迷宮葬儀屋のバディ
ちびまるフォイ
死体が回収
迷宮は深くなるにつれモンスターは凶悪になっていった。
「新人、いたぞ。対象者だ」
「はあ……はあ……先輩……待って……」
迷宮の下層で力尽きていたのは対象の冒険者。
死肉をあさろうとするモンスターを散らせる。
「そっち持って俺の背中にのせろ」
「はい」
死体をかぎりなく損壊しないように背に乗せると、
ふたたびコレまでにやってきた道のりを引き返す。
帰り道も油断はできない。
死体から発せられる肉の香りにモンスターが寄ってくるからだ。
「先輩、もっと急げないんですか!?」
「死体の保護が第一だ」
損壊の激しいしたいだと走った衝撃で部位欠損が起きる。
一歩一歩、一定速度で振動を与えないようにダンジョンを引き返した。
やがて出口に到着すると、依頼を出していた家族へと遺体は届けられる。
「あ……あああ……!!!」
変わり果てた姿を見て遺族は泣き崩れる。
「いいクエストがあるって……。
それで家を出ていったきり……なんでこんな……」
掛ける言葉もない。
マニュアルでも迷宮葬儀屋は遺族に言葉をかけてはならないとある。
なぜならーー。
「あんた達がやったんじゃないでしょうね!?
本当は! あんた達が殺したんでしょう!?」
なぜなら、気が動転した遺族になじられるから。
怒鳴られたり、感謝されたりと反応はさまざま。
ただ迷宮葬儀屋に依頼が来る時点でほぼほぼ死んでるケースが多い。
仕事を終えた二人は事務所に戻っていった。
「先輩……。この仕事、よく続けられますね」
「ああ」
「なんかもう嫌になっちゃいます。こっちの苦労も知らないで。
危険なダンジョンに二人で潜って。
死んでる人を担いでまた入口に戻って……。
その間もモンスターを蹴散らし続けるんですよ?」
「そうだな」
「文句いうのはけっこうですけど、じゃあできるのかよって話です。
背中守りながら戦うことの大変さをわかっちゃいない」
今の時代、冒険者は花形の仕事となっていた。
未開の迷宮に足を踏み入れて一攫千金を夢見る。
そんな幻想に当てられた夢見がちな愚か者が迷宮に突撃し、
その向こう見ずな命を散らすケースが後を耐えない。
しっかり準備して迷宮に挑戦する冒険者に対し、
依頼を受けて飛び込みでダンジョンに戻って引き返すほうが
じつはよっぽど戦闘スキルが求められて危険な作業であった。
迷宮葬儀屋のふたりは生半可な冒険者よりも遥かに戦闘スキルが高い。
「先輩。それにーー」
「愚痴はそれまでだ。これを渡しておく」
「なんですかこの薬?」
「一人前の葬儀屋が全員持っている緊急用の薬だ。
使うシーンはふたつ。1つはどうしても困ったとき。
もう1つは、迷宮で実力者の死体を見つけたときだ」
「実力者というのは、戦闘スキルが高い人ですか?」
「そうだ」
「この薬、何になるんです?」
「その時がくればわかる」
「言ってくれればいいのに……」
「次の依頼だ。いくぞ」
二人は簡単な準備をして、ふたたび迷宮へと向かった。
今度はドラゴン退治に向かったまま帰ってこない冒険者の回収。
二人が最下層までたどり着くと、対象の死体を発見した。
しかしそれはドラゴンの足元。
「先輩あれ……アースドラゴンじゃないですか……!」
「いいか、勘違いするな。俺達は冒険者じゃない。
迷宮を攻略する必要も、ドラゴンを倒す必要もない。
ただ死体を安全に回収できればそれでいい」
「……わ、わかってます」
そろりと忍び足で向かうが、ドラゴンは死体を捕食しようと口をあける。
もう一刻の猶予もない。
「くそ! 間に合わない!!」
先輩は走り出しドラゴンに剣を当てた。
逆鱗に触れたように激昂するドラゴンの足元から死体を回収する。
「先輩! 回収しました! 早く戻りましょう!」
「先にいけ!!」
「は、はい!!」
猛烈な炎のブレスから逃れるように竜の巣をあとにした。
しばらくすると、先輩も合流した。
「先輩! ヒヤヒヤしましたよ!」
「あ、ああ……」
「先輩? そ、その傷!?」
「わかってる。もう助からないだろう」
先輩の体にはドラゴンとの戦闘による大怪我が残っていた。
回復魔法だとかポーションだとか、そんなものでどうこうできないほど。
「はあ、はあ。新人。どうして葬儀屋がペアなのかわかるな」
「このままじゃ死んじゃいます!
