月夜の幻想曲
内澤 瞳
はじまり
それは、寂しがり屋の月のおはなし。
空に浮かぶひとつきりのお月さま。いつもひとりぼっちのお月さま。
お星さまたちは遠く遠くに行ってしまい、いつもひとりで輝きます。
ある時、お月さまの耳に一人の女の子の声が聞こえました。
『お月さま、お月さま、聞こえますか?』
お月さまはとても驚いて、そしてとても嬉しくなりました。
『あなたはだあれ?』
お月さまは女の子に尋ねます。また女の子の声が聞こえました。
『わたしは――。ねえ、お月さま。お願いを聞いてくれますか?』
『お願いって?』
『もうすぐお母さまに赤ちゃんが生まれるの。無事に生まれてきてねって、お月さまにお願いしたら叶うかしら?』
嬉しいお月さまは答えました。
『そのお願い、わたしが叶えましょう。その代わり、わたしもお願いを言っていいかしら』
『なあに?』
『わたしのお話し相手になってくれる?』
『いいわ! なら今からわたしとお月さまはおともだちね』
おともだち。お月さまはとてもとても嬉しくて、きらきらきらきらと光りました。
お月さまと女の子はそれからずっとお話をしました。やがて女の子がお姉さんになり、大人になり、おばあさんの姿になっても、お月さまはずっとお話をしました。
やがていつか、女の子の声は聞こえなくなりました。お月さまが何度問いかけても、女の子の言葉が返ってくることはありませんでした。
お月さまは悲しくなりました。たったひとりのおともだち。そのおともだちがいなくなってしまった悲しみでずっと泣き続けました。
そして、いくつかの時間が過ぎました。
お月さまの耳が、女の子の声を拾いました。
かつてのおともだちとは違う、でもどこかおともだちと似ている声は言いました。
『お月さま、わたしの声は聞こえる?』
お月さまはおどろいてその声に返しました。
『聞こえるわ。あなたはだあれ?』
『――っていうの。お月さまのことはおばあさまから聞いていたわ。ねえ、わたしもあなたとおともだちになっていいかしら』
お月さまは嬉しくなりました。嬉しくて嬉しくて、お月さまは強く輝きました。
お月さまは考えました。どうしたらもう悲しいことが起こらないか、どうしたら自分はひとりぼっちじゃなくなるか。
お月さまは女の子に尋ねました。
『もうひとりぼっちにはなりたくないわ』
『じゃあずっといっしょにいましょう。わたしがいなくなっても、わたしの子どもがあなたのおともだちになるわ』
お月さまはその言葉を信じました。そして、その女の子が生んだ女の子とも、ずっとおともだちになりつづけました。
お月さまは、何でも知っています。女の子はお月さまのおはなしをよく聞きました。
いまでもお月さまと女の子はおともだちです。空に浮かぶひとつきりのお月さまは、おともだちをとてもとても大切にしています。
※
グージニア王国 伝承『月と姫』より。
夜空で丸い月が輝いていた。
その月を見上げ、重くなった腹を撫でる。もうすぐ生まれてくる予定の子は初めての子供だった。出産への不安がないと言えば嘘になる。だが、この国で最高峰の治療を受けられる立場にいる自分がそういった不安を口にするのは気が引けた。
早く我が子に会いたい。その希望だけを持っていよう。そう決めた心に一筋の陰りが差す。
妊娠を祝福してくれたものは多数いた。夫も義姉も、両親も義両親も、城勤めの誰もが彼女を祝福した。国民からの声も多く届いている。友人からの祝福も多かったが、その中に一人だけ含まれていない人がいた。
もう会えなくなってしまった友人。今は何処にいるのか、その行方はとうとう分からず仕舞いであった。大掛かりな捜索も意味を成さず、騎士団は優秀すぎるとも言える人材を失くし、自分も大きな悲しみを背負った。
