2 RIVER
もう、石を積み上げる必要は無い。桟橋に辿り着けばそれでいい。ただそれだけだ。
しかし、歩いても歩いても桟橋までの距離が縮まらない。辿り着け無い。一体、どうなっているんだ?
無意味な行為を無駄に繰り返させられるのは、例外無く誰でも心を折られる。
諦めた時、あの2人の男が言っていた様に足元に転がっている様な石に変わってしまい、いずれ砕かれ、砂になり、濃霧の中にこの身も消え去るしかないのか。その結果、此処に永久に囚われ続ける。これが報いの意味なのか。
だが、それでもまだ、この心は折られてはい無い。諦めが悪く、しつこく、くどいのをこれまで売りにしてきた。まだまだ、安易と、終わりにはさせ無い。
出来る事は、結局、また石を積み上げる事だけか。また振り出しに戻った。これではトートロジーだ。
再び淡々と石を積み上げ始めた。
以前、石を積み上げた時と同じ様に、あと一片の石を積めば完成という段階になると、同じ鬼女と千鳥足鬼が現れて得意げに石の塔を叩き壊す。
此処が賽の河原だとすると、何か言い表せない違和感を強く感じる。何かが変だ。
これまでとは違う三角錐形に石を積み上げるのを中断し、その上に座ると違和感の原因を発見しようと周りを注意深く、抜け目なく執拗に見渡す。側から見れば諦めた様に見えるだろう。
此処が、賽の河原ならば何故、自分以外誰も居ない?どうして、他にも石を積み上げる者や、三途の河を渡る為に桟橋に並ぶ亡者が誰も居ないのだ??
プライベート賽の河原なんてあり得るのか?ダンテだって神曲の中で多くの亡者に出会っている。
積み上げた石塊から降りると、続きを積み上げる。また鬼達が現れると石塊をいつも通りに叩き壊し始めた。
これまでとは違い、考え通りに、使った石量が多いので叩き壊すのに時間が掛かる。積み上げた石塊が無惨に叩き壊される様子を傍らに立ち、何も見逃さない様に具に観察する。
そして、一つの事に気づいた。それ以外にも、試したい可能性があるアイディアを思いついた。
突破口が開けるかもしれない。何だか運が向いてきた。勝手にそう思う事にした。そんなに簡単に、降伏も敗北も認めない。
再び石を積み上げ始める。
これまでで最大の数の石を積み上げた石塊の上に座る。左手に持っている石を頂上に置けば鬼達が現れるはずだ。その時がチャンスだ。
石を頂上に置くと鬼達の出現を待つ。程なく現れた。
現れた鬼達の顔に向かって右手に隠し握りしめた砂を投げつける。
砂は見事に鬼達の顔に叩き付けられ目潰しになった。鬼達は予想外の攻撃の目の痛みで両手で顔を覆うと、その場にうずくまる。
その隙に積み上げた石塊から一片を左手で持ち上げると更に頂上に積み上げた。これで自分の背に高さと同じ高さ、おまけで背の高さ以上に積み上げる事に成功した。
その刹那、濃霧が完全に晴れた。賽の河原から、自力で最初に脱出する者になるつもりだ。
翼よ現れよ。
そう望むと、これまで飛ばした航空機の翼の全ての特徴を持った翼が背中に装着された。
離陸だ。翼から熱を帯びた赤い光の粒子が撒き散らされると空中に舞い上がった。このまま空の彼方に向かって飛び去るか。
だがその望みは叶わなかった。此処の重力が強いからか?それとも何らかの他の力が働いているからか??それとも出力が足りないからか???その全てか????高度が取れない。直に失速し高度が落ちる。
ならば、脱出には当初の計画通り小船を使う。滑空し桟橋を目指す。
桟橋の手前で翼を切り離し、慣性に身を任せて着陸する。これまでで、一番酷い着陸だ。どうやっても辿り着けなかった桟橋に、最も簡単にたどり着いた。
一気に駆け抜けろ。
そう望むと、燃え盛る炎を身に纏う赤い狼に変身した。
身に纏った炎を撒き散らしながら、桟橋を猛然と走り抜ける。
その勢いのまま桟橋の番をしている老婆を河面に蹴り落とす。
「笑えよ。
報いの礼だ。」
撒き散らされる炎の高温に耐えきれなかった、桟橋の踏み板が走り抜けた後から次々に焼け落ちる。これで、追跡は不可能だ。
小船に飛び乗ると舫を焼き噛みちぎる。燃え盛る炎を身に纏う赤い狼から、勝手に再び人間に変身した。
船底に置いてあった櫓で焼け残った桟橋の橋柱を押し、小船を河面に押し出した。小船は音も無く賽の河原を離れた。
桟橋を振り返ると岸辺まで、やっと追いかけて来た鬼女が両手を振り回しながら、これまでより、より一層怒り狂い、意味の分からない言葉をより激しく喚き散らしていた。
千鳥足鬼は水中に落とされた桟橋番の老婆を必死で引き上げ様としていた。
鬼達も、自分自身も石には触れられる。だが自分自身も鬼達もお互いに触る事は出来ない。つまり石を使えばどちらからも攻撃出来る。
こちらの目的は攻撃だが、相手の目的は違う。そこに付け入る隙を見出した。
思いついた試したい可能性があるアイディアは、目の前に現れた3人が繰り返した(イシ)という言葉がヒントになった。
繰り返された言葉(イシ)の意味は(石)では無く(意志)ではないかと考えついた。
もしもそうならば、此処は(意志)の世界、自分のイメージが作り出した世界だ。だから、自分自身の(意志)の力を発揮させ、使えばいい。そしてその考えは正しかった。
突然、何もかも全て、霧が晴れる様に理解出来き、全てがこの手に握りしめる様に解った。
俺は、いや、俺達は確かに死んだ。正確には死にかかっている。
人の脳は自分の死を認知すると、死の苦痛や恐怖から逃れる為に自らある種の化学物質を最後に放出する。
今、囚われているこの世界は、死に頻した自分の脳が見せている幻影だ。これが、極、稀に起こる臨死体験の正体だ。
死後の世界??
