バトル・イン・クリスマス

外清内ダク

バトル・イン・クリスマス



 小人の特殊部隊前線基地――

 営舎で思い思いに休息していたトナカイの糞一号トナカイ・シット・ワン隊をジョハン少佐が訪れたのは、20XX年12月24日ヒトキュウサンゴのことだった。小隊長ニコラスは少佐の襟章を目にしたコンマ4秒後には訓練されきった習い性によって敬礼の体勢を取っていた。

きをつけテーンハッ!」

「休め。ニコラスはどいつだ」

「自分であります」

「いい面魂つらだましいをしているな。お前のチームに働いてもらう必要ができた」

「靴屋の手伝いでありますか?」

「クリスマスプレゼントを届ける仕事だ。郊外のさる一軒家に潜入してもらう」

 少佐は部屋の奥に進み、小隊員すべてに見せつけるように地図を広げる。斜め後ろから覗き込むニコラスの表情に不満の色こそないものの、戸惑いと怪訝は隠すことができていない。

「しかしそれはサンタクロースの仕事です」

「世界に子供が何人いると思う、ニック。世界180万人のサンタクロースと1440万頭のトナカイが24時間フル稼働しても、1時間あたり48.6人の子供にプレゼントを配らねば間に合わない計算なのだ。すぐ出発しろ」

了解Rog



   *



 小隊長ニック。偵察兵スカウトヴィクセン。通信兵ダンサー。3人はその夜、密かに目的の一軒家を訪れた。車通りも少ない高級住宅街の一角にあるその家は二階建てにシャッター付きガレージと犬が十分に運動できる程度の庭を備えており、家主の経済力を如実に物語っている。ニックたち小人にとっては巨大宮殿とさえ見える門構えである。

「ちぇっ。クリスマスまで仕事かあ」

 ヴィクセンが愚痴りながら門扉の格子の隙間から庭へもぐりこみ、左右へ油断なくライフルを向けてクリアリングを行う。彼の合図で続けて侵入したニックとダンサーは、ヴィクセン以上に微妙な顔つきだ。

「しかたない。今夜は誰だって嫁さんや家族と過ごすんだ。手が空いてるのは俺たちだけさ」

「僕の彼女も実家に泊るって」

「早く結婚しちゃえよ、ダンサー」

「向こうの親が嫌がるんだよ」

「悪かった。これ終わったら飲みに行くか」

「おい、玄関も窓も戸締り万全だぞ。賢い子供だな」

「換気扇の隙間から入ろう。庭木の枝が排気口のすぐそばまで伸びてる」

 こうして3人は難なく家の内部へ潜入したが、台所へ転がり込んだとたん、ダンサーが顔をしかめた。

「うわっ、全身油汚れでベタベタだあ! 何年掃除してないんだ」

「換気扇掃除まで気が回らない親なんだろ」

「騒ぎ過ぎだ、気づかれるぞ。ヴィクセン、周辺警戒しろ」

「Rog」

 慎重に周囲の様子をうかがいながら、一行は奥へと進んでいく。家の中は土埃カーキ色の常夜灯以外に照らすものもなく、しんと静まり返っている。少佐から受けたブリーフィングの情報によれば、この家の両親はクリスマス・イブの夜さえ泊まり仕事で会社に閉じこもり、息子ひとりを留守番させているのだという。だから戸締りも照明を消すのもビデオゲームをきちんとスリープさせているのも子供が自分でやったことには間違いない。

「クリスマスにひとりぼっちか」

 ニックが呟くと、先行警戒していたヴィクセンが振り返りもせずに舌打ちした。

「甘ったれてるんじゃねえのか? 俺なんかクリスマスには親から罵倒しかもらったことないぜ。『お前なんか生まれこなきゃよかった』とさ」

「だからってこの子まで同じ目に遭わすことはないよ」

「お前はすごく優しい男だな、ダンサー。立派な家、温かいベッド、最新ゲーム機。何が不満なんだ」

「やめろ、2人とも。それに物質的に恵まれてることが必ずしも幸福とは限らないよ、ヴィクセン」

「サンタの代わりなんて僕らにできそうかな?」

「できるできないの問題じゃない、やるんだよ」

 子供部屋は2階だ。身長7.9インチの小人たちにとっては屋内の階段1段ですらちょっとした絶壁だが、鍛え抜かれたレンジャーならば登れないものではない。3人は互いに手を貸しあいながら素早く登り切り、2階廊下に入ったところでいったん足を止めた。

「2階には常夜灯がないな」

暗視装置ナイトスコープを使おう。閃光手榴弾フラッシュ・バンに気を付けろ」

 と、そのとき。

「アウッ!」

 ダンサーが突然苦悶の声を上げた。ニックとヴィクセンが振り返れば、ダンサーは廊下の途中に直立し、顔面から脂汗を滝のように流している。

「ちくしょう……踏んじまった。地雷レゴ・ブロックだ」

 彼の足の裏には、オレンジの1×1プレートが深く食い込んでいた。ニックはヴィクセンに警戒を指示しつつ、自身は救護のために駆けつける。ダンサーを補助してその場に座らせ、まずは足裏に突き立ったレゴを除去。傷は深い。骨まで達しているかもしれない。バックパックの医薬品で応急処置はしたが、安心できる状態ではない。

