バトル・イン・クリスマス
外清内ダク
バトル・イン・クリスマス
小人の特殊部隊前線基地――
営舎で思い思いに休息していた
「
「休め。ニコラスはどいつだ」
「自分であります」
「いい
「靴屋の手伝いでありますか?」
「クリスマスプレゼントを届ける仕事だ。郊外のさる一軒家に潜入してもらう」
少佐は部屋の奥に進み、小隊員すべてに見せつけるように地図を広げる。斜め後ろから覗き込むニコラスの表情に不満の色こそないものの、戸惑いと怪訝は隠すことができていない。
「しかしそれはサンタクロースの仕事です」
「世界に子供が何人いると思う、ニック。世界180万人のサンタクロースと1440万頭のトナカイが24時間フル稼働しても、1時間あたり48.6人の子供にプレゼントを配らねば間に合わない計算なのだ。すぐ出発しろ」
「
*
小隊長ニック。
「ちぇっ。クリスマスまで仕事かあ」
ヴィクセンが愚痴りながら門扉の格子の隙間から庭へもぐりこみ、左右へ油断なくライフルを向けてクリアリングを行う。彼の合図で続けて侵入したニックとダンサーは、ヴィクセン以上に微妙な顔つきだ。
「しかたない。今夜は誰だって嫁さんや家族と過ごすんだ。手が空いてるのは俺たちだけさ」
「僕の彼女も実家に泊るって」
「早く結婚しちゃえよ、ダンサー」
「向こうの親が嫌がるんだよ」
「悪かった。これ終わったら飲みに行くか」
「おい、玄関も窓も戸締り万全だぞ。賢い子供だな」
「換気扇の隙間から入ろう。庭木の枝が排気口のすぐそばまで伸びてる」
こうして3人は難なく家の内部へ潜入したが、台所へ転がり込んだとたん、ダンサーが顔をしかめた。
「うわっ、全身油汚れでベタベタだあ! 何年掃除してないんだ」
「換気扇掃除まで気が回らない親なんだろ」
「騒ぎ過ぎだ、気づかれるぞ。ヴィクセン、周辺警戒しろ」
「Rog」
慎重に周囲の様子をうかがいながら、一行は奥へと進んでいく。家の中は
「クリスマスにひとりぼっちか」
ニックが呟くと、先行警戒していたヴィクセンが振り返りもせずに舌打ちした。
「甘ったれてるんじゃねえのか? 俺なんかクリスマスには親から罵倒しかもらったことないぜ。『お前なんか生まれこなきゃよかった』とさ」
「だからってこの子まで同じ目に遭わすことはないよ」
「お前はすごく優しい男だな、ダンサー。立派な家、温かいベッド、最新ゲーム機。何が不満なんだ」
「やめろ、2人とも。それに物質的に恵まれてることが必ずしも幸福とは限らないよ、ヴィクセン」
「サンタの代わりなんて僕らにできそうかな?」
「できるできないの問題じゃない、やるんだよ」
子供部屋は2階だ。身長7.9インチの小人たちにとっては屋内の階段1段ですらちょっとした絶壁だが、鍛え抜かれたレンジャーならば登れないものではない。3人は互いに手を貸しあいながら素早く登り切り、2階廊下に入ったところでいったん足を止めた。
「2階には常夜灯がないな」
「
と、そのとき。
「アウッ!」
ダンサーが突然苦悶の声を上げた。ニックとヴィクセンが振り返れば、ダンサーは廊下の途中に直立し、顔面から脂汗を滝のように流している。
「ちくしょう……踏んじまった。
彼の足の裏には、オレンジの1×1プレートが深く食い込んでいた。ニックはヴィクセンに警戒を指示しつつ、自身は救護のために駆けつける。ダンサーを補助してその場に座らせ、まずは足裏に突き立ったレゴを除去。傷は深い。骨まで達しているかもしれない。バックパックの医薬品で応急処置はしたが、安心できる状態ではない。