もし彼女が今も居たなら、どのような言葉を贈ってくれただろうか。
何度も繰り返した問いかけに、返ってくる言葉はない。
溜息を一つ吐く。何故今夜に限って彼女のことを深く想ったのだろう。首を振って、窓から目を逸らす。その時、鋭い痛みが腹部から身体に走った。
「っ……!」
思わずその場に蹲る。部屋に控えていた侍女達が血相を変えて駆け寄ってきた。
「アルフィーナ様⁉ どうされましたか⁉」
まだ年若い侍女が狼狽えるのを横目に、年配の侍女は勘付いた様子で年若い侍女へ声を放った。
「レミナ、医務室の者を呼んできて! 殿下にも伝えてちょうだい、アルフィーナ様が産気付いたと」
その言葉に年若い侍女――レミナは表情を引き締めた。「はい!」と立ち上がり、部屋から駆け出して行く。
陣痛の痛みだと分かった頭が己を𠮟咤する。今から自分は『母親』になるんだと、その覚悟が中途半端でどうすると。
「クレア、ありがとう」
年配の侍女――クレアに声を掛け、重い身を立ち上がらせる。寝台へは自分の足で行く。そう決意して一歩踏み出した身体をクレアが支えた。
「もう少しだけ、待っていてね……」
腹を摩り、中にいる我が子へと呼び掛ける。此方へ向かってくる大勢の駆け足の音を聞きながら、寝台へと横たわった。
グージニア王国首都ギガーラに建つ王城では長い夜を迎えようとしていた。
王子セルグレットの妃、アルフィーナの出産を迎えた一方で、西の地方では一つの事件が始まりを告げていた。
それはグージニア王国最西の町、ルシールにて起こっていた。
※
月の輝きを受けて広がる花畑、それは夜にしか見られない光景であった。
花は『月光花』という通称で親しまれている。月の光を浴びて咲く花であり花弁は茶に、葉は小さな傷に効く薬になる。海岸とほど近い花畑に、一人の人影があった。
淡い紫色の髪は肩の辺りで切り揃えられ、髪と同色の瞳は熱心に月光花を選別していた。
年は二十一を迎えた頃になる。名をティアル・ダンカンと言った。
職業は騎士団内で勤務する医者である。年若い彼女はまだ身分こそ低かったが、確かな技能と治癒魔術の腕を持つ優秀な者であった。
月光花はこのルシールでよく咲く。今が見頃だという情報を受け、ティアルは友人に頼んでルシールまで足を運んでいた。今はその友人宅に泊り込ませて貰っている。生まれたばかりの赤子がいる家に泊り込むのは気が引けたが、赤子の母である友人はあっさりと「うちに泊まりなさいな」と言ってくれた。
その赤子はとても可愛らしい。一度抱かせてもらった時のにこにこと笑う笑顔に、ティアルは己の母性が刺激されるのを感じた。自分も早く子を産んでみたい。そう思いながら、ティアルは故郷にいる恋人を想った。
形のいい花を選んで摘んでいると、海から波の音がする。月の光と花と海の音に囲まれた空間の中で、ティアルは自然が作り出す光景に目を細めた。その視線は海の向こう、夜空と混ざり合う水平線を見やる。ふと、ティアルは何か異変を感じたように思えて目を凝らした。
「ん……?」
何かが浮かんでいる。目を凝らした先で、小さな舟のようなものが浮かんでいた。
「なんだろう、あれ……」
医者といえど彼女も騎士団所属の者である。異変を見つけた以上、すぐに騎士団へと報告しなくてはならない。幸い、海岸を見渡せる騎士団の屯所もすぐ近くにあった。其処へと駆け出そうとすると、屯所の方でも異変を察知したのか、騎士団の隊服を着た男性が二人ほど駆け寄ってくるのが見えた。ティアルはその場に留まることにした。
「君はずっと此処にいたね?」