「立てそうか?」

「走れないよ」

「よし、肩を貸そう」

 だが最悪の時にこそ最悪が重なる。

「シッ!」

 前に出て警戒していたヴィクセンが、片手を振り上げ鋭く声を発した。

「……どうした」

「おいおいニック、鼻が詰まってるのかよ。アンモニア臭だ。ヤバいぞ。この家ペットを飼ってる」

 身を低くし、引き金に指を乗せ、張りつめた夜気の中で全神経を研ぎ澄ます3人。廊下の奥……小窓からそっと滑り込んだ月光に、突如ギラつく目が4つ。

「いるぞ! 猫だッ!」

「複数いた!」

 猫が来る! 恐るべき俊敏さで小人らに駆け寄り、牙と爪を剥き出しにして飛びかかってくる! ヴィクセンがライフルを撃ちまくる。SHUCOCOCOCOCO! ZIP! ZIPZIPZIP!! 猫どもは銃声を警戒して一度は身を引くが、当然この程度で追い払えはしない。暗闇に光る眼は今なおすさまじい鋭さで小人たちを捉えている。ニックが叫ぶ。

「RUN! GO GO GO!!」

 ニックがダンサーに肩を貸したまま廊下の奥へと走り出す。その殿しんがりにヴィクセンがつき、背後の猫たちに牽制射撃しながら後を追う。「HER HER HER」3人ともに恐怖と緊張で汗だくだ。猫! 猫は恐ろしい。猫は正真正銘のハンターだ。残虐かつ冷酷。獲物を弄んで殺すためだけに神がお作りになった最高の殺戮マシーンなのだ。逃げられなければ殺される!

 が。

 3人の前方に、光る両目がさらに1対あらわれた。

「わあっ! 3匹目がいたッ!」

 3匹目の猫がダンサーを狙って踊りかかる。もっとも弱っていそうな獲物を優先的に狙う野生のさがだ。大鉈のような爪がダンサーの頭を掻きむしり、髪の毛をごっそりとむしり取っていく。その衝撃でダンサーもろとも捻じ伏せられたニックは、目の前に迫った猫の鼻先に、

「死にたくねえ!」

 BAMM! と咄嗟に拳銃の弾を浴びせた。

「ニャー!」

 猫が叫びながら飛び上がり、廊下でのたうちまわる。同時にヴィクセンも背後の2匹をライフルで仕留めていらしく、猫たちは3匹そろって廊下でグネグネやりはじめた。

「すごい効き目だな。これ、何の弾だ?」

「マタタビの実だ。即効性がある」

「チクショウあの猫殺してやる」

「よせよダンサー、子供が悲しむだろ」

「見ろよ俺の髪、こんなにむしられちゃったよ。残り少ないのに。ハゲは嫌だ!」

「男らしいよ、大丈夫」



   *



 3人は、死にそうな思いでようやく子供部屋にたどり着いた。勉強机、ベッド、あふれかえらんばかりのおもちゃ箱、そして机の上で虚しく電飾を光らせるだけの樹脂製クリスマス・ツリー。子供は布団を抱きしめるようにして眠っており、外での猫騒ぎにも、部屋に小人が入ってきたことにも、まったく気づいていない。

 ニックはヴィクセンに目を向ける。

「夜明け近い。プレゼントを置いてさっさと帰ろう」

「中身はなんだ? ニンテンドーか?」

「なんだいこれ。ヒトデみたいだ」

「バカだな、星だよ」

 ニックは苦笑しながら勉強机の棚を足掛かりによじ登り、クリスマス・ツリーの隅の方へ星のストラップをくくりつけた。

「これは願い星だ。こいつをツリーの飾りに紛れ込ませとく。ツリーが無けりゃ、テーブルに置いとくだけでもまあいい。すると子供の夢見た願いが叶うんだ」

「夢ねえ」

「玩具なんかもらったって、なんでも持ってるだろ、この子は」

「ちぇっ、贅沢だな」

「何を夢見るんだ?」

「知らないよ。帰って飲もうよ」

「腹減った。ラーメン屋やってるかな」

「24時間営業が1軒くらいあるさ」



   *



 翌朝。

 両親が帰宅した。

 仕事が不思議な偶然で全部キャンセルになってしまい、仕方なく戻ってきたのだ。

 その日はなぜか新しい仕事が入ることもなく、家族みんな一緒にすごすことができた。

 だからなんだというわけでもないけれど――メリークリスマス。



THE END.

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バトル・イン・クリスマス 外清内ダク @darkcrowshin

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