深夜、寝ている俺に跨ってきた女王様な嫁が、娘の一言でただのママになった件。
志乃原七海
第1話『自爆霊』
月明かりだけが差し込む、深夜2時過ぎの寝室。
隣で眠る夫の穏やかな寝息だけが、静寂にリズムを刻んでいる。
私は、眠れずにいた。
そっと人差し指を口に含み、唾液で濡らす。唇をなぞると、乾いた心が少しだけ潤う気がした。
視線の先は、もうずっと変わらない。
この部屋で、私が焦がれるものなんて――ひとつしかないじゃない。
夫の身体に、そっと跨る。シーツが微かに音を立てた。
どうか、起きませんように。
でも、ほんの少しだけ、気づいてほしい、なんて。
◇
ふと、意識が浅い眠りの底から引き上げられた。
息が、苦しい。
胸の上にずっしりとした重みを感じ、まるで深海に沈んでいくような圧迫感に襲われる。
(……ねつでもあんのかな、俺)
身体が鉛のように重く、指一本動かせない。金縛りか? それとも、この部屋に棲みつく地縛霊の仕業か…?
思考がまとまらない中、やけに生々しい音が耳にまとわりついた。
ハァ……ッ……ふぅ……っ……。
押し殺したような、切なげな吐息。肌を伝う汗の湿り気と、すぐ近くで鳴り響く心臓の鼓動。
これは、霊なんかじゃない。もっと温かくて、柔らかくて、俺がよく知っている……。
ゆっくりと目が暗闇に慣れ、ぼんやりしていた視界のピントが合う。
そこにいたのは、月光を背に浴びて汗で肌を光らせる、全裸の嫁だった。
「え……!?」
声を出す前に、喉がひゅっと鳴った。
嫁は俺に気づくことなく、ただ一心不乱に腰を揺らしている。その瞳は潤み、苦しいのか、気持ちいいのか、判別のつかない恍惚とした表情を浮かべていた。
(待て、これって…夢か? いや、この重みと熱は現実だ。抗議すべきか? でも、嫁のこんな必死な顔は、いつ以来だろう…)
思考が快感で焼き切れそうになる。抗う術もなく、俺の意識は白く染め上げられていった。
やがて動きが止まり、訪れた静寂。
乱れた息を整えた嫁が、俺がうっすら目を開けていることに気づくと、一瞬だけ気まずそうに顔をそむけた。
そして、小さな声で拗ねたように呟く。
「……もう。寝てる時だけ、素直なんだから」
そう言うと、役目を終えてぐったりしている俺の分身を、ぺちん、と軽く叩いた。
糸が切れた操り人形のように俺の上半身がふらりと揺れる。
しかし、嫁の悪戯はそれだけでは終わらなかった。
「……あら?」
嫁は、指先でそれを悪戯っぽく弾いた。一度果てて敏感になっているそこが、びくりと熱を帯びて反応する。
(やめろ、もう、無理だ…!)
心で叫んでも、声にはならない。
嫁は楽しそうに目を細めると、今度は爪の先で、その根元から先端へとゆっくりとなぞり上げた。チリッとした微かな痛みが、逆に耐え難いほどの予兆となって全身を駆け巡る。
「…っ、あ…!」
意志とは無関係に、俺の身体が弓なりに跳ねた。
短い悲鳴とともに迸った二度目の熱は、放物線を描き、闇の中ではっきりと見開かれていた嫁の頬に、白い雫を散らした。
一瞬、時が止まる。
嫁は驚いたように目を瞬かせたが、次の瞬間、その口元に妖艶な笑みが浮かんだ。
「ふふっ……お返し、もらっちゃった」
頬を伝うそれを、彼女は赤い舌でぺろり、と舐めとった。
その仕草は、どんな言葉よりも雄弁に、彼女の完全な勝利を物語っている。
俺はもう、起き上がりこぼしですらなかった。
この夜の女王様に、身も心も、すべてを吸い尽くされた抜け殻だった。
――そう、思っていた。
**ガチャリ。**
乾いた音が、濃密な空気を無慈悲に引き裂いた。
ドアの隙間から、小さな影がのぞいている。
「ママー! パパー! なにしるの! はだかで!」
幼い娘の、無邪気で、残酷なほど澄み切った声が響き渡る。
さっきまで妖艶に微笑んでいた女王様の顔が、一瞬で凍りついた。
そして、百面相のように表情を変えた末、引きつった笑顔で娘に向き直る。
「あ、あのね、これはね……パパと、夜のプロレスごっこしてたのよ! そう、ママが勝ったとこ!」
俺は、もう抜け殻ですらなかった。
家庭というリングの上で起きた惨劇の、動かぬ証拠。
ただただ、化石のように固まったまま、意識だけが遠のいていくのを感じていた。
深夜、寝ている俺に跨ってきた女王様な嫁が、娘の一言でただのママになった件。 志乃原七海 @09093495732p
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