キャッシュデュエル

吟野慶隆

第1話 年銘比べ

 せっかく「敗者は勝者の言うことを一つ聞く」という取り決めだったのに引き分けとはつまらない、もう一度何か勝負をして白黒つけようじゃないか。そういう話になった。

「じゃあ、ミニゲームでもするか?」

 矗野真田ちくのさなだ束仁つかひとはテレビを指した。画面には「エウレカ! ユニオン4」というビデオゲームのタイトルが映し出されている。双六の要領でフィールドを周回し、各マスで起きるイベントや一ラウンドごとに催されるミニゲームをこなして「ウィズダム」を獲得し、所定数のラウンドが経過した時点で最も所持ウィズダム数の多いプレイヤーの勝ち、というルールだ。

「ミニゲームかあ。うーん……」呂金ろきん若葉わかばは難しい顔をした。「今日はもう、いっぱいしたでしょ。別の勝負がいいな。シンプルにじゃんけんでもする?」

 二人は大学の三回生だ。今は束仁が一人暮らしをしている家のリビングにいる。

 束仁は慌てて「おいおい、おれがじゃんけんにめっぽう弱いことは知っているだろ?」と言った。「もっと他の……そうだ、『ラッパでおどれ!』をもじった勝負なんてどうだ?」エウレカ! ユニオン4に収録されているミニゲームの名称だ。「動画共有サイトを探せば、誰かがラッパを吹いている動画くらい見つかるだろう。それを使おう」

 若葉はじとっとした目を向けてきた。「それじゃあ逆に束くんが有利すぎるでしょ。束くん、音感がとても鋭いんだから」

「そりゃそうだ」もちろん、あわよくば自分の得意な勝負にと思っていたわけだが、そう上手くはいかなかった。

「でもいいアイデアだね、ミニゲームをもじった勝負をするというのは。そうだなあ……」若葉は腕を組み、しばし考え込んだ。「『コインをくらべろ!』をもじった勝負なんてどう? 貨幣の年銘を比べるの」

「貨幣の年銘?」

「うん。お互い自分の財布に入っている貨幣から一枚を選んで、じゃんけんみたいに同じタイミングで出すの。一円玉とか一〇円玉とか五〇〇円玉とかをね。その年銘が新しいほうの勝ち」

「いいな、面白そうだ。じゃあ、『コインをくらべろ!』の特殊ルールに相当するのは……元号か」

「そうだね。貨幣の元号は古い順に『昭稿しょうこう』『平城へいじょう』『令程れいてい』の三つ。じゃあ『昭稿の貨幣は令程の貨幣に勝つ』というルールにしようか。『令程元年』と『平城五年』がぶつかったら通常どおり『令程元年』の勝ち、でも『令程元年』と『昭稿四十年』がぶつかったら『昭稿四十年』の勝ち」

「わかった」

 二人はダイニングに移動し、テーブルに向かい合って座った。相手に目撃されないよう、テーブルの下で財布を出して貨幣を選ぶわけだ。

 束仁はふと顔を上げ、「そういえば」と言った。「若葉、たしか貨幣に触ると手がかぶれるんじゃなかったのか? 軽度の金属アレルギーで、白銅に弱いんだろ」

「ティッシュにでもくるむよ」

 束仁はスラックスのポケットから財布を取り出し、小銭入れ部分を確認した。中には昭稿四十年の一円玉と平城九年の五〇円玉、平城三十一年の一〇〇円玉が入っていた。

(いちばん新しいのは平城三十一年の一〇〇円玉か。平城は三十一年までだから、若葉が令程の貨幣を持っていなければこれで勝てるだろう。ただ今は令程四年の七月だ、持っている可能性は低くない……なら昭稿四十年の一円玉を選ぶべきか?)

 熟考による沈黙を打ち破り、足下から、ごとっ、という音が聞こえてきた。

 若葉が慌てたように椅子を引いた。腰を曲げ、上半身をテーブルの下に入れる。数秒後には上半身を出して腰を伸ばし、小さくひと息ついた。右手の人差し指をぽりぽりとかく。

(さては貨幣を落としたな?)気味の悪い笑みを浮かべそうになった。(こいつは大ヒントだぞ。床にぶつかった時の音から判断するに、あれは五〇〇円玉だ。つまり若葉は少なくとも五〇〇円玉を一枚持っている)

 束仁はスラックスのポケットからスマートホンを取り出し、日本の貨幣について調査した。旧五〇〇円玉の製造開始は平城十二年、新五〇〇円玉は令程三年だそうだ。

(若葉が持っているのはどっちだ? もし新五〇〇円玉なら、それを出してくるだろう。おれは昭稿四十年の一円玉を選べば勝てる。もし旧五〇〇円玉なら、流通の割合から考えて年銘は平城だろう。おれは平城三十一年の一〇〇円玉を選べば勝てる。……何か、若葉の五〇〇円玉がどっちなのか突き止める方法はないか?)