一度、迷宮に戻ったらまた先輩を助けに戻ります!」
「それは誰の依頼だ?」
「私の個人的な意思です!」
「そしてお前が死んだらどうする?」
「先輩が死んでも悲しむ人が迷宮の外にいます!!」
「いいや、それはもう無い。みんなもう知ってるから」
「なにを言ってるんですか。ああ、そうだ!
あの薬を使いましょう! どうしようもないときに使えば……」
「無駄だ。俺には効果が無い」
「やってみなくちゃわからないでしょう!?」
「一度使った人間には効果がないんだよ……」
「先輩? 先輩!! ちょっとしっかりしてください!!」
血を流しすぎた。
あまたの死体を見てきたのでわかる。
先輩は今まさに死んでしまったことを。
依頼者の死体を担いだ状態で、先輩の死体回収は無理。
帰り道の魔物に背中を襲われても反撃できない。
憎らしいのは勝手にダンジョンで息絶えた奴ら。
「くそぅ……こいつらが無謀にダンジョンへ挑まなければ……」
どうすべきかわからない。
どうしようもなくなってしまい、先輩から託された薬を取り出す。
「いったいコレは何なんだ……あっ!」
取り出した拍子に手からこぼれおちる。
薬は回収した死体へと吸い込まれてしまった。
そのとき。
「う……ん……? ここはどこだ……?」
「えっ!?」
「私はたしかアースドラゴンと戦って……」
さっきまで血色悪い死体が蘇った。
新人は事情を話すとすんなり受け入れてくれた。
「ああ、やっぱり。私は死んでしまったのか」
「それより……ココを出るのを手伝ってほしい。
ひとりで死体をかついで入口に戻ることはできない。
先輩の死体を担いでいる間、その背中を守って」
「わかった。そのために蘇らせたんだろう?」
「そういうわけじゃ……ないけど」
最初から死体を蘇らせる薬があるのなら、
先輩はどうして最初から使わなかったのか不思議だった。
生還した二人で迷宮の外に出て、先輩の死体をそっと埋葬した。
迷宮内で蘇生した冒険者には声をかけた。
「これからどうするんです? 家に戻る?」
「いや……もうこんな体になったから戻れない。
あんた葬儀屋なら、俺が死んだってことにしてくれよ」
「そんな……」
「これまでの日常で死んだことを隠しながら生活するほうがずっとしんどいからな」
「……」
「なあ、よかったら私もあんたの葬儀屋に入れてくれよ。
アースドラゴンには負けたが腕っぷしには自信あるから」
「……事務所で登録しておきます」
元新人は葬儀屋事務所に戻っていった。
先輩の登録を抹消し、新しい新人を追加登録。
いつもふたりで準備していた部屋から先輩の私物を片付けた。
その中には1枚の遺書が残されていた。
いつか死んでしまうときに備えたものだろう。
「先輩……」
手紙をそっと開くと、先輩らしく事務的な引き継ぎがつらつら書かれていた。
そして最後にはこうつづられていた。
『もしも、迷宮で本当に強い冒険者の死体を見かけたとき
蘇りの薬を使って自分の相棒にすることを忘れるな。
そうすれば、どこまでも頼りになる相棒になってくれる。
俺がお前を迷宮で蘇生したことに、今も後悔はない』
それを見て、元新人は迷宮葬儀屋になる前の記憶をやっと思い出した。
志半ばで命を失ったときのことを。
迷宮葬儀屋のバディ ちびまるフォイ @firestorage
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