第13話 エピローグ ― 六年後の春

戦いから六年。

加奈子がクロノスの制御に成功したことで、かつて荒廃しかけた世界は、ゆっくりと元の姿を取り戻しつつあった。

街には人の声が戻り、子どもたちの笑い声が響く。平和の兆しが、人々の暮らしに確かに息づいていた。


その中心で暮らすのは、あの日を共に乗り越えた仲間たちだ。

明日香と達也は結婚し、一人娘・咲子を授かっていた。

家族の傍らには、再生によって命を取り戻した猫のサキが日差しの中でまどろみ、

そしてもう一人――咲子に慕われる母・加奈子も、穏やかな笑みで見守っている。


今日は、街の中心にある一本の大きな桜の下に、家族と仲間が集まった。

その桜は、明日香がかつて最初に再生させた思い出の木。

枝を揺らす風に、満開の花びらが光をまといながら降り注いでいた。


「おーい、こっちだ!」

桜の下で手を振るのは渋谷徹。

隣には十六歳となった夢乃が立っていた。背はすらりと伸び、どこか母親の面影を感じさせる。


「徹さん、夢乃!」

達也が声を上げると、二人は笑顔で駆け寄ってくる。

久しぶりの再会に笑い声が弾み、桜の下は柔らかな幸福で満たされた。


腰を下ろし、盃を交わす。

徹が桜を見上げながら呟いた。

「まさか、こんな未来が来るなんて思えなかったな。」


加奈子は微笑み、静かに言葉を返す。

「明日香が踏ん張ってくれたからよ。……あの子が、あの日、希望をつないでくれた。」


その言葉に、明日香は母の方を見た。

「お母さん。あの時は……本当に怖かった。でも――今なら言える。

 生きててよかった。あなたが、私を生かしてくれたから。」


加奈子はそっと娘の手を握る。

「あなたが生きてくれた。それが、私の何よりの救いよ。」

二人の間を、春の風がやさしく通り抜けた。


達也は盃を掲げ、穏やかな笑みで言う。

「でも、みんなで選んだ道が、こうして未来につながった。……乾杯。」

「乾杯!」

声が響き、桜の枝がざわめくように応えた。


その頃、咲子は少し離れた場所でしゃがみ、地面に何かを描いていた。

夢乃がその姿に気づき、にっこりと声をかける。


「咲子ちゃん、大人ばかりで退屈でしょ? お姉ちゃんとお話ししようか。」

「うん!」


咲子は嬉しそうに頷き、小さな手をかざす。

その掌から、淡い黄色の光がこぼれた。

光はふわりと舞い上がり、地面に触れると若葉が芽吹く。

風が葉を揺らすたび、光の粒が踊り、まるで世界そのものが息をしているようだった。


「……明日香さん!」

夢乃の声に、大人たちが振り返る。

一瞬、誰も言葉を失った。


「これは……」

「まさか、咲子にも……」

「未来は、ちゃんとつながっているんだね。」


咲子は微笑み、夢乃も優しく頷く。

その光は空へと舞い上がり、花びらと混ざり合いながら青空を照らしていく。


やがて、加奈子が静かに呟いた。

「この世界は、もう大丈夫。……あなたたちがいる限り。」


満開の桜と若葉。

そして、輝く光に包まれた笑顔。


――長い戦いを越え、いまここにあるのはただ一つ。

平和という名の、静かな奇跡。


いつかこの子たちが見る未来は、

私たちが願った“再生の世界”の続きを描いていくのだろう。


柔らかな風が吹き抜ける。

春の光が、永遠のように降り注いでいた。

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クロノスリリィ ―時を継ぐ少女― 猫田笑吉 @nekotasyokiti

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