 引き続き五〇〇円玉について調査した。旧五〇〇円玉は全体がニッケル黄銅で出来ているらしい。いっぽう新五〇〇円玉にはバイカラー・クラッドという技術が使われていて、中央は白銅、外周はニッケル黄銅で出来ているそうだ。

(そういえば、若葉は落とした五〇〇円玉を拾った後、右手の人差し指をかいていたな。ひょっとして白銅に触ったせいでかぶれたんじゃないのか?

 決まりだ)にやりと笑った。(若葉が持っているのは新五〇〇円玉……おれは昭稿四十年の一円玉を選べば勝てる)

 束仁は一円玉を取り、右手に握った。「おれは決めたぞ」拳をテーブルに置いた。

 若葉も「あたしも決めたよ」と言い、右手の握り拳をテーブルに置いた。「じゃあ開こうか。せーの」

 束仁は右手を開いた。昭稿四十年の一円玉が転がり落ちた。

 若葉も右手を開き、中の貨幣を明らかにした。五〇〇円玉で、年銘は「平城十三年」となっていた。バイカラー・クラッドではない、全体がニッケル黄銅で出来ている旧貨幣だ。

 束仁は目をみはった。若葉はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。「あたしの勝ちだね」

 思わず溜め息を漏らした。「さては、わざと五〇〇円玉を床に落として、拾った後にかぶれてもいないのに指をかいたな? おれに『若葉は新五〇〇円玉を持っている』と思わせ、昭稿の貨幣を選ばせるために」

 若葉はにししと笑った。「そういうこと。あたしの財布に入っている貨幣の年銘は、最も新しい物でもこの五〇〇円玉の平城十三年だったからね。普通に出していたら負ける可能性が低くなかった。だから一計を案じさせてもらったよ。

 それじゃあ、あたしの言うことを聞いてもらおうかな」


 数日後、七月十四日の月曜日。

 束仁は煎餅の包装を破り、中身を取り出して口に運んだ。甘辛い醤油の味が舌に広がり、小気味よい破砕感が歯を楽しませた。

「美味しいな、これ。この煎餅を食べるのは初めてだが、おれの好みに合っているよ」

 テーブルの向かい側についている若葉が「でしょ?」と言った。マシュマロの包装を破いている。「先週、その煎餅が新発売された時にさっそく食べてみたんだけれど、束くんが好みそうな味だなって思ったんだよね」

 束仁たちはラピスパーラーという菓子屋に来ていた。ソフトクッキーや最中、ポテトチップスといった製菓会社の商品を専門に取り扱っている店だ。通常は袋に入っている個包装の菓子がばら売りされているコーナーもあった。二人は今はイートインスペースにいて、若葉が選んで束仁が買った菓子を味わっていた。

 束仁は「さすがだな」と言い、煎餅をさらに噛み砕いた。「しかし若葉、今日はいつもに比べて菓子の量が少なくないか? 遠慮は要らないんだぞ、『敗者は勝者の言うことを一つ聞く』という約束だったんだから。いや、おれの財布には優しくて助かるんだが」

 束仁は二十一歳で、三椏みつまた大学の三回生だ。ニヒルな目つきや無造作に整えられた髪型は陰りのある魅力を漂わせている。シンプルなデザインの半袖シャツとスラックスを身に着けていた。

 若葉は小さく笑って「いやいや、そんなんじゃないよ」と言い、首を横に振った。「ただ、ダイエットというほどじゃないけど、食事を制限していて。夏休みの初めの週に中学校時代の女友達と三泊四日の旅行に行く予定で、その時にビーチに出撃するから」

 若葉も二十一歳で、三椏大学の三回生だ。長い黒髪は桃色のリボンによりハーフアップに纏められていて、ふんわりとした雰囲気を醸し出している。身に着けている半袖ブラウスや膝上丈スカートもよく似合っていた。

「水着を着るまでの間に、可能な限りスタイルをよくしておかないとね。今年の夏こそは初彼氏を作ってみせる、格好いい男の人を捕まえてみせるんだから」

 束仁はカステラの包装を破いた。「そりゃあ、頑張れよ。おれも欲しいなあ、彼女……いない歴イコール年齢だ」

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