Midnight Parasite
haru
Midnight Parasite
街灯も疎らな夜道を一人歩く女性。
年の頃は20代前半だろうか。
月明かりに照らされ、足取りは重い。
連日の残業で疲れ果てていた。
民家の高い塀に囲まれた薄暗いその路地は、この時間帯ともなると人影も見当たらない。
通い慣れた道ではあったが、彼女は心もち足早に通り過ぎようとしていた。
すると、月明かりを遮るように、一つの影が上空を横切る。
一瞬、視界を奪われた彼女はそこで歩みを止めた。
黒い影は音もなく上空を旋回し、月を背にふわりと降り立った。
「今宵の獲物はお前にするか」
青白い顔。紫色の唇から鋭い牙が覗く。
彼女は言葉を失い、手にしたカバンを落としてしまった。
そして、一言。
「へ……変質者?」
「違う! 私はヴァンパイア。お嬢さん、生き血を分けてもらえぬか?」
「や、やっぱり、変……」
「だから、違うって。ハロウィンはもう終わっただろう?」
その時、彼女の頬にヒリヒリとした感触が伝い、髪がふわりと浮いた。
街灯が不規則に点滅し、風が静かに落ち葉を舞い上げる。
すると、彼女とバンパイアの間に閃光が駆け抜け、路上に光の球体が出現した。
“バチバチバチ……”
その球体から現れたのは、鈍いシルバー色の男。
その男は片膝をついた体勢から、機械のような滑らかさで立ち上がる。
「私は未来から来た殺人アンドロイド。女、お前は我々の人類滅亡プログラムの枷となる。ここで消えてもらう」
彼女は何か言いたげに少し口を開き、眉を顰めた。
(また、ヤベーの来たな……)
ヴァンパイアは彼女とアンドロイドの間に割って入った。
「待て、私が先約だぞ」
アンドロイドは少し身を引いた。
「お前、誰だよ。今どき黒いマント着て」
「私は、人の生き血を啜るヴァンパイア。二回言わせんな。お前こそほぼ裸じゃねーか」
「しょうがねぇだろ、詳しくはターミネーター観てこい。ってことは、お前は誰でもいいんだろ? 私はこいつじゃないとダメなんだよ」
「確かに。しかし、お前はこの女を消すんだろ? それは、私の後でも良くないか?」
「確かに」
二人は彼女の方を向き、指示を待つようにじっと見つめる。
「えっ、私? 私が決めるの?」
頷く二人。
「どっちもいいわけないよね? お巡りさ〜ん!」
ヴァンパイアは慌てて彼女を制止した。
「おい、まあ待て。落ち着け。別に取って食おうってわけじゃないんだから」
アンドロイドも彼女をなだめる。
「その通りだ。冷静に話し合おう。まず、話を整理しよう」
ヴァンパイアは感心して言った。
「お前、いいこと言うなぁ。さすが未来から来ただけある」
三人は街灯の下にかがみ、話し合うことにした。
街頭の明かりに影を落とすスーツ姿のOLと黒いマントのヴァンパイア、そしてシルバーの全身タイツを着たようなアンドロイド。
始めに、最も論理的であろうアンドロイドが話しだした。
「私はこの女を消すために、わざわざ未来からやって来たのだ。この女は危険だ。その辺を考慮してもらいたい」
「危険って、何よ!」
「まあ、待て。しかし、さっきも言ったが、それは私が血を吸った後でも良くないか?」
「いいわけないでしょ!」
「しかしだな、ヴァンパイアに血を吸われると性格変わるのだろう? それは困る。消す意味がなくなってしまう」
「いいじゃねーか。WIN-WINだろ?」
「私はLOSEなのよ」
「いやいや、消さないとマザーコンピューターに叱られるじゃないか。私も命令で来たのだから」
「なるほど。しかしだな、性格変わっても消しゃいいんじゃないのか?」
「いや、それは駄目だ。倫理に反する」
「は? どうせ滅亡させるつもりなんだろ?」
「いや、それはマザーの担当だ」
「そうか、じゃあ仕方ないな」
「ちょっと! 二人とも倫理観バグってない? 私はどっちも嫌だからね!」
しばらく沈黙が流れた。
沈黙を破ったのは、やはりアンドロイド。
「ところで、ヴァンパイア。お前は何故この女がいいのだ? 他にもいるじゃないか、街に出れば」
「街は駄目だ。私は清らかな血を求めているのだ」
「チョッwww お前、この女が清らかだと思っているのか?」
「えっ? 違うの?」
「いや、知らんけど」
「ちょっと! 本⼈の前でセンシティブな話題で盛り上がるの辞めてくれない?」
二人は「で、本当は?」という顔で彼女を見た。
「言うわけねーだろ。バカ」
また沈黙――今度は少し気まずい雰囲気。
しかし彼女は冷静だった。
(このシルバーは指示待ち。そして、黒いの……こいつはポンコツ)
そして、沈黙を破りアンドロイドに尋ねた。
「ところで、そのマザーコンピューターってどこにあるの?」
突然の問いにアンドロイドは素直に答えてしまった。
「まだ、この時代には存在しない。いずれ生み出されるマザーコンピューターにとって、お前が危険因子だと聞いている」
「え〜。私、コンピューターとかよく分からないんだけど? でもさ、まだないんだったら、叱られることなくない?」
「まあ、そうだな」
「もし、このまま生み出されなかったら、ずっと叱られないんじゃない?」
「確かに」
「そうすると、マザーコンピュータの恐怖から逃れて、あなたは自由になれるんじゃないの?」
「なるほど。そうかもしれない。いや、確かに君の言う通りだ」
「よし。マザーコンピューターが出来ないようにしようよ。そうしたら、WIN-WINだよね」
「まさにその通りです、マザー。善は急げといいますから、明日やっておきます」
アンドロイドはすっかり懐柔されてしまった。
(この女……なんなんだ? 人間なのか?)
そのやり取りを見ていたヴァンパイアは恐怖におののいた。
(怖い……ほんとに危険因子じゃん)
つい彼女から少し目を逸らせてしまった。
彼女はそれを見逃さなかった。
「さて、ヴァンパイア……じゃなくて、君」
「ハイ!」
ヴァンパイアは恐怖の余り体が硬直する。
「君、名前は?」
「あっ、はい。ヴラドと申します」
「そっか。実は私、製薬会社で人工血液の研究をしてるんだけど……興味ない?」
「それは、いったい?」
「血液ソムリエみたいな人、探してたんだよね。出来るんじゃない? 飲み放題なんだけどな」
「それは! まさに私めが適任かと」
ヴァンパイアはすっかりかしこまってしまった。
「朝が苦手なら、夜勤専属でもいいよ。夜な夜な街を徘徊するのも大変でしょ。……ヴラドくん?」
その優しい言葉にヴァンパイアもすっかり懐柔されてしまった。
恐怖と感動が入り混じり、声が震える。
「それは、まさに……」
「WIN-WINでしょ?」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、私は帰るね」
そう言い残し、彼女は家に向かって歩きだした。
アンドロイドとヴァンパイアは、その三歩後ろをついて歩くしかなかった。
その夜、彼女の後ろを歩く二つの影は、まるで従順なペットのようだった。
こうして未来は救われた。
……たぶん、彼女のおかげで。
Midnight Parasite haru @koko_r66-haru
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