VSフブラ
青篝
短編です
乾いた風、消えた街並み。
焼けた鉄の不快な匂いが
鼻腔の奥へと侵入してくる。
天を突いていた程の高いビルは
今やもう見る影を失ってしまい、
道路は隆起して車は潰れている。
かつては日本の中心だった東京だが、
今は無惨な有り様となり、
ただあの白い化け物が雄叫びをあげながら
右往左往するだけだ。
「…もう一度、皆と歌いたいな。」
崩れかけた建物の裏で
彼女はポツリと呟いた。
独り言のつもりだったのだが、
隣にいた二人には聞こえたらしい。
「ボクも、同じ気持ちです。」
銀髪のショートヘアに
青のメッシュが入っている少女。
頭の左上に浮かぶ金色の手裏剣を
大切そうに手で撫でながら
強い意思を表明するのは、
元天使の『カナタ』だ。
泣き顔を見せないように俯いて、
震える足を抑えつけている。
「そうですね…。
あの頃みたいに皆で歌えたら、
きっと楽しいでしょうね。」
今までは決して見せなかった
優しさと慈愛に満ちた声色で
『カナタ』の肩を抱いたのは『マリン』。
燃えるような真紅の髪と瞳の彼女は
右目を眼帯で隠していたのだが、
長い戦闘の中で失くしていた。
日常が壊れてしまう前は
毎日のように海賊になる事への
野望と情熱を語っていた彼女だが、
そんなことには誰も触れずに
目の前の巨大な絶望を見据えている。
未だに留まることを知らず、
咆哮しながら歩き回る白い化け物。
その名称は『フブラ』。
かつてはカナタやマリン達と
共に過ごしていた『アヤメ』と
『トワ』、『ルシア』が
ただの遊びのつもりで行った
『悪魔の召喚』という儀式の末に
生まれてしまったフブラは、
彼女らの先輩だった『フブキ』の肉体に宿り、
街を無に還す破壊神となった。
逃げ惑う人々を横目に
フブラは自らの分身を量産し、
東京を拠点に全国を瞬く間に蹂躙。
自分達に責任があるからと
フブラを止める為に最初に飛び出した
アヤメ達三人は虚しく倒され、
その後もノエルやラミィ、ミオ、ソラといった
主要戦力も次々と膝を折られた。
残されたのは、この場にいる三人のみだ。
「……っ。」
藍色の髪が風で流れる。
前髪が目に入っても気にせずに、
『スイセイ』はフブラを睨む。
すると、ピシリピシリと音を鳴らして
彼女の足元が凍りついていく。
腕を組み、歯を噛み締める。
悔やんでも悔やみ切れない。
あの時、フブキが消えた時、
自分はすぐ近くにいたのに
恐怖で背を向けてしまった。
限界までフブキは耐えていたのだ。
自分を乗っ取られまいと
フブキは頑張ってくれていたのに、
苦しむ姿をこの目で見ていたのに、
仲間の中でも特に力のある自分が
即座に対処すれば助かったかもしれないのに。
仲間を死なせ、自分が生きている。
カナタとマリンも限界が近く、
今日で何とかしなければ
全滅してしまうかもしれない。
後悔の分だけ心は冷えて、
それを具現化するように氷は広がっていく。
しかし、そんなスイセイを励ますように
カナタとマリンは話しかけた。
「スイちゃん。大丈夫だよ。
この戦いは終わらせるし、フブキ先輩も助かるよ。」
目元の涙を拭い、
希望を捨てないカナタの声。
「『
スイちゃんの本気、見せて下さいよ。」
聖母のようなほほ笑みで
静かに鼓舞するマリンの声。
「カナタ…マリン……。」
二人の言葉に暖められるように、
スイセイの氷は少しずつ溶けていく。
しかし、完全には消えない。
頭では理解しても、
心の奥底でスイセイは思う。
自分が、慰められて良いのかと。
破滅の元凶が自分ではないにしても、
ここまで事態が悪化して
仲間が犠牲になってしまったのは、
自分にも責任があるのではないかと。
そんなスイセイの葛藤も、
カナタとマリンは分かっていた。
