛みに悶絶する。お願い、もうやめて。これ以上痛くしないで!

 「手首は煮込めばやわらかくなりそう…。いいね、どんどん素材が集まっていく!」

 血塗られた包丁は、今度は頭に遊びに来る。髪を引っ張られて痛かったが、他が痛すぎてマシに感じた。

 「髪の毛は付け合わせにちょうどいいね。やっぱ見た目はよくしないと」

純花は、ポケットからピックを取り出す。先端を右目の近くまで近づけ、そのまま滑らかに刺す。ピックを伝って落ちていく私の血は、もう左目でしか見られなくなってしまった。

 「目は触感が癖になるから絶対人気になる!」

取り出された私の目は、この世のものとは思えない異形だった。真っ赤な、丸い何か。何も知らなければ目だとは気づけないけれど、絶対にこの状態で存在してはいけないとわかる、君の悪い何か。

 私は限界に達していた。もう我慢できない。痛みは気絶へと導こうとする。何とか正気を保たなきゃと思う反面、このままいても助からないなら楽になりたいとも思う。 

 「そろそろかな…」

低い純花の声が聞こえる。「楽しかったよ」包丁の持ち手を両手でもって、刃先を私の心臓に向ける。

 「私のフルコースは楓菜でなくちゃ!」

包丁は心臓につき刺さり、私は大声で悲鳴を響かせた。そのあとすぐに視界は遮断された。私の泣きぼくろを湿らせた涙は、すぐに乾いた。



 先生の楓菜の不幸の知らせは、HRにちょっと話すだけで終わった。深く触れることもない。それはクラスをざわつかせたが、昼になるころにはいつものみんなに戻っていた。

 「楓菜ちゃん、残念だったね」

昼ごはんの時、クラスメイトの紗良は私に声をかけてきた。いかにも沈んだ顔をしている。

 「うん…。でもきっと天国で幸せに過ごしてるよ」

笑ってそう答えると、紗良は「一緒に食べよ」と隣の席に座った。

 「そのお弁当美味しそー!きれいだねえ」

そうでしょ、と私は返す。だってね、この弁当は―


 照り焼きのソースが塗っている肉には、黒い点が一つついていた。

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たべちゃいたい、 れいとうきりみ/凪唯 @Hiyori-Haruka

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