ちょっと細い道に入った、わかりづらいところに建ってる蕎麦屋なんですが、そこの蕎麦はもう、一度食べたらやめられなくなるんですよ。
そう、食べずにはいられなくなるんです。食べたあと、ちょっとするともう、店に行かずにいられなくなる。
どう、興味が湧いてきませんか?
でもね、この店には困ったことがありまして、年末にしか営業してないんです。
食べたあとすぐにでも また食べなきゃたまらなくなるのに、それが叶うのは年末だけ。
あっ、気になります? そうでしょう、そうでしょう。
ぜひ行ってみてくださいよ。
その店の蕎麦を食べずにいられない理由、よーくわかりますから。
……うっ、困ったな、私もそろそろ行くとしますか。
ええ、せっかくですからご案内しますよ。
とんでもない蕎麦屋だ! ととにかく圧倒されることになります。
「藤庵」と看板の出ている一軒の蕎麦屋。そこに深刻そうな顔の客がやってくる。
その客はどうも「祠」を破壊してしまったらしく。そのために「呪いが解ける蕎麦」を食べたいという。
そうやって蕎麦を食べて帰る客だったが、この店の蕎麦には「とある仕掛け」があって。
なんという、悪徳な奴らか! と読者は真相を知って最初に考えることになります。
でも、この蕎麦屋で行われている「悪徳な所業」のオリジナリティの高さに、気が付けば夢中になっていることでしょう。
店にやってくる客たち。その客が抱えている「問題(というか蕎麦屋の仕掛けたこと)」が、とにかくスケールが大きい。
一話一話のエピソードで出てくる内容が、その気になれば「一個の作品世界」を構築できるくらいのポテンシャルを持ったものになっています。
「今度はこのネタで来たかとか「このコンセプトはさすがに嫌すぎる!」となるとか。
全四話の短編ですが、その中にいくつもの世界観が詰め込まれているので満足度がとても高いです。
年末と言えば蕎麦。そんな蕎麦屋を舞台にしたスペシャルな物語群。どうぞ味わってみてください!
冬の寒さにコートの襟を立てて行く。
都会の雑踏を避けて細い路地へと入ると、
何処からともなく美味しそうな鰹出汁の
軽やかな香が流れて来る。
そこは 年末にしか営業しない不思議な
蕎麦屋 『藤庵』
店主の藤吉と、若い店員の秀吉で切盛り
しているこの蕎麦屋には、今日も
切羽詰まった曰く付きの客が一杯の温かい
蕎麦を求めてやって来る。
青い顔で来店するや、食券も買わずに
テーブルで震える男性客は、ホラー作家。
恐ろしい曰くのある祠を壊してしまったと
いうこの男は、祟られて死ぬ前に
美味しい蕎麦を食べたいと言うが…。
小気味良い語りと微妙なツッコミ所を
用意して…とんでもない所へと誘われる。
ホラー作家の男は何故、最期の晩餐に
『藤庵』の 蕎麦 を選んだのか。
怖い話なのかと思っていると、人情に
ほろりとさせられて、そこからのSF感。
そしてこれはミステリーなのだと
納得させられる。
お蕎麦にも、こんな 美味しいセット が
あればいいのに。
……そこかよ、と。