どれだけ二人が言葉と愛を尽くそうと、
スイセイの心は曇ったまま。
もう一押しが足りないのだ。
このまま待っていても
時間が解決してくれる訳ではないと
頭で理解できても突破法がない。
なら、もう全てを諦めて、
いっその事三人で心中でもするか───。
……と、スイセイが瞳を閉じた時だ。
「ホント、情けないっすねぇー。
ワタシが留守にしてる間に、
何があったんすか。」
どこかで聞き馴染んだ声だった。
よく覚えている。
忘れようとも忘れられない。
カタコトのようで話し慣れた流暢な日本語。
ヤクザが登場するあのゲームが大好きで、
自分達の界隈に革命を起こして、
誰からも慕われて、
パスタの歌もうろ覚えで、
時々発言が危なくて、
そして嵐のように去っていった───。
振り向かなくとも分かる。
けれど、振り向く以外の行動はない。
「「「__っ!?」」」
大きな翼と角と尻尾。
腕を組んで仁王立ちしている。
その圧倒的な存在感は、
『龍』の他に何の例え用があるだろうか。
「このワタシが来たからには、
もう大丈夫ですぜ。」
三人は思わず息を飲む。
もう会えないと別れの言葉を交わしたのが
つい昨日の事のように鮮明に覚えているからこそ、
三人はすぐに信じられなかった。
けれど、そこにいたのはあの伝説の『龍』だった。
「ココ!」
一番にカナタは駆ける。
ココの腰に抱きついて、
しっかりとその存在を確認する。
懐かしき光景だ。
同期の中でもカナタとココは
特に仲間以上の関係だった。
だから、身長差があれど
カナタとココの並びは胸にグッとくる。
まるで、あのシリーズの桐生と錦山だ。
数多ある組み合わせの中でも
他の何よりも安心感と熱があり、
二人が共に闘う姿はまさに伝説。
美しき鳳凰が天空を舞うが如く、
冷徹な吸血鬼が敵を喰らうが如く、
博識な探偵が道を示すが如く、
全ての要素を網羅している。
それが桐生と錦山、カナタとココ。
「どうして…?逃げたんじゃないの……?」
数滴の涙が頬を伝うマリンに対して、
スイセイは疑問を口にした。
フブラが猛威を奮う中、
カナタを通じて届いた手紙には
ココはボスであるヤゴーを連れて
安全な場所に逃げたと書いてあったのだ。
そのココがなぜ今ここにいるのか、
感動よりも気になってしまった。
「何言ってんっすかパイセン。
ヤゴーを連れ出したから帰って来ただけっすよ。
それに、仲間がピンチなのに
自分だけケツ出して逃げるだなんて、
会長失格じゃないっすか。」
カナタの腕を優しく解いて、
ココはスイセイに歩み寄る。
「安心しな。このワタシがいる限り
誰も死なせないし、ワタシがいなくても
パイセンを責める奴なんていねぇっすから。」
あぁ、こうして何度、
彼女に救われただろうか。
「ここにいる皆で頑張ろう。」
「スイちゃんのちょっと良いとこ、
マリン見てみたいなぁ~。」
スイセイは後ろを向き、
涙を拭いて深く呼吸する。
……もう大丈夫。
弱気になるのは終わりだ。
皆がいるなら、立ち向かえる。
「皆、やるよ!」
腫れた目元を見せぬまま、
勢いよくスイセイは
建物の陰から飛び出した。
ココ、カナタ、マリンも
刹那の躊躇いもなくついていく。
倒れた仲間達のおかげで
さすがのフブラも弱ってきている。
決して容易くはないが、
今ここにいる四人なら勝てる。
終わりにするんだ。
フブラの目の前まで来て、四人は横に並ぶ。
そして、それぞれの渾身を放った。
「ゴリ天使の裁きの時!
「ココ会長様のお通りじゃい!
「撃て!性欲とエロスの
「待つばかりのお姫様は嫌だ!
世界を救う王子様になるんだ!
VSフブラ 青篝 @Aokagari
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