勇者とは、何ぞや

赤川ココ

第1話

 新しい聖女が決定した。

 近年、王都の学園に入学する、平民の少女だ。

 穢れを防ぐため、女の騎士を護衛につける決定が通達された翌日、王子の一人が国王陛下に謁見を求めた。

 執務に追われていた国王は、謁見の間で王妃と共にその面会を受け、王子の真剣そのものの顔を見下ろす。

 形式にのっとった礼の後、王子は真顔で切り出した。

「聖女を、護衛する者が決定したと聞きましたが、それは誠ですか?」

「ああ。厳選した女性騎士を数名、任命した」

「それでは、役不足でございます」

「ほう?」

 目を見開いた国王の顔に乗せられ、王子は続ける。

「女性が護衛するにはいささか、体力に不安がございます」

「……ほう」

「幸い、私は陛下の血を色よく継いでおり、そんじょそこらの者に、引け劣らぬ自信がございます。どうか私が、学園内での護衛として、聖女の傍に侍ることをお許しください」

「……」

 国王は、真剣に言いつのる息子から、天井に目を移した。

 黙ってしまった男の代わりに、隣に座る王妃が静かに言う。

「あなたには、婚約者がいるでしょう? 聖女に侍ることで、彼女が不安に陥る心配は、しないのかしら?」

「心配は、無用です」

 やんわりとした指摘に、王子はつい、むっとした。

 自分は、側妃の子だ。

 王妃の子供たちは自分より優秀だが、年齢的に聖女に侍ることができない。

 かといって、名誉な役を側妃の子に奪われるのは、嫌なのだろう。

 子供みたいだなと、内心あざ笑いながらも、王子は真面目に言い切った。

「私は、代々勇者の血を引く陛下の子の一人でございますが、決して婚約者をないがしろには致しません。聖女がどれだけ魅力的でも、決して間違いを犯さないと、ここで誓います」

 盛大な溜息が、聞こえた。

 顔を上げると、王座に座る父親が、落胆の色を滲ませた顔を伏せたところだった。

「?」

「陛下」

 そっと王妃が呼ぶが、立ち直る気配がなく、何やらぶつぶつと呟いている。

 王子の耳にまでは聞こえないが、国王にあるまじき言葉が、その口から洩れているらしい。

 王妃が目を細め、手にしていた扇をわざと音を立てて閉じだ。

「陛・下っ。話は終わっておりません」

 その鋭い音と、王妃の冷ややかな声で我に返った国王は、慌てて顔を上げて王子を見下ろした。

「第五十王子」

「は」

「その気持ちに、偽りはないのだな?」

「はい。命を懸けて」

 また溜息をつきそうになった国王だが、王妃の白い眼と、キョトンとした王子の様子を見て何とか抑え、言い切った。

「分かった。聖女に侍ることを許そう」

「は。有難き幸……」

「早速、第五十王子の婿養子先との婚約を、白紙にする手続きに入ろう。それから、例の処置の準備を」

 ?

 感謝の言葉は、途中で止まってしまった。

 聞き捨てならぬ事を、言われたためだ。

「陛下、お待ちください。何故、婚約を白紙に? 私は、聖女を敬愛こそすれ、邪な考えで愛したりなど、致しません」

「何故、そう言い切れる?」

 静かに問われ、王子は困惑したまま答えた。

「それは、先ほども申しました。私は、代々勇者の血を引く陛下の子です。正義のためには、様々な苦難も乗り越えて見せます」

「……お主は、勇者というものを、そんな生易しい存在と、認識しておるのか?」

「は? 生易しい、ですか?」

 若干剣のこもった問いが投げられ、更なる戸惑いに揺れる王子に、国王は重々しく告げた。

「勇者は、色を好むものだ」

 ドン、とドラムでも打ち鳴らしたかのような言葉が、謁見の間に響いた。


「……は?」

 完全に言葉を失くし、そうとしか返せない王子に、国王は真顔で続ける。

「色とは、男女問わずに好意を向ける、という意味だ。その濃さは年齢や関係性にもよるが、年近いならば、一線を越える関係性になるのは、勇者としては当たり前なのだ」

「……え、あ、あの……?」

「それなのに、お前は何と言った? 年頃の聖女を前に、色恋の関係には絶対にならぬと断言したな? それは、勇者の子孫としては、有り得ぬ話だっ。何が、代々勇者の血を継ぐ私の子、だ。私は今、側妃の不義をも疑ってしまったぞっ」

「は、はあっ?」

 目を剥いた王子は、扇を開いて口を隠し、呆れた溜息を吐く王妃を見てしまった。

 ああ、さっきの呟きは、それだったのか。

 呆然とする王子の前で、王妃が宥めるように国王へと言葉を投げる。

「それは、絶対にあり得ぬ話ですから、ご安心ください」

「分かっとるわい。この十年、子を産み育てるのに忙しくて、そんな暇はなかったことくらいっ」

「言葉、戻ってます。お気を付けください」

 取り乱す国王は、やんわりとした王妃の言葉で、ようやく気を取り戻した。

「お主がもし、私の種ではないとしても、男であることには間違いない。そんな危ないものを、聖女の隣に侍らせるなど、もってのほかだ。だが、何もかもを捨てて侍るのであれば、私も許可しようと思っている」

