砂時計の残留
夕凪れの
第1話 好きになったのは年上の女子高生
振り返れば、俺はきっと何もかもが単純だったのだと思う。
三年前、十二歳だった俺は学校から指定された帰り道とは別方向から下校していた。当時は相当熱を上げていたカードゲームのグッズが近くの駄菓子屋に売られているという噂を聞き、真相をいち早く知るべくして友達に先に帰ると嘘をついて来たのだった。田舎に住む者にとったら、それは一大情報だった。カードそのものを買いに行くにも土日の、両親がいる日でないと車で一時間かかるショッピングセンターに行くことはできない。しかも、俺の周りにはルール破りなんてする友達はいなかったし、先生にチクられることを恐れていたから一人で行けばいいという安易な考えがあった。言えばもしかしたらついてきてくれたのかもしれないし、同じカードゲーム好きだったから仲間内だけの秘密に留めてもらえたかもしれない。断られる覚悟で提案をしてみればよかった。いや、断られてぶつくさ文句垂れながら家にまっすぐ帰っていたら。今になってそう思う。
入り組んだ土地にひっそりと佇んでいた駄菓子屋は周りが木々に囲まれて少し薄暗い。おばさん一人で経営しているらしく、内装は割と簡素だった。奥のカーテンブースを潜ると、俺が求めていたものはすぐに見つかった。棚の端の小さなコーナーではあったが、隣のクラスの子がトイレで話してたことは本当だったのだとわかり嬉しかった。何より自分の好きなキャラのグッズが販売しているという事実に心が踊ったのを覚えている。
一番のお気に入りであるカードのキャラのキーホルダーを手に取りお会計を済まし、頬が緩んだ状態のまま外に出れば、一人で突っ立っていた、おじさんの姿が目に入った。おばさんの知り合いなのだろうと思いスルーして帰ろうとしたら、後ろから「ボク」と呼ばれる。それが一人称ではなく、俺のことを呼んでいるのだということはわかった。無視するわけにはいかず、とりあえず返事をすれば、おじさんは俺の関心を引き付けようと、カードが好きなら僕の家に行こう、レアなものもあるし持ってないならあげる、と言う。それが嘘だというのは見抜いていた。だからそういうのはいらないと断固として拒絶の意志を見せていたのだが中々引かない。仕舞いには腕を掴んでこようとするから、相手の力量を考えず全力で抵抗するも敵うはずがなく。段々と腹が立ち始めたおじさんは無理矢理近くに停めてあった車に俺を引きづりこもうとして、この時ばかりは命の危機を感じた。
「おじさん、ガキ連れてどこに行く気?」
やめろ、と叫び続けたのが功を成したのか、後ろから一人、俺たちの間に割り込んできた。
だとしても初めはげっ、と思った。おじさんの肩を掴んだのが強い大人の男の人ではなく、女性だったからだ。しかも制服を着ているから学校終わりの女子高生だろう。背が高くすらっとしているが、流石に男性と対等に張り合えるはずがない。
しかしどんな魔法を使ったのか、苛立ちの対象が移り始めたおじさんの顔は、俺が瞬きをしている間に変形を遂げ、女子高生の強烈な股間蹴りによって地面に項垂れることになる。あまりの早さで勝敗が決まり、人は見た目じゃないんだなぁと呑気にもそんな考えが浮かんだ。
「怖かったでしょ。今度から友達と来なね」
俺の背の高さに合わせて屈んでくれた彼女の微笑みは、温かさに満ちていた。俺のことを安心させようとしているのがわかった。自分もかなり暴れたせいで男の爪が食いこんだり、引っ掻き傷ができたりしていて、それを見かねた彼女は鞄から絆創膏を取り出す。うさぎが描かれたかわいい絆創膏で、女の子らしいと思った。こんなに強いのに、かわいいものが好きだなんて。そのギャップに少し興味がそそられた。
ちょっとした手当をしてくれる間、彼女は名を、桜と名乗った。相手だけ開示させるのは申し訳ないと思い、自分の名前を教えると、頭を撫でられた。
「凛くんね、また困ってたら助けてあげる」
あぁ、本当に単純だった。
彼女の笑顔が眩しくて、俺にずっとその顔を向け続けてほしいと思い、その日のうちに惚れ込んで、本来なら同年代の女子に向ける感情を彼女へ爆発させた。
是非付き合ってくれないだろうか、告白なんてしたことのないガキだったが、精一杯の勇気を出した。
当然、断られた。
まぁ考えなしだったのは反省している。大体相手は十七、俺は十二。女子高生と男子小学生ではあまりにも年齢が離れすぎている。彼女は少し引き気味にそういうつもりで助けたわけじゃないから、ときっぱりと告げた。そりゃそうなる。わかっていたけど落ち込んだ。だけどそこで諦める男ではなかった。まだガキだったが、桜さんと釣り合うようになるために筋トレを始めたり、服に興味を持つようになり色々なファッション雑誌を読み漁り、その日から猛アタックを続けた。賢い人が好きだと言うから、不得意としていた勉強だって毎日時間を測りながらノルマを自分に課し、教科書とのにらめっこに夢中になった。年齢の差だけはどうしようもなかったが、桜さんの隣を堂々と歩けるようになれるよう自分を磨き、週に一度は告白をするという生活が一年以上続いた。
やがてこちらの熱意に根負けしたのか、その日は何の前触れもなくやってきた。
「そんなに言うなら、いいわよ。だけど私めんどくさいの嫌いだし、電話したりとか連絡送ったりとかしないから。普通の甘い恋人同士にはなれないと思う」
なんと一年以上俺の告白を拒否し続けていた桜さんからオーケーの返事をもらえるとは思わず、耳を疑った。付き合いたいとは思いつつも、こんだけ受け入れてもらえない日々が続けば、今日も無理だろうという前提での告白になってくる。もちろん喜ばないわけがない。桜さんの手をとり、ほんとにいいのかどうか何度も確認した。
幸せなのは、その瞬間だけだった。
晴れて念願の関係になることができ、それなり長続きした方であると思う。桜さんに言われた通り電話も連絡もゼロというわけではないが、片手で数え切れるほどだろう。デートには何回か行ったし、キスだってしたことある。俺が無理矢理した、たったの一回であるという事実は伏せておきたいところではあるが。
だが、時が経てば経つほど桜さんと俺との距離は離れていった。桜さんが大学に入ってからは、県外のキャンパスの近くで一人暮らしを始め、何やら大学の授業やレポートが忙しいとかで、こちらに帰ってくることも少なくなった。時間とともに環境は変わっていく。仕方がないことなのに、俺の不安は徐々に募っていった。
砂時計の残留 夕凪れの @yunagi_rei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。砂時計の残留の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます