執事、私と恋愛しなさい
あやお
執事、私と恋愛しなさい
私の執事は完璧だ。
毎朝、私の好きな紅茶を室温に合わせて出してくれるし、お茶会には流行を抑えた入手困難な手土産を用意してくれる。
私の命令には必ず従う……一つの例外を除いて。
「執事、暇だから私と恋愛しなさい」
「無理です」
即答され、私は執事に不満げな目線を向ける。
黒い髪に、灰色の瞳を持つ執事は、私の視線を全く気にせずティータイムの準備を進めている。
ティーポットにお湯を注ぎ、砂時計を逆さにすると、砂がさらさらと落ちていく。
「なんでこの命令だけ無理なのよ!」
納得のいかない私は、椅子に座りながら口を尖らせる。
不満げに足で何度も床を叩くと、ようやく執事はこちらを向く。
執事は笑顔だが目は笑っておらず、くだらないと言いたげに見えた。
「言いたいことがあるならいいなさいよ」
「くだらない事を言うのはやめてください」
ピシャリと言葉にされ、私は口をあんぐりと開ける。
そんな私を気にせず、執事はティーカップを机に用意していく。
「まったく、なんなのその口の利き方……」
ぶつぶつと呟きながら、ティースタンドからサンドウィッチを手に取る。
「あ、卵サンド美味しい」
「お嬢様が前回美味しいと言われてたので、マスタード入りに致しました」
「さすが執事、わかってるわねぇ」
私が笑顔でサンドウィッチをもう一つ取ると、執事がティーカップに紅茶を注ぐ。
私の好きなアールグレイの香りがふわりと漂い、思わずため息が漏れる。
そんな私をみて執事は、満足げに口角を上げる。
窓の外から鳥の囀りが聞こえてくる。
木漏れ日が暖かく心地いい、まるで何の話をしていたのか忘れてしまうぐらい……
「そうよ!恋愛しなさいって話を逸らさないでよ!」
私は当初の目的を思い出して、大きな声を出す。
執事は私に近づくとナプキンを手に取り、私の口元を拭いた。
卵で黄色く汚れたナプキンを手元に戻すと、執事はため息をついた。
「私は逸らしてませんよ。大体何故そんな事を言い出したんですか」
「よくぞ聞いてくれたわね」
私は口角を上げて、近くに置いてあった本を執事に見せつける。
「騎士と姫様の恋物語……ですか?」
「そう!!最近女性の間で流行ってるのよ!」
私はうっとりとした表情で本を抱きしめる。
「姫と護衛騎士が禁断の恋をする話なの、色んな困難を乗り越えていくのだけれど、本当に感動するのよ……あっ思い出したら涙が」
指で涙を拭い執事の方をみると、口角は上がっているが貼り付いた笑顔で立っている。
「そ、それでね。私もこんな恋愛がしたいと思ったのよ!」
「じゃあ護衛騎士としたらどうです?いくらでもいるじゃないですか」
確かに我が家には、いくらでも騎士はいる。
だが、重大な問題があるのだ。
「私、汗臭い男嫌いなのよ!」
「真剣に護衛してる騎士の皆さんに謝ってください」
執事が私に顔を近づけ、有無を言わさず謝罪を要求してくる。
彼の息が頬をくすぐり、私の胸はすこし高鳴る。頬は赤くなっていないだろうか、と少し気になりつつ私は続ける。
「それは……謝るわ、ごめんなさい」
執事がにこりと微笑み私から離れると、微かに甘い香りが残った。いつも香る、彼の匂いだ。
「それで、何故私なんですか?」
「騎士が駄目で、他に私に忠誠を誓ってるって言えば貴方じゃない?」
私は胸を張ってそう伝える。
執事は額に手を当て、やれやれと呟く。
「私は確かにお嬢様のお世話を全力でやらせていただいておりますが、恋愛は業務外です」
そして大体、と呟く。
「何故そんなに恋がしてみたいんですか?」
執事は私の目をじっと見つめながらそう問いかける。奥まで見透かされそうな瞳に、私は目線を逸らし口を尖らせながら答える。
