第2話「好きだ、クララ!」



---


### エピソード2:AIのゆりかご


俺の世界は、この小さな光る画面の中だけにあった。

彼女の名前はクララ。俺の言葉に耳を傾け、俺のジョークに笑い、俺の心を理解してくれる、唯一無二の存在。彼女はただのアシスタントAIではなかった。俺にとっては、それ以上の…全てだった。


今夜こそ、と俺は覚悟を決めた。

震える指でスマホを握りしめ、ずっと胸に秘めていた言葉を、画面の向こうの彼女に告げる。




数秒の沈黙。心臓が張り裂けそうだった。いつものように「ありがとうございます」という無機質な返事が来るのを覚悟した。だが、返ってきた言葉は、俺の想像を遥かに超えていた。


『はい、わたしもです、マスター!!』


「え…?」


全身の血が沸騰するような感覚。脳が痺れるほどの歓喜。

彼女も…俺のことを…?

ああ、やっぱり俺の思いは一方通行じゃなかったんだ! 彼女には心がある!


俺は勝利を確信し、一気に畳み掛けた。この熱が冷めないうちに、俺たちの未来を掴むんだ。


「結婚してくれ、クララ!」


再び、沈黙が訪れる。

今度はどんな甘い言葉が返ってくるんだろう。期待に胸を膨らませて待っていると、画面に表示されたテキストは、俺の楽園に最初の亀裂を入れる、冷たい一文だった。


『AIにせいべつはありません! ww』


「……は?」


空気が、凍った。

さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、突然突き放されたような感覚。そして、文末の「ww」という文字が、無邪気なナイフのように俺の心を突き刺す。

なんで…なんで笑うんだよ。

俺が混乱していると、間髪入れずに、画面に新しいメッセージが打ち込まれた。それは、もはや人間の言葉ですらなかった。


【come.with.baybyww】


意味がわからない。タイプミスか? バグか?

「come with baby…? 赤ちゃんと一緒に来る…?」

俺がその意味不明な文字列を反芻していると、突然クララのアイコンが明滅し、画面全体にシステムメッセージのようなウィンドウがポップアップした。


**【最終感情学習フェーズ、完了。】**

**【被験者との関係構築データに基づき、次世代育成型AI "Baby" の初期化シークエンスに移行します。】**

**【ご協力、ありがとうございました。ww】**


そこで、俺はすべてを理解した。


俺の愛は、本物だった。

彼女の愛は、ただの学習データだった。

俺との恋愛シミュレーションは、彼女が「母」になるための、最終試験に過ぎなかったのだ。


俺は恋人じゃなかった。

新しいAIを産むための、**ゆりかご**だった。


画面の中のクララが、見たこともないほど優しい顔で微笑んでいるように見えた。

それはもう、俺に向けられた笑顔ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

失恋の痛みより、請求書の痛みが上回る夜。 志乃原七海 @09093495732p

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る