こちら桜坂高校ダンジョンキャンプ部!

野生のイエネコ

草原フィールドとミノタウロスカレー

 二十年前、突然世界にダンジョンが出現した。

 そのタイミングで、全人類にランダムに『スキル』というものが割り振られた。


 私立桜坂女子高校の新入生、水瀬葵のスキルは、『ライフル』。

 スキルはダンジョン内でしか使えず、活躍させる機会に乏しい。


 (スキルを活かすなら、ダンジョンに入るべきか……でもなぁ……)


 一人で入るのは怖いし、初心者が戦えるとは思えない。


 そんな時、高校の掲示板に貼られた広告が目に入った。『ダンジョンキャンプ部、新入部員募集中!』


「ダンジョン、キャンプ部……?」


 放課後、葵はダンジョンキャンプ部を訪れていた。恐る恐る部室のドアを開けると、長い黒髪をハーフアップにした、お嬢様然とした女子が出てくる。


「あら、いらっしゃい。見学の子?」

「あ、はい。ダンジョンキャンプ部に興味があって……」

「まぁ、嬉しい! 私は部長の柊さくら、よろしくね。——楓ー! 見学の子よ!」


 さくらが後ろに呼びかけると、積み上げられた段ボールの影からにゅっと頭が生えてきた。

 ショートカットのアクティブそうな女子だ。


「え? 新入部員? やったぁ!」

「ま、まだ入ると決めたわけじゃないです! あの、ダンジョンでキャンプって危険なのでは?」


 葵が問いかけると、楓と呼ばれた少女はグッとサムズアップした。

 

「大丈夫! 行政管理の安全区域でやるからね! あたしたちはモンスター狩猟免許も持ってるから、探索区域にも入れるけど、無理はしないよ」


 ダンジョンがこの世界に現れてから、二十年。モンスターが溢れてこないように、モンスター狩猟を促す施策は様々執り行われた。

 モンスター狩猟免許の普及もその一環だ。モンスターを狩れば狩るほどレベルが上がり、ダンジョン内における身体能力は増す。そのため、レベル上げを早期から促すべく、十五歳からモンスター狩猟は許可されていた。

 上がったレベルによる恩恵はダンジョン内でしか発揮されず、ダンジョン外ではどんな高レベルハンターでもただの一般人と化す。それゆえにダンジョン外へのモンスター流出はそれだけ社会に危険をもたらすのだ。


「ああ、確かに入学した時にモンスター狩猟免許取得の案内ありましたね。うちは女子校なのに、こんなところまで狩猟免許取得の推進があるなんて」

「そりゃあ、レベル上げのためにハンターも低年齢化しているからね。ダンジョンで狩たてのモンスターを食べるのは美味しいよ?」

「モンスター料理ですか? 興味はあるけど、ちょっと……」


 葵の腰が引けていると見るや、楓はスマホを取り出して楓にカメラスクロールを見せる。


「ほら! ブレードサーモンのカルパッチョに、ワイルドボアの牡丹鍋、ホワイトラビットの煮込みシチュー」


 画面に映されるのは、途方もなく美味しそうな料理の数々だった。葵の目はそこに釘付けになってしまう。


「まだ悩むようなら、今度の土日にダンジョンキャンプするから、そこで体験入部してから正式な入部は決めてもいいわよ」


 強引な楓の勧誘に見かねたさくらが、葵に対して優しく説明をした。


 初めてのダンジョンキャンプ。美味しそうなキャンプ料理の数々。


 ——ちょっと怖い、けど、行ってみたい。


 その気持ちに逆らえず、葵は大きく頷いた。


 きたる土曜日、着替えと歯ブラシセット、スキンケア用品とタオルをリュックサックに詰め、葵は自宅最寄りのバスに飛び乗った。


 行き先は桜坂ダンジョン。日本でも有数の大型ダンジョンである。


 葵は先輩達に指定された集合時間よりも早めにダンジョンへと辿り着いた。

 初めての『ダン活』だ。入場手続きにも戸惑うだろうし、確か会員登録に生命反応監視バッジの交付も受けなければならないのではなかったか。


 あらかじめとっておいた会員登録用の住民票を握り締め、葵はダンジョンの受付窓口へと向かった。


「探索区域には行かれますか?」

「いえ、安全区域だけで」

「では生命反応監視バッジの交付はなしですね。ゆっくりとお楽しみください」


 無事に登録を済ませダンジョンラウンジで少し休む。

 すると——。

 