「は、分かりました。無事聖女を、卒業するまで守り抜いて見せます」

 喜びは完全に萎んでいるが、王子は何とか言葉を紡いだ。

 まさか、相思相愛の婚約者との別れまで強要されるとは思わず、後味が悪いが仕方がない。

 これから聖女に侍って信頼を勝ち得、任務が終わったら再び彼女との縁を取り戻せないかを、吟味してもらおう。

 無事、謁見の間を後にした王子は、廊下に出た途端、侍従たちに取り囲まれた。

「第五十王子殿下。聖女様との相対に向けた、相応の対応の準備が、整いましてございます。どうぞ、こちらへ……」

「あ、ああ。わざわざ、ご苦労?」

 妙に緊張した様子の面々を見回しながら、王子は促されるままにある部屋に入った。


 謁見の間を出て行く背を見送る国王陛下は、玉座の上で複雑な顔だった。

「……まさか、既に選抜した後の護衛に難癖をつけてまで、聖女の傍に行こうと考えるとは。その辺りは、陛下の御子ですわね」

 同じように見送った王妃が、しみじみと呟くのを聞きながら、これしかなかったなと、忸怩たる思いを噛みしめていた。

 前の人生では、ここで何も考えずに、聖女の護衛を許可した。

 王子が言っていたように、勇者は正義の象徴でもある。

 国の平穏を守る聖女を守るという役目は、そんな勇者にふさわしい。

 そして、聖女の方の規約も、そこまで厳しくはない。

 他人の穢れを纏わぬよう、自他ともに警戒していれば、学園卒業まで問題なく過ごせたはずだ。

 聖女が、少々異性の愛情に飢えていさえいなければ、あんなことにはならなかっただろう。

 学園二年目に入った夏。

 聖女の聖力が、消えた。

 原因は、護衛としていつもそばにいた、第五十王子との一夜、だった。

「ちゃんと、道具も用意して、これを使ってって言ったのにっ。あのバカ王子っっ。どうするんですかっ。これじゃあ、王女様がっっ」

「もう少し、目立つところに置いておくべきでしたね。流石、勇者の末裔。生でないと満足できなかったのでしょう」

 それを聞いた時、国王は盛大に嘆いた。

「阿保かあっっ。何故、他の穴で我慢しなかったっ? 何故よりによって、聖女を使ってしまうのだっっ」

 幸い、傍には王妃しかいなかったので、この取り乱しは公の場で取り正されることはなかったが、国王は、泣きついてきた聖女と教会関係者と共に、王妃に手ひどいお灸をすえられることになる。

 そして、その後も最悪だった。

 聖女だった女に代わる存在は、この国では一人だけだった。

 それが、王妃との間に生まれた姫だった。

 既に、将来を誓い合った婚約者もいた王女で、あれだけ多く子供に恵まれたのに、姫はこの王女一人だったため、本当ならば教会に差し出したくはなかったが、このままでは国の安寧が危うくなる。

 泣く泣く王女を、送り出す羽目になった。

 が、結局数年で、国は亡びた。

 婚約者と引き離され、その婚約者が元聖女と添ったと知った王女が、闇落ちしてしまったのだ。

 折角、一人くらい姫が欲しいと、この地の獣神に願ったというのに、この結末。

 無念だなあ、と思いながらこの世を去ったと思ったら、若い時に時間が戻っていた。

 王妃との、何度目かの床入りの夜だ。

 恐らくは、この時にできたのが、唯一の姫だ。

 何という奇跡だろう。

 喜んだ国王は、いつも以上に王妃と楽しんでしまった。

 そうして再び生まれた王女を、国王は今度こそ、幸せにすると誓った。

 いずれかの王子がそれで、不幸に見舞われても。


 そう覚悟したものの、矢張り少し、可哀そうだなと思う。

 この国は、まだ患部の治療の痛みを、緩和させる術がないのだ。

「これは、痛いよなあ」

 断種ならば、薬で済む。

 だが、聖女を汚さないための処方は、それだけすればいい話でもない。

 種を注ぐ部分を、落とさなければ。

 すぐに用意できた部屋が、謁見の間の隣であったため、第五十王子の悲鳴は、王座に座る国王の元にも響いた。

 耳を塞ぎたいが、最後の父親の務めとして、こらえていた。

 情報を極力隠し、精密な調査をして護衛を選んで、聖女の学園入学に臨んだのに、何処で漏れたのか、王子は前の人生と同じタイミングで、護衛に立候補してきた。

 このままでは、王子という地位を掲げて、護衛を退かせる勢いで近づいて、前回と同じようになってしまうかもしれない。

 その心配から、この残酷な処置に至った。

 学園卒業までと言わず、永遠に教会預かりにしてもらっても構わないなと、絶叫を聞き流しながら国王は思っていた。

 今回は未だ独り身の王女と、もう一人、今回婚約を白紙に戻した王子の元婚約者を、幸せに導いてやる事が、勇者の末裔の残された使命だ。

 勇者の役目をはき違えた息子などに、構っている場合ではなかった。

 

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