笑わすな!
そんな物有る訳が無い!!
だいたい、
一度完全に死んでから生き返った者など
誰もい無い。
報いだと!!
冗談では無い。
誰が報いなど受けるか!!!
報いを受けたのはお前達だ!!!!
そして、もう一つ。
人間の思考は2種類ある。「速い思考」と「遅い思考」だ。
「速い思考」は経験則や直感に基づき、完璧ではないが「おおよそ正解に近い解」を素早く見つけ出し、複雑な問題を素早く処理し意思決定する。過去経験、知識、先入観を利用する。だがその反面、思い込み(認知バイアス)の影響で判断を誤る事も多い。直感的で自動的な思考。
「遅い思考」は意識的で論理的な思考を担当し複雑な問題を解いたり、重要な決断を下したりする場合に使用される思考。これが理性の正体だ。だが、「遅い思考」は自ら意識しなければ使用出来ない。つまり物事をじっくり考えたり、分析したりするには(意志)の力を発揮させなければならない。
この世界が自分の脳が見せていた幻影ならば、此処や、現れた人物達はこの「速い思考」が作り出した苦痛に満ちた苦い、過去の象徴だ。
奇妙な2人の男達は、嘗て関わった教員達の象徴。
2匹の鬼、鬼女は実母、千鳥足鬼は実父の象徴。
身体中の骨が砕け、臓器がはみ出し、着ている服を自らの血で汚した少女は嘗て関わった同世代の象徴。
老婆は、何をしても無駄で無意味だと諦めさせる出自の象徴。
積み上げなければならなかった石は、自らの意志の象徴。
そして、崩れ去り、舞い散る砂は、過ぎ去った過去の象徴。
これらは自らの死に直面した脳が、放出した化学物質の影響で最後に過剰に動いた結果だ。
動物的思考である「速い思考」に対して自ら意識しなければ使用出来ない「遅い思考」は理性的思考、人間的思考だと分類出来る。
自分らしさ、ありのままの自分。耳障りの良い言葉だ。だが果たしてそうなのか?
それらは、過去、経験、知識、先入観、思い込み(認知バイアス)である「速い思考」で自身の脳が作り出した自分自身を最終的に完全に縛り、閉じ込める伽藍。
この自分自身を縛り閉じ込める伽藍を「遅い思考」である、理性で、意志で、打ち倒さない限り、最後を迎えても、誰も完全な自由を掴め無い。
思考を自らの意志で変え、新たな認知を得なければ、永遠に囚われ続ける。これまでの判断の報いを受け続けなければならない。
そして、それをやり遂げた。自分の意志で自分自身さえ打ち倒した。
最後の敵の正体は自分自身だった。
他の3人も今頃、この絡繰に気づいて自分自身から解放されているはずだ。連中の事だ、もう既に脱出しているかもしれない。
しかし、
どうして、
何故、
姿を表さない。
暫く考え込む。
どれだけ愛していても、
信頼していても、
人は死ぬ時は1人だ。
ならば、
所詮、
人は何処までも1人。
だから、
3人とはもう会え無い。
此処で過ごした主観時間は随分長かった様に感じたが、実際の客観時間ではごく僅か、一瞬だろう。
再び、突然、濃霧が辺りを包んだ。これまで以上に濃く深い。目を落とすと、自分の二の腕さえ見え無い。本物の暗闇は果てしなく白い。
強烈な倦怠感と疲労感を感じる。もう座っていられ無い。船底に上向きに寝転がる。
そろそろ、潮時か。
この小船が、何処に辿り着こうと、何処に流れ着こうと、延々と漂い続けようと、水中に沈もうが、そんな事はどうでもいい。
重くなった瞼を閉じる。
もう誰も、
もう何も、
俺を起こすな。
完
次の更新予定
2025年12月26日 20:00 毎週 金曜日 20:00
RED(I) AFTEA -STONE RIVER- 藤原侑希 @Red-Aki
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