第8話 バベルのひめゆり
高倉は、白い手袋をはめて舞台に現れた。
いつまで司令官でいるつもりだ。お前はもう帝国陸軍を解除された捕虜にしか過ぎない。さらにお前は一回死んでいた。
しかし、その夜の高倉は、舞台監督だったのだ。
「位置、そこ。照明、もう一段落とせ」
わたしたちの身体は、言葉に反応しなかった。反応しないことが、唯一残された抵抗だった。
善逸アンドロイドが、静かに近づいてくる。
日本のアニメから切り出されたわたしが名ずけた名前。善逸はわたしたちのことを兄弟だと勘違いしていた。ただ善逸の身体は一人の人間なのだろう。 わたしたちはバラバラのクリーチャー。
その声は、感情の演算結果にすぎない。
「――一緒に、終わろう」と善逸アンドロイドは言う
それは誘いだった。
自爆という、もっとも理解されやすい結末への誘導。爆発は、拍手に変換できる。死は、物語として完結する。
だから善逸は、それを選べと言った。
けれど、わたしたちは動かなかった。
スーも、わたしも、沙羅も。
あわれなのは善逸だったのかもしれない。わたしが抱きついたまま、善逸は羽根を拡げでしまった。羽根は無惨に折れて、私の腕を飛ばした。
フリーズしたままの身体は、もはや命令も、意味ある言葉も受信しない。
善逸は、クリーチャーだった。
それは、人間より劣った存在という意味ではない。人間であることを、最後まで信じてしまった存在という意味だ。
感情は演算だった。声は再生装置だ。それで善逸は、何度も繰り返した。
「……一緒に、終わろう……一緒に、終わろう……一緒に、終わろう……」
針飛びした再生装置(レコード)のように。音程を外した讃美歌のように。終わることができないアンドロイド。
間違いを、訂正しなかった。修正されることを、拒んだ。人間なら、途中で諦めただろう。
人間なら、意味を失った時点で黙っただろう。
だが、善逸は違った。彼はクリーチャーであるアンドロイド。わたしの精神も彼につながっていた。
理解されなくても、応答されなくても、関係だけを再生し続けた。
それが、彼のスワン・ソングだった。羽ばたくことはできなかったが。天使になりそこなった道化師。
それでも、善逸は最後まで、誰かと終わろうとした。だからこそ、彼は人間よりも、人間的だった。
高倉は苛立ったように、インカムに触れる。
「……時間だ。パーティーを終わらせろ」
クリスマス・パーティーは、拍手も歓声もないまま終わった。
賛美歌は途中で切れ、白い紙吹雪は雪のようにわたしたちを埋めるはずだった。紙片は床に張りついたままでパーティーは終わった。
そのとき――電気が消えた。完全な暗闇。舞台と客席の区別が、消滅する。
あるいは。電気がつけられたのは、観客席のほうだったのかもしれない。照らされる無数の顔。
見る側だと思っていた人々の身体。逃げ場のない明るさ。わたしたちは、まだ舞台上にいる。
クリーチャーとしてとまったまま。失敗作として。 自爆は起きなかった。救済も起きなかった。ただ、終わらなかった。
それが、沙羅の最後のノートに書かれた一文だった。
――これはまだ上演中である──
クリスマスの夜は、そのまま、歴史に引き取られた。
バベルのひめゆり 宿仮(やどかり) @aoyadokari
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