騎士団の男性の言葉にティアルは頷く。もう一方の男性は小型望遠鏡を手に海を見ていたが、不審を隠さない声で呟いた。
「女性が一人で乗ってるのか……?」
その声にティアルと男性も同様に海へと視線を投げる。先ほどよりも近付いてよりはっきりと舟だと分かる影は、明らかに此方へと向かってきていた。
「君、下がっていなさい」
「あの、私騎士団所属の医師です。邪魔はしませんから、此処にいさせてください」
ティアルを一般人だと思っていたらしき男性はその言葉にティアルを凝視する。
「名と所属は」
「ティアル・ダンカン、ドーレン地区ハラン医院所属です」
「これは失礼した。私はルシール地区駐在のヨドナ・ガスタという」
「僕はカイレン・アークといいます!」
ヨドナに続き、望遠鏡をの覗いたままカイレンも名を名乗った。
「今、近辺にいる騎士団の者にも集まるように申し付けている。ダンカン君には医師として立ち会ってもらおう。いいね?」
「はい!」
「舟、目視でも確認出来ます! 乗っているのは女性らしき人物一名!」
「私が行く。カイレンはダンカン君と此処で待機しているように」
そう言うと、ヨドナは梅の方へと駆け出した。現状、舟は不法入国の状態である。女性がどんな目的でいるのか、場合によっては厳しい光景を見ることになるかもしれないと、静かな覚悟を決めたティアルの耳に、カイレンの怒声が響いた。
「ガスタ先輩! 海に何かがいます‼」
「えっ⁉」
ティアルも視線を海へと向ける。其処には夜空の色とは明らかに違う、黒い何かがいた。巨大で、異質。直感的にそう感じ、ティアルはその場を駆け出す。カイレンも同時にその場を駆け出していた。二人でヨドナの元へと駆け寄ると、其処には壊れかけた小さな舟と、ヨドナに右肩を支えられている女性の姿があった。
「手を貸してくれ!」
ヨドナの声に、カイレンが女性の身を支えに左肩の方へ入る。ティアルも続こうとしたが、それはヨドナによって止められた。その時、ティアルはヨドナが何かを抱えていることに気が付いた。
「ダンカン君はこちらを頼む!」
何を抱えているのかを問う前に差し出された包みと、先刻抱かせてもらった赤子の姿が重なる。咄嗟にティアルはその包みを受け取った。
所々が海水で濡れて冷たかったが、それでも生きている温もりはまだある。包まれていたのは、生後間もないと言えるであろう赤子だった。
「一先ず早急にこの場を離れる!」
ヨドナの声に一同は駆けた道を戻る。何かが迫ってくる気配がするも、背後を確かめる余裕がない。それよりもティアルは、腕の中に抱えた赤子の命が大切だった。守るように抱え、己の体温で温めるように抱きしめる。恐怖よりも使命感が勝っていた。
「ガスタ‼ アーク‼」
「なんだあれ⁉」
月光花の花畑近くには集まってきた騎士団員の姿があった。その内の一人に女性を託したヨドナの張り上げた声が周囲に響く。
「厳戒態勢に入れ! あれを上陸させるな‼」
周りに人が集まってきたことで、ようやくティアルは背後を振り返る。其処には、黒くて大きな影が迫っていた。
「鯨……?」
ティアルが思わず呟く。確かにそれは鯨のように見えた。だが、知っている鯨の姿ではない。ボロボロの身体に、漂う臭い。生きているとは言い難い。それでも鯨の淀んだ目は騎士団の面々を見下ろすようで、その身は確かに海岸へと近付きつつあった。
「武器が通じるのか、あれ……」
「……魔術の方が、有利かと」
肩で息をするカイレンの言葉に、ティアルは苦い声で返す。
騎士団の中にも魔術特化した者は多い。だが、何か通用するのか。巨大生物を相手にしたことなどないことはティアルでも知っている。有利かもしれないと言ったのも、確証はなかった。
どうしたらいいの……?
