セルフレビューという大胆な手法で自作と向き合う深見双葉さんの文章には、恥を超えて自分自身を肯定し、作品を心から愛する強さがあふれています。「バズらなかった」悔しさも、「自分の声を自分で認める」という新しい挑戦に昇華させる姿は、すべての創作を志す人に勇気をくれるはず。
特に『ゆびきりげんまん』のレビューは、ペットロスの痛みや愛する存在との約束を、詩のような優しさで包み込みます。死を「終わり」ではなく「またね」へと変える、その希望のまなざしは、読後にきっとあたたかい涙を運んでくれます。創作への新しい扉を開きたい方、そして自分の言葉を信じたい方に、ぜひ読んでほしい一作です。
自信作書いたのに、盛大に空振った経験、あなたにはありませんか!?
ありますよね!?
いえ、ありますね!!
そういう際は自分で自分の作品をレビューしましょう!
「高み」へと向かうために――
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昔、どっちの料理ショーという番組がありました。
2チームで、シェフから材料から選りすぐった至高の一品みたいなのを作って、どっちが食べたいか審査員が多数決で決める、みたいなやつでした。
その番組の最後に、負けた方のシェフが暗いスタジオで自分の作ったものを「うまくできたよなあ」って食べてるんです……
空振った時の悲しさとは、そういう虚しさみたいなものがあるんですね。
僕は思うんです。自信作を作るとき、投稿したとき、そして1週間(目安)くらい待ってるときの作者は、それはもうキャピキャピなんです。
何度も味見して、これも違うあれも違うとして「これだ!」と出てきたもの。
そんな特選素材ずくしの料理が「撤収」するとき、僕は自分の味覚を疑うんです。人のじゃありません。そんな「ワシの料理を称賛せぬヤツはバカ舌だ」みたいな人物ではありません。
実際、冷めてから改めて見てみるとですね、意外と大したことないな……、と思うこともしばしばあります。
けれども中には「うめえなあ……」と思うものもあり、その時に、過去の燃焼の残り香が漂ってくるんですね。
まだやれるんじゃないかという気持ちが湧いてくるのは、そういう時です。