「立てそうか?」
「走れないよ」
「よし、肩を貸そう」
だが最悪の時にこそ最悪が重なる。
「シッ!」
前に出て警戒していたヴィクセンが、片手を振り上げ鋭く声を発した。
「……どうした」
「おいおいニック、鼻が詰まってるのかよ。アンモニア臭だ。ヤバいぞ。この家ペットを飼ってる」
身を低くし、引き金に指を乗せ、張りつめた夜気の中で全神経を研ぎ澄ます3人。廊下の奥……小窓からそっと滑り込んだ月光に、突如ギラつく目が4つ。
「いるぞ! 猫だッ!」
「複数いた!」
猫が来る! 恐るべき俊敏さで小人らに駆け寄り、牙と爪を剥き出しにして飛びかかってくる! ヴィクセンがライフルを撃ちまくる。SHUCOCOCOCOCO! ZIP! ZIPZIPZIP!! 猫どもは銃声を警戒して一度は身を引くが、当然この程度で追い払えはしない。暗闇に光る眼は今なおすさまじい鋭さで小人たちを捉えている。ニックが叫ぶ。
「RUN! GO GO GO!!」
ニックがダンサーに肩を貸したまま廊下の奥へと走り出す。その
が。
3人の前方に、光る両目がさらに1対あらわれた。
「わあっ! 3匹目がいたッ!」
3匹目の猫がダンサーを狙って踊りかかる。もっとも弱っていそうな獲物を優先的に狙う野生の
「死にたくねえ!」
BAMM! と咄嗟に拳銃の弾を浴びせた。
「ニャー!」
猫が叫びながら飛び上がり、廊下でのたうちまわる。同時にヴィクセンも背後の2匹をライフルで仕留めていらしく、猫たちは3匹そろって廊下でグネグネやりはじめた。
「すごい効き目だな。これ、何の弾だ?」
「マタタビの実だ。即効性がある」
「チクショウあの猫殺してやる」
「よせよダンサー、子供が悲しむだろ」
「見ろよ俺の髪、こんなにむしられちゃったよ。残り少ないのに。ハゲは嫌だ!」
「男らしいよ、大丈夫」
*
3人は、死にそうな思いでようやく子供部屋にたどり着いた。勉強机、ベッド、あふれかえらんばかりのおもちゃ箱、そして机の上で虚しく電飾を光らせるだけの樹脂製クリスマス・ツリー。子供は布団を抱きしめるようにして眠っており、外での猫騒ぎにも、部屋に小人が入ってきたことにも、まったく気づいていない。
ニックはヴィクセンに目を向ける。
「夜明け近い。プレゼントを置いてさっさと帰ろう」
「中身はなんだ? ニンテンドーか?」
「なんだいこれ。ヒトデみたいだ」
「バカだな、星だよ」
ニックは苦笑しながら勉強机の棚を足掛かりによじ登り、クリスマス・ツリーの隅の方へ星のストラップをくくりつけた。
「これは願い星だ。こいつをツリーの飾りに紛れ込ませとく。ツリーが無けりゃ、テーブルに置いとくだけでもまあいい。すると子供の夢見た願いが叶うんだ」
「夢ねえ」
「玩具なんかもらったって、なんでも持ってるだろ、この子は」
「ちぇっ、贅沢だな」
「何を夢見るんだ?」
「知らないよ。帰って飲もうよ」
「腹減った。ラーメン屋やってるかな」
「24時間営業が1軒くらいあるさ」
*
翌朝。
両親が帰宅した。
仕事が不思議な偶然で全部キャンセルになってしまい、仕方なく戻ってきたのだ。
その日はなぜか新しい仕事が入ることもなく、家族みんな一緒にすごすことができた。
だからなんだというわけでもないけれど――メリークリスマス。
THE END.
バトル・イン・クリスマス 外清内ダク @darkcrowshin
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