深夜、寝ている俺に跨ってきた女王様な嫁が、娘の一言でただのママになった件。

志乃原七海

第1話『自爆霊』




月明かりだけが差し込む、深夜2時過ぎの寝室。

隣で眠る夫の穏やかな寝息だけが、静寂にリズムを刻んでいる。

私は、眠れずにいた。


そっと人差し指を口に含み、唾液で濡らす。唇をなぞると、乾いた心が少しだけ潤う気がした。

視線の先は、もうずっと変わらない。

この部屋で、私が焦がれるものなんて――ひとつしかないじゃない。


夫の身体に、そっと跨る。シーツが微かに音を立てた。

どうか、起きませんように。

でも、ほんの少しだけ、気づいてほしい、なんて。



ふと、意識が浅い眠りの底から引き上げられた。

息が、苦しい。

胸の上にずっしりとした重みを感じ、まるで深海に沈んでいくような圧迫感に襲われる。

(……ねつでもあんのかな、俺)

身体が鉛のように重く、指一本動かせない。金縛りか? それとも、この部屋に棲みつく地縛霊の仕業か…?


思考がまとまらない中、やけに生々しい音が耳にまとわりついた。

ハァ……ッ……ふぅ……っ……。

押し殺したような、切なげな吐息。肌を伝う汗の湿り気と、すぐ近くで鳴り響く心臓の鼓動。

これは、霊なんかじゃない。もっと温かくて、柔らかくて、俺がよく知っている……。


ゆっくりと目が暗闇に慣れ、ぼんやりしていた視界のピントが合う。

そこにいたのは、月光を背に浴びて汗で肌を光らせる、全裸の嫁だった。


「え……!?」


声を出す前に、喉がひゅっと鳴った。

嫁は俺に気づくことなく、ただ一心不乱に腰を揺らしている。その瞳は潤み、苦しいのか、気持ちいいのか、判別のつかない恍惚とした表情を浮かべていた。

(待て、これって…夢か? いや、この重みと熱は現実だ。抗議すべきか? でも、嫁のこんな必死な顔は、いつ以来だろう…)

思考が快感で焼き切れそうになる。抗う術もなく、俺の意識は白く染め上げられていった。


やがて動きが止まり、訪れた静寂。

乱れた息を整えた嫁が、俺がうっすら目を開けていることに気づくと、一瞬だけ気まずそうに顔をそむけた。

そして、小さな声で拗ねたように呟く。


「……もう。寝てる時だけ、素直なんだから」


そう言うと、役目を終えてぐったりしている俺の分身を、ぺちん、と軽く叩いた。

糸が切れた操り人形のように俺の上半身がふらりと揺れる。

しかし、嫁の悪戯はそれだけでは終わらなかった。


「……あら?」


嫁は、指先でそれを悪戯っぽく弾いた。一度果てて敏感になっているそこが、びくりと熱を帯びて反応する。

(やめろ、もう、無理だ…!)

心で叫んでも、声にはならない。

嫁は楽しそうに目を細めると、今度は爪の先で、その根元から先端へとゆっくりとなぞり上げた。チリッとした微かな痛みが、逆に耐え難いほどの予兆となって全身を駆け巡る。


「…っ、あ…!」


意志とは無関係に、俺の身体が弓なりに跳ねた。

短い悲鳴とともに迸った二度目の熱は、放物線を描き、闇の中ではっきりと見開かれていた嫁の頬に、白い雫を散らした。


一瞬、時が止まる。

嫁は驚いたように目を瞬かせたが、次の瞬間、その口元に妖艶な笑みが浮かんだ。


「ふふっ……お返し、もらっちゃった」


頬を伝うそれを、彼女は赤い舌でぺろり、と舐めとった。

その仕草は、どんな言葉よりも雄弁に、彼女の完全な勝利を物語っている。


俺はもう、起き上がりこぼしですらなかった。

この夜の女王様に、身も心も、すべてを吸い尽くされた抜け殻だった。


――そう、思っていた。


**ガチャリ。**


乾いた音が、濃密な空気を無慈悲に引き裂いた。

ドアの隙間から、小さな影がのぞいている。


「ママー! パパー! なにしるの! はだかで!」


幼い娘の、無邪気で、残酷なほど澄み切った声が響き渡る。


さっきまで妖艶に微笑んでいた女王様の顔が、一瞬で凍りついた。

そして、百面相のように表情を変えた末、引きつった笑顔で娘に向き直る。


「あ、あのね、これはね……パパと、夜のプロレスごっこしてたのよ! そう、ママが勝ったとこ!」


俺は、もう抜け殻ですらなかった。

家庭というリングの上で起きた惨劇の、動かぬ証拠。

ただただ、化石のように固まったまま、意識だけが遠のいていくのを感じていた。

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深夜、寝ている俺に跨ってきた女王様な嫁が、娘の一言でただのママになった件。 志乃原七海 @09093495732p

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