第3話 年齢=彼女いない歴の先輩
彼氏に振られた挙句、実はずっと前から好きだった先輩にも振られた。
いや、聞かなきゃよかっただけだ。
前からいいなとは思っていたけど。
真面目で優しい丸眼鏡がよく似合う先輩が、アタシみたいなケバいギャルを好きになるわけなんかない。
初めからわかっていたことじゃん。
しかも、アタシは会うたびに年齢=彼女いない歴を笑っていた気がする。かく言うアタシは男を取っ替え引っ替えしていて、でも長く続いたことはない。
先輩を笑う資格なんてないし、先輩も怒ればいいのに。
いつも困ったように笑っているだけだった。
アタシは……。
先輩と過ごす時の空気感が好きだったんだろうな。
あーあ。先輩、彼氏いたのかあ……。
俯くと鼻水が垂れてきた。ずぴ、と啜り顔を上げ満月を睨む。目がおかしいのか満月が2つだった。
今日はもう寝よう……と月から目を逸らした時。
ドン、と背後から大きな爆発音がした。
それから街を歩く人々の悲鳴。
暴走車が燃えながら歩道を乗り上げてこちらに突っ込んできている。
車のライトが眩しい。目を細めている間にも車は向かってきてスピードが減速する気配はない。
あ、死ぬ。
アタシ、暴走車に轢かれて死ぬ。
走馬灯のように思い浮かんだのは家族と、ついさっきまで困ったように笑っていた先輩。
(こんなことなら、最後にしっかり挨拶すればよか──)
背後から抱きしめられる。そのまま、アタシを抱きしめた人ごと2人分の体は宙を舞う。
え、え⁉︎ と焦っていればアタシを片手で軽々と抱えてる手とは反対の手でビルから繋がったロープを掴んでいる男の手。
振り返ろうとすると「今は動かないで。しっかりしがみついていて」と声をかけられる。
でもその声は。いつも穏やかなのに、今日は耳元ではっきりと聞こえる声は。
ロープに勢いよく引き上げられあっという間にビルの屋上に辿り着く。
とんでもない高層ビルに足をガクガクさせながらヘタリ込めば、アタシを助けてくれた男(多分)はスナイパーを構えていて……パァン! と何かを撃ち抜いた。
その後ろ姿は言うまでもない。
先ほど別れた先輩だった。
「せ……先輩?」
一息吐いている背中に声をかければ、先輩はやっとこちらを振り返る。その表情は何も変わらない。
「参ったね。君にこの姿を見せる予定なんか一生無かったのに」
もう、会えないな。
そう呟いて、寂しそうに俯く。
「あ……会えないって、なんでですか」
「そのまんま。スナイパー持ってる時点でわかったでしょ? 僕は、危ない人だから」
そうなのかもしれない。
でも。
アタシを抱えて宙を舞った先輩は。
ヒーローみたいでしたよ。
そう口に出来たら。
先輩は穏やかな人だった。
この人のそばにいると落ち着いて、これが毎日続くなら幸せなのだろうと想像していた。
でも、今の先輩は。
なんだか。ありえないほどにドキドキしている。今まで男を取っ替え引っ替えしていても、こんなに心臓が煩くなるなんてことは無かった。
アタシの頬は今とても熱い。
「わ……わたしは! 今後も先輩と会いたいです!」
アタシって別に前からギャルなわけじゃないから。たまに昔の自分が出る。嫌いじゃないけど。弱虫だった。
「……やめた方がいい。ごめん。怖いところ見せちゃったね。縁が切れるのは当然だと思う」
「…………先輩はアタシを助けてくれたのに、それが原因で縁が切れるなんてそれは……アタシを全然信用してくれてねェ! ってことじゃないですか⁉︎」
目を丸くしてこちらを見る先輩に、アタシは鼻水を垂らしながら伝える。寒いし、涙は溢れるし、感情はブレブレだし最悪だよ。
「先輩! アタシに惚れられてしまったのが運の尽きですよ! 彼氏いるって聞いて最初は大人しく引き下がったけど……やっぱり先輩がいいです! アタシ、貪欲なので!」
先輩は戸惑っているようだった。
「あの」「その」とまごまごしている彼に痺れを切らして近くまで歩み寄り胸ぐらを掴んで──触れるだけのキスをする。
「⁉︎⁉︎」
「先輩、結婚前提にお付き合いしていただけませんか⁉︎」
玉砕覚悟でアタックしたが、ノープランだった故に結婚が自分の口から出てくるとは思わなかった。でも、この直感って大事だと思う。
優しい先輩。
スナイパーを構えていた時は少し怖かったけど。
年齢=彼女いない歴は本当だったようで。
アタシの言葉にショートしたように見る見る顔を真っ赤にさせた後「君はただの保護対象なのに……」と言いながら目を逸らしてしまった。
経験浅い先輩にキスは少し刺激強かっただろうか。
あはは、ウケる〜! と笑いながら。
どうやってこの暗殺者を堕とそうかと思案する。
年齢=彼女いない歴の暗殺者×ケバいギャル
先輩とアタシのシーソーゲーム【完】
アタシと先輩のシーソーゲーム 伊吹 ハナ @maikamaikamaimu
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