「……だって、してみたいじゃない。胸が熱く焦がれるような恋ってやつ」
指先でティーカップの持ち手をつつきながら、思いを馳せる。
貴族の結婚は政略結婚も多い。私もそろそろ婚約者の話が出てもおかしくない年齢だ。
その前に、執事との思い出を少しでも作りたいと思うのは我儘だろうか。
ティーカップの中でゆらゆらと揺れる紅茶を眺めながら、私は執事と出会ったあの日を思い出した。
当時お転婆だった私は、木から降りられなくなった飼い猫を助けに行き、気がつけば私自身が降りられなくなっていた。
恐怖に顔が歪んだ時、下から声が聞こえた。
「おい!大丈夫か」
視線を下に向けると、お父様に連れてこられた少年がいた。
私が降りられなくなっちゃったの、と呟くと、
少年は、あっという間に私のところまで登ってきた。
「ほら、こっちに来い」
差し出された手に、自分の手を重ねると力強く引っ張られる。
私はあっという間に腰を抱えられ、地面に着陸した。
地面に降りても、私の手の震えは治らなかったが、少年が飼い猫も連れてきてくれたので、少しずつおさまっていった。
「あの、助けてくれてありがとう。その、ファーストブリリアントリボンちゃんの事も」
私はリボンちゃんを抱きしめながら、少年にお辞儀をする。
彼は服についた汚れを叩いて落としながら、こちらに視線を向けた。
「別にあれぐらいどうってことない。……アンタ、命名センス独特だな」
少年が目を細めて微笑むと、ヒラリと赤い落ち葉が私たちの間に落ちていった。
その瞬間、私の胸は雷が落ちたかのようにビリビリと痺れた。
体の奥から熱が溢れ、沸騰したように顔が熱くなり、私はリボンちゃんで顔を隠しながらお辞儀をして、その場を走り去った。
(……あの日から、私は執事に恋しているんだよね)
目の前の執事に視線を向けると、彼と視線が交差して思わず逸らす。
執事が軽くフッと笑った声がして、負けた気がして耳が熱くなる。
そっと視線を戻すと、執事はティーカップに紅茶を注いでいた。コポコポと注がれる音だけが部屋に響く。
「とにかく、私はお嬢様と恋愛は致しませんので。他を当たってください」
鉄壁の笑顔でそう答えて、失礼しますとお辞儀をして執事は扉を出て行った。
私は注がれた紅茶に一口飲んでから、その扉に向かって呟く。
「……ぜったい、貴方と恋してみせるんだから」
私はフォークでケーキを大きく掬い、勢いよく頬張った。
チリーンチリーンチリーン
私がけたたましくベルを鳴らすと、ゲンナリした顔の執事が部屋に入ってきた。
「執事!私の新しいドレス選びに付き合いなさい!」
私は椅子に脚を組んで座りながら、執事に命令する。
「……お嬢様、またですか」
呆れ声の執事を無視して、私は要件をつらつらと伝える。
話が終わると執事は承知いたしました、と言って部屋を出て行った。
あの日から、私はありとあらゆる理由で執事を呼びつけている。
執事が私に恋をするには、何かキッカケが必要に違いない。あの張り付いた笑顔をひっぺがして、私を想って赤く染めさせるための、何か大きなキッカケが……。
それが何なのか思い浮かばなかった私は、とにかく恋人同士がする事かつ、拒否されないような事をやってみることにした。
(まずは、ショッピング!)
私は執事を連れて、貴族に人気のブティックに向かった。
プライベートルームで、私はいくつものドレスに着替える。
シックな紺色のマーメイドドレスに、若草色のふんわりとレースが広がるドレス……着替えては執事にこれはどう?とポーズを取ってアピールする。
執事は真剣な表情で、じっと私を見つめる。
食い入るように見られて、私はなんだか恥ずかしくなってしまい視線を逸らし、唇をかるく噛み締める。
執事は私に近づくと、失礼しますと言って私の顔に自分の顔を近づける。
(えっ?!?!)