浮かんできた不安をティアルは飲み込んだ。カイレン達が抱えている女性も、自分が抱きかかえている子供のことも、今の自分達は何も知らない。それなのに、今の状況は考えることを許してくれない。
なら、出来ることをするしかない。
「カイレンさん、その人とこの赤ちゃん、私が治療します」
「……頼みます」
カイレンともう一人の騎士団員が、支えていた女性をゆっくりと地面に下す。浅い息を繰り返す女性に触れると、赤子よりも冷たかった。
もう、長くない。
そう感じても、ティアルは手を止めなかった。
『生の息吹よ、集まれ』
それは癒しの魔術を起こす詩(うた)だった。ティアルの手のひらに小さな光が集まり、女性の身を包んでいく。ティアルは同様に赤子にも手を翳す。すると、青白かった赤子の頬に赤みが差した。
「ぁ……」
小さな声が漏れる。小さな体が震え始め、ティアルの手に伝わる鼓動が大きくなった、その瞬間。
「うああああああああっ!」
赤子は大きな泣き声を上げた。それは死に傾きかけていた命が、生に大きく傾いた瞬間であった。
その声に、女性が反応したように小さく呻いた。
「あ…………」
声は掠れ、言葉になっていない。それでも女性は、赤子を、赤子を抱くティアルを見た。
「あなたは、この子のお母さん?」
ティアルは女性に尋ねた。その問いに、女性は弱弱しく首を振る。
「どこから来たのか、言えますか?」
その問いにも女性は首を振った。その瞳が一筋の涙を流したのを、ティアルは見逃さなかった。
「この子は大丈夫ですよ。あなたが守ってくれたんですね」
なんと声を掛けるのが正解だったのか、ティアルには図れなかった。だが、女性はその言葉に嬉しそうに小さく頷く。その瞳はゆっくりと閉じられていった。
ティアルは今一度、癒しの魔術を起動させた。だが、光が身体を包んでも、女性の瞼はもう開かなかった。
細い手首に手をやり、胸にそっと手を置く。どちらも鼓動を拾うことはなかった。
救えなかった――
遣り切れなさを覚えた心が肩を震わせる。その肩に、そっと乗せられる手があった。
「おつかれさま。遅くなってごめんなさい」
振り向いたティアルの目が、慣れ親しんだ姿を映す。長い金色の髪を揺らし、碧い瞳がティアルを見つめていた。
「ヴィンセンティア!」
「……あれから逃れてきたってこと?」
ヴィンセンティアと呼ばれた女性は海を向く。件の鯨は、海岸のすぐ手前で静止していた。
再び動き出すのか、どうなのか。騎士団員もどう動けばいいのか、困惑している様子が伝わってくる。どうしたらいいのか、ティアルにも分からない。
その停滞した空気を壊したのは、一人の男性の声だった。
「動きを止めているなら、今のうちじゃないのか」
ヴィンセンティアのすぐ隣にいた、黒髪の男性がティアルを、騎士団員を、そして指揮を執っていたヨドナを見る。
「知ってるか、ティアル。鯨の死骸を放置するとどうなるか」
「え?」
「爆発するんだよ」
吐き捨てるような言葉を残し、男性はヴィンセンティアを伴ってヨドナの元へ走っていった。
「遅くなりました、ガスタ先輩」
「アラン!」
黒髪の男性――アラン・ブロードは間近に迫った影を見上げる。腐臭が強く思わず顔を顰めた。だが気にしてはいられない。
「さっき聞こえたが、爆発するのか?」
「打ち上げられて放置しておくと、ですよ。本当に鯨なら」
「でもこの鯨、もう死んでいるように見えますよ」
そう言ったのはヴィンセンティア――ヴィンセンティア・ブロードであった。ヴィンセンティアの声に、ヨドナは頷いた。
「見解だが、元々死んでいたのかもしれない。俺達はまだ何も攻撃していなかった」
厳戒態勢にこそ入ったが、まだ何もしていない内に鯨は動きを停止させたという。
「調査の手を入れたいところだが、明け方まで何もないとも言い切れない……」
それは、成す術がないと言っていると同義だった。
「――よし、なら交代で一晩この鯨を監視する。もし少しでも異変を察知した場合は速やかに魔術で沈める。この線で行こう」
ヨドナの声に、アランとヴィンセンティアを含めた周囲の騎士団員が頷く。その場の騎士団員に集合が掛かるが、その中でティアルだけは含まれなかった。
「ヴィンセンティア、先ほどダンカン君と話していたな。女性と赤子がいた筈だが」
