美しくて異世界――

@NEKO21K

プロローグ

柔らかな風が、雲ひとつない青空を切り裂くように吹き抜けていく。


一面に広がる野生の草原が、ここが村外れの小さな丘の上にある野原だと、妙に納得させてくる。


俺は地面から身を起こし、意識がはっきりした状態で周囲を見渡した。


「――ああ。忘れるわけがないよな……」


あれは、数ヶ月前の話だ。


俺はゲームをやりすぎて、飯を食うことすら忘れ、そのまま死んだ。

次の瞬間、俺は“自らを生命の神だと名乗る存在”と対面した。


まあ、どこにでもあるテンプレ展開だ。世界のどこを掘っても出てくるレベルのやつ。


神様は、俺に“前の人生に対する弔慰金”みたいなものを渡すと言ってきた。


それどころか、現代の童話にありそうな“使命”まで与えてきた。


「魔王を倒せ。そうすれば世界の救い主になれるぞ」

そう言って、白くて長い髭を指でくるくる回しながら笑った。


俺は、当然のように黙るしかなかった。


混乱していたし、早く話を終わらせたくて、とりあえず頷いた。


なのに、俺には伝説の武器も、チート能力も与えられなかった。


代わりに――“偉大なる女神と共に戦う権利”とやらを渡された。


ちなみにその女神は、よりによって“豊穣の女神”だ。

「枯れたものは蘇らせる! だめならもう一回!」

……そんなスローガンを笑顔で言うタイプ。


わずかに魔法の素質があるらしい俺と、その女神は、この世界に送られて――魔王“サタノス”とかいう奴を倒せと命じられた。


最初のうちは案外冷静だった。

不安のメーターは2%くらい。

隣に女神がいるのだから、ビビる必要はないと思っていた。


だが、その考えは完全に甘かった。

スプーン一つで空を飛べると期待するレベルで無謀だった。


転生地点――

そこは深い森で、その先には村へ続く道があった。


そして俺は勢いよく叫んだ。


「異世界って最高だな!!!」


腰に手を当て、草原の丘を見渡しながらニヤけていたその時――

背後から柔らかい声が響いた。


「はせがわ・イトーさん……この気持ち悪い生き物の口から助けてくれない……? お願い……!」


声は腹の奥からくぐもって聞こえた。

彼女は巨大な化物の胃袋の中にいた。


そいつは可愛いシルクワームのような見た目だが、サイズはバイソン並み。


腹の中から、女神が必死に助けを求めていた。


「待っ――!」


さすがに放っておけない。

俺にも人の心くらいはある。


だが、どうすればいいのか分からなかった。


武器はない。

俺はただのサラリーマンの格好をしているだけ。

スーツケースの中身は仕事の書類しかない。


それでも――魔法が少し使えることは覚えていた。


魔法の勉強? そんなものした覚えはない。

だが、ラノベの魔法なら多少知識がある。

――まあ、なんとかなるだろうと思った。


スーツケースを置き、俺は化物に叫んだ。


「おいブサイク! 次の獲物はこっちだ!!」


そして片手を向け、叫ぶ。


「ファイアボール――ッ!!」


何も起きない。


「ウォーターボール――ッ!!」


沈黙。


「……くそっ! 全然発動しねぇ!!」


もっとファンタジー小説読んでおけばよかった……!

ゲームばかりしてた過去の俺を殴りたい。


「ねえ! 何してるの!? 早く助けてよ!! 子供みたいに叫んでないで!! ……って、うわ、ちょっ、鳥が逃げて……ッ! 早くううう!!」


女神の声が腹の中で反響する。


――女神って死ぬのか?

いや、その思考は捨てろ。

見捨てちゃダメだ。


「……お前、豊穣の女神なんだろ?

近くの枯れ木でも復活させてみろよ。

多分、それで何とかなる!」


俺は直感でそう言った。


化物は植物が好物っぽい。

なら植生を増やせばいい。


1メートル先に、枯れた木があった。


「……ああ、なるほど! で、どこ!? 暗くて見えないの!!」


ため息しか出なかった。


「いいからやってみろ!」


すると、化物を包むように淡い光の粒子が降り注ぎ始めた。

砂のような粒が枯れ木へと集まり――

一瞬で青々とした葉と実をつけた。


「おお……すげえ……」


すると化物は突然吐き気を催し、女神を吐き出した。

そして木に向かって「ングイーーン!!」と鳴きながら、葉をむしゃむしゃ食べ始めた。


そこにいたのは、白と薄緑の神々しいドレスを着た美しい女神。


だが――全身ドロドロの黒いスライムにまみれていた。


彼女は俺を見るなり、嫌そうな顔をした。


「さて、ハセガワイトーさん。今から私はあなたの導き手であり、唯一の信徒を守るために――豊穣の名のもとに――」


「ストップ。

まずその汚れ落としてから喋れ。

……近くに川でも探したら?」


完全に正論だった。


だが彼女は胸を張って反論してきた。


「忘れたの? 私は女神よ? 川なんて探さなくていいわ!」


そう言って杖を掲げ、ぼそぼそと呪文を唱えると――

一瞬で汚れが消え、美しい姿に戻った。


「そういえば名前をまだ言ってなかったわね……」

胸に手を当て、目を閉じ、優雅に名乗る。


「私はフロリン!

豊穣を司り、この世界に平和をもたらす女神です!!」


そして無駄に乾いた笑い。


「ハ、ハ、ハ、ハ!」


「……そうか。

よろしく、イトウでいい」


それから魔王討伐のために、まず何をすべきか尋ねたのだが――


「えっと……実は、魔王とかそういうのは私の担当外なのよね……」


……しまった。

なんで魔王討伐に“豊穣の女神”を充てたんだよ……

どう考えてもミスマッチだろ。


俺がツッコむ間もなく、森の道から馬車が現れた。

中年の男が野菜を積んで町へ向かっているらしい。


「おーい、あんたら! 何してんだこんな所で!?」


「迷子になってて……この娘と一緒に。

それで、その……お金がないんですが、乗せてもらえませんか?」


男は豪快に笑った。


「心配すんな兄ちゃん!

金がないなら荷下ろしを手伝ってくれりゃ十分だ!」


なんて優しい世界だろう。


「本当にありがとうございます!!」


こうして俺たちは馬車に乗り、中心街へ向かった。

魔王の情報を集めるためだ。

こういう時は、ラノベ知識的に“冒険者ギルド”へ行くのが定番だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美しくて異世界―― @NEKO21K

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画