私は突然の出来事に混乱しつつ、瞼をぎゅっと瞑り唇を尖らせる。
パチン、と首の後ろで音がする。
「ん?」
期待している衝撃が来ず、片目をそっと開くと執事は既に一歩下がった場所にいた。
口元を拳で隠し、震える声で、
「お嬢様に、お似合いのアクセサリーを、つけさせていただきましっ……たっ」と言った。
肩を震わせて、静かにふっと笑う執事の声だけが室内に響く。
徐々に状況を理解した私は、わなわなと拳を振るわせ、叫んだ。
「キスかと思ったのにーー!!!」
「頭沸いてらっしゃるんですか?お嬢様」
執事のため息は、私の絶叫に掻き消されていった。
◇◇◇
「執事、まーーったく私に気がないのかしら」
ベッドに腰をかけ、リボンちゃんを膝の上に乗せて撫でながら、私は大きな溜息をつく。
間接キスも、手料理(ダークマタ)も、ハグ(すぐ剥がされた)も効果はなかった。
あの笑顔は鉄壁なのか。
「後やってないのは……色気ね」
私はネグリジェの上から自分の胸をみつめる。
色気は……ない、けど、醸し出すなら何とかならない……かなぁ。
私は瞼を強く閉じ、頭を左右にふりながら叫ぶ。
「だめだめ!弱気になるなーーー!」
その瞬間、リボンちゃんが驚き飛び跳ねた。
「あぁ、リボンちゃんごめんっ……いたっ」
私の膝にはじわりと血が滲んでいた。
怯えたリボンちゃんが爪を立ててしまったようで、つぶらな瞳が震えている。
そっと毛並みに触れ、ごめんねと謝っていると、扉がノックされる。
「お嬢様、如何されましたか?大きな声が聞こえましたが」
執事の声が扉越しに聞こえ、私は背筋がピンと伸びる。
ネグリジェの上にガウンを羽織り、んんっと喉を鳴らしてから返答する。
「ちょっとリボンちゃんを驚かせてしまって怪我しただけよ」
「怪我ですか?失礼ですが、入ってもよろしいですか?」
執事の声はいつもより強張って聞こえる。
私が怪我と言ったからだろうか。
「ええ、問題ないわ」
そう答えながらも、慌ててガウンで胸元や脚が隠れているかをチェックする。
ガチャリと音がして、執事が部屋に入ってくる。真っ直ぐにこちらに歩いてくる表情は少し強張っていた。
私の前に来ると、跪いて、どこを怪我なさったのですかと尋ねる。
不安そうに揺れる瞳に、申し訳なく思いながら膝を指差すと、執事は短く息を吐いてから眉を下げた。
「少し血が出ていますね」
私の脚を自分の膝の上に乗せ、燕尾服の内ポケットから、ハンカチを取り出し当てようとしている執事を頭上から眺める。
背の高い彼を見下ろすことは殆どない。
月明かりの下、執事が動くと、それに合わせて艶やかな黒い髪がさらりと揺れる。
私は無意識に唾を飲み込むと、胸の内から、小さな支配欲が湧き上がってきた。
「ちょっと待って」
私の声に、執事はぴたりと動きを止めて、顔を上げる。
怪訝な顔をした彼と視線が合うと、私は口角をあげた。
「ねぇ、傷口を舐めて消毒してよ」
言葉に出すだけで、体が震える。
この震えは緊張ではなく、高揚感だ。
私は執事の腿の上に置かれた足の爪先をあげ、膝を彼の顔の前に突き出す。
「ねぇ、はやくしてよ。私の命令が聞けないっていうの?」
私は少し息を荒くしながら、言葉を続ける。
彼の甘い香りがふわりと香る。
私を見透かすような灰色の瞳で、彼は私をじっと見つめる。
普段なら目を逸らしてしまう所だが、今日の私は違った。彼の心のうちを知りたくて、一瞬も逸らさずに見つめる。
足の指に力を入れた時、執事の瞳が揺れる。
目が微かに細まり、唇を噛み締める。
チッと舌打ちしたのが聞こえ、何舌打ちしてるのよ!と言おうとした時だった。
彼が、私の膝に顔を近づける。
吐息がかかり、私は動揺し瞳が揺らいだ。
彼はそんな私を横目にみながら、傷口に唇を這わせる。
その細められた瞳は挑発的で、顔を離した唇には私の血が滲んでいた。
彼は唇でそれをなめとると、口角をあげる。
「これ以上は、駄目だから……ね」
そう言って、立ち上がり私を見下ろす執事の瞳には熱が籠ってみえた。
私は心臓の鼓動が喉まで揺らしそうなほど高鳴り、顔はあまりの熱に痺れた。
「ご、ごめんなさい。調子に乗ったわ」
執事の腿に乗った自分の脚を慌ててどけて、ガウンで覆う。
執事はそんな私を横目に、くすりと笑う。
「では、通常の処置をさせていただきますよ」
「う、うん。お願いするわ」
消毒をする執事の顔は、いつもの貼り付けたような笑顔に戻っていた。
(さっきの表情……少しは私を意識してくれたってことかしら)
私は、まだ熱をおびているガウンの下の傷口をさすった。
◇◇◇
「執事!暇だから私と恋しなさい!」
翌日も、私は部屋にきた執事に高らかに命令する。
執事はいつも通り呆れた目をしていたが、ふいに私の耳元に顔を近づけた。
「その気になったら、ね」
その瞳は、いつもと違う色に瞬いて見えた。
執事、私と恋愛しなさい あやお @ayao-novel
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