「ティアルが治癒魔術を使ったようでしたが、女性の方は亡くなられました。ティアルが抱いていた子なら、声を上げて泣いていましたよ」
赤子の無事だけでも安堵したのだろう、ヨドナが長い息を吐く。
「ヴィンセンティア、お前はダンカン君を医院へ連れて行ってから戻ってこい。女性も医院に運ばせたいから話を付けてきてくれ。……そういえばアーヴィンはどうした?」
「スプリングさんに預けてます」
「……そうか」
アランとヴィンセンティアの間に生まれた息子はどうしているのかという問いに、アランは自分達の隣人の名を挙げる。ヨドナは小さく頷いて、ヴィンセンティアを促した。
※
「――大変だったね」
ルシールに建つ医院の一つ、アルタ医院。駐在していた医師は見知らぬ赤子を抱いたティアルを快く受け入れた。
赤子はすやすやと眠っていた。母乳代わりの粉末で作られた乳も問題なく飲んでくれたことでティアルも安心したが、そうすると途端に身体の力が抜けてしまい、今は診察室の長椅子に座らせてもらっていた。
そんなティアルに温かい茶が入ったカップを差し出したのは医師のランカ・シュータールであった。ティアルより十歳ほど年上の彼女は、医師用の椅子に座り込み長い息を吐く。
ティアルの付き添いで共にやってきたヴィンセンティアの説明も理解はしたが、嚙み砕けているとは言えない。額に手をやり、ランカはもう一度溜息を吐いた。
「シュータールさん、あの」
「なに?」
「赤ちゃん、これからどうなるんでしょうか……」
不安が詰まったティアルの声に、ランカは難しい顔をする。
「縁者が誰もいないってことになるから、孤児院行きか誰かに引き取られるか……だと思うよ」
体調が安定するまでは此処で預かると続け、ランカはティアルを見た。
「疲れているようだから君もお休み。寝台を一つ使っていいから」
「……あの方が運ばれてくるまでは此処にいます」
亡くなった女性の遺体が運ばれてくるまでは待つと、声は疲れていたが表情は心を決めていた。そんなティアルに一つ頷いたランカの耳に、扉を激しく叩く音が聞こえた。
『ティアル! ランカさん! 大変!』
その声はヴィンセンティアのものだった。どうしたのかと、ティアルとランカは連れ立って入口まで速足で行く。鍵を開けたところで勢いよく扉が開かれた。
「どうしたのヴィンセンティア。言っておくけど赤ちゃんが寝てるんだよ⁉」
「その赤ちゃんが大変なんです‼」
ぜえぜえと乱れた息をそのままに、ヴィンセンティアは持っていた紙をランカの前に突き出した。
「これは……?」
「あの女性が持っていたの! ティアルも読んで!」
聞けば、女性が懐に忍ばせていたという。手紙らしき紙を受け取ったランカが文字を読み進めていく。その瞳は徐々に開かれていった。困惑に染まった声が漏れる。
「……なんですって?」
「シュータールさん?」
どうしたのかと問いかけるティアルに、ランカは読み終えた手紙を渡す。その手紙を読み始めたティアルは、ヴィンセンティアとランカの驚愕と困惑の意味を理解した。
「……エルリア……?」
それは、今から二年前の話。
一人の騎士団員が、任務の途中で行方不明になる事件が発生した。
それは類稀なる剣術の才を持った女性だった。剣試合では負けを知らず、剣を持てばどんな刃だろうと操る姿に、いつしか人は彼女をこう呼ぶようになった。
『剣の女王、エルリア・スプリング』と。
若くして騎士団の特別部隊に配属され、王族の耳にも聞こえし剣の腕は外国にも届いた。
だがその若き天才の存在は、突如海に消えてしまった。
大掛かりな捜索も意味を成さず、騎士団は天才を失った。ティアルもヴィンセンティアも、彼女の友でありその悲しみは今でも思い出せる。
そんな彼女の名が、手紙には記されていた。
『ホープへ
いつか必ず、あなたに会えることを信じています。
エルリア・スプリング』
つまり、あの赤子は。
「あの子は……エルリアの子供……?」
何がどうなっているのか。
その問いに、答えられる者は何処にもなく。
ルシールの長い夜は、ただ深みを増すばかりであった。その夜空で輝く月だけが、すべてを見通すようにただ瞬いていた。
月夜の幻想曲 内澤 瞳 @uchizawahitomi
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