花結び
夏宵 澪 @凛
花結び
「はい結花、今日もかわいくするよ〜。動かない動かない」
朝の登校前、真緒は私の髪を手早くまとめ、
くるんと薔薇の花結びを作ってくれる。
真緒は私の幼馴染であり――私の好きな人だ
「ねえ真緒。なんでそんな器用なの?」
「結花専属のスタイリストだから?」
「え、それ給料出る?」
「結花の笑顔で十分」
軽口を叩きながら、私たちはいつもの道を歩く。
春の匂いがして、今日もなんだかいいことが起きそうだ。
「ほら結花、手」
「え、なんで?」
「迷子になるから」
「子ども扱い!?いやでもあったかいからいっか」
手を繋いで歩くなんて、幼なじみらしからぬ距離感だけど、
真緒は自然すぎてツッコむ気にもなれなかった。
学校に着くと、みんなが私を見て言う。
「あ、また真緒に結んでもらったんだ?」
「それ以外に誰がやるのよ〜」
「ほんと仲いいよね、結婚するの?」
「け、結婚!?え、真緒、どうする?」
「式場はどこがいい?」
「ちょっとーー!」
周囲が騒いで笑うたび、私は顔が熱くなる。
真緒はただニコニコしていて、
その優しい感じがなんだか悔しい。
放課後、桜の並木を歩きながら、真緒が言う。
「ねえ結花。神社、寄ってこうか」
「今日も?好きだねぇ」
「結花と行くと運気上がる気がするんだよ」
そんなこと言われたら、断れないじゃん。
神社は夕日で金色に染まり、風に揺れる絵馬や紐がきれいだった。
……赤い紐、多いなあ。いつもこうだっけ?
まあ春だし、恋みくじ的なやつが人気なのかな。
「はい、結花」
「なに?」
「おみくじ勝負。負けたほうが勝ったほうの願いをきく」
「それラブコメ主人公の誘い方なんだけど?」
「ぼくはいつもラブコメやってるつもりだけど?」
なんだその返し。
おみくじの結果は、私が大吉、真緒が中吉。
「よし勝った!」
「でも結花、ぼくのお願いはもう決めてるよ」
「なに?」
「ずっとそばにいてほしい」
顔が熱くなりすぎて、逆に言葉が出なかった。
帰り道、真緒がふいに立ち止まる。
私はつられて止まる。
「ねえ結花。ちょっとだけ、目つむってくれる?」
「え?急になに。キスとかしないでよ?」
「しないよ。……まだ」
「ま、ままままだ!?」
「冗談冗談。いいから目つむって」
言われるままに目を閉じると、
耳元で “しゃり…” と細い音がした。
あ、また髪を結んでるんだ。ほんとマメだなあ。
「はい、完成」
「ねえ真緒、今日いつもより固くない?」
「結花が、ほどけやすいからね」
「なにそれ、私の髪質ディス?」
「違うよ。……結花が“すぐ離れちゃう”から」
「?」
「なんでもない。行こ」
真緒が笑うと、なんとなく胸が温かくなる。
今日も楽しかったな。
家に帰ると、母が私の髪を見て少しだけ眉をひそめた。
「真緒くんが結んだの?」
「うん!」
「……そう。あの子、昔から結び方が……強いから気をつけてね」
母の言い方は変だったけど、
恋愛話に過敏になってるだけだろうと気にしないことにした。
翌朝。
目を覚ますと、髪の根元がきゅっと締まる感覚がした。
「……あれ?」
ほどこうとしたけど、うまく指が入らない。
昨日より、ずっと固い。
鏡を見ると、
花結びの紐はほんのり――赤い。
胸がざわりとした。
そこへ、窓の外から声がした。
「おはよう、結花」
真緒が笑っていた。
春みたいに、まぶしい笑顔で。
まるで今日も普通の日だと言うように。
「今日も結んであげるよ。
――ずっと、ほどけないように」
あの日も同じ声で言っていた。
私が“ここへ来た日”も。
ずっと、ずっと毎日。
全部、最初から当たり前みたいに。
私はようやく思い出す。
どうして昔の記憶が曖昧なのか。
どうして手首に赤い跡がつくのか。
どうして神社に赤い紐があんなに結ばれていたのか。
全部、
最初から“結ばれていた”からだ。
真緒の笑顔は明るく、優しく、
そしてどこまでも変わらなかった。
「ねえ結花。
――もうほどけないよ」
春風が揺れて、
狐がそっと微笑んだ。
花結び 夏宵 澪 @凛 @luminous_light
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