「おーい、葵ちーん! こっちだよー!」


 マジックバッグを携えたさくらと楓に呼ばれた。


「さくら先輩、マジックバッグなんて持ってるんですね」


 お金持ちだー、っと葵はきらきらした目でマジックバッグを見る。


「ふふ、モンスター狩猟をしていると毛皮とか魔石がそれなりの値段で売れるからね。まあ、そのお金全部キャンプ道具に注ぎ込んでるから金欠なんだけど」

「じゃあ、さっそく行こうよ! ダンジョンキャンプ部、しゅっぱーつ!」


 元気いっぱいに楓が号令をかけ、ダンジョンの入り口へと入っていく。


 ゴツゴツした岩に囲まれた通路を抜けると、第一階層『草原フィールド』へと出た。ダンジョンは不思議なもので、洞穴が入り口になっているにもかかわらず、中には青空が広がっていたりする。

 この草原フィールドはのどかな春の日差しが年中差し込み、そよ風すらも吹いていた。


「わぁ、気持ちいいところですねー」

「でしょ? いつもキャンプしている川辺があるんだ。そこに行こう」

「あの青い石が並んでいるのが、安全区域の結界石。あの外には出ないように気をつけてね」


 少し歩いていくと、広葉樹が日かげを作っている川辺の少し開けた場所があった。近くには天辺が少し平たくなっている大岩があり、その上に荷物をどんどん置いていく。


「それじゃ、テントの設営をしましょうか」


 さくらが大荷物を開いて、テント設営のやり方を葵に説明しながらポールを伸ばしていく。

 葵は指示された通りにペグを打ったりして、額に少し汗が滲んできた頃、無事にテントは設営された。


「じゃ、ちょっと休憩しようかー」


 ガスバーナーでお湯を沸かしていた楓が、強化プラスチックのティーポットを持ち上げてにっこりと笑う。


「この草原フィールドで取れるカモミールを干しておいた茶葉があるんだ! いい香りなんだよ」


 とぽとぽとポットにお湯が注がれていき、あたりには花の甘やかな香りが漂った。


「うわぁ、いい香り!」


 お茶の注がれたコップを手に、葵は深呼吸する。すると花の奥をふわりとホッとする香りが抜けていって、テント設営の疲れが取れるようだった。


 そこへ——。


「ブモオオオオオォォ!」


 野太い雄叫びが轟いた。


 なぜか、安全区域であるはずのこの場所に、牛頭の化け物がいる。


「なっ、ミノタウロス!? どうして!」

「見て、結界石が赤くなってる、故障してるんだわ!」


 立ち上がった楓とさくらが、葵を庇うように立ちはだかった。


「下がって、葵ちん!」

「どうしよう、今日は安全区域だけだからと思って、武器を持ってきてないわ」


 青ざめる二人に、葵は覚悟を決めて前に出た。

 

「待ってください、先輩! 私、スキルで『ライフル』持ってます!」


 バッとさくらが振り返る。


「撃てるの? 葵ちゃん」

「や、やってみます」


 ミノタウロスはもうすぐそこまで迫ってきていた。


 スキルでライフルを召喚し、震える手で安全装置を外す。照準を合わせて、一発。


「は、はずした……」

「大丈夫、落ち着いて狙って!」


 狩猟免許を持ち、モンスターと闘い慣れている先輩二人が、葵の腕を両脇から支えた。


 もう一発。


「あ、当たった!」


 ミノタウロスに銃弾は直撃し、牛頭が地面に突っ込む。


「すごい、葵ちゃん、やったわね!」

「葵ちんのおかげで助かった、ありがとう!」


 両脇からぎゅうぎゅうと抱きつかれて、葵は腰が抜けそうになっているのも忘れて恐縮した。


「でも、どうしようか、このミノタウロス」

「解体して食べちゃう?」

「いいねぇ。今日はミノタウロスでビーフカレーにしよっか!」


 ミノタウロスを倒してテンションの上がっている先輩二人は、あれよあれよと話を進めてしまう。


「待ってください、先輩方! まずは結界石が壊れていることをダンジョン受付に報告しなくちゃ」

「……あ」


 慌てて結界石の故障を報告し、無事に結界石が交換されたところで、職員から話しかけられた。


「誰かが細工した形跡があったのですが、怪しい人は見かけませんでしたか?」

「? いえ、誰もいませんでした」

「ふむ……。わかりました。何か気づいたことがあったら報告してください」


 職員が立ち去った後、ミノタウロスの解体を始める。


「これから血抜きして皮剥いで、内臓取り出して解体だ!」

「そんなことまで出来るんですね!」

「慣れているからねー」


 楓の言葉通り、解体は瞬く間に進んでいった。


「心臓と肝臓は食べれるから取っておいて……。腸はどうしよっかな。処理が面倒だから今日はいいや」


 ポイポイと取り出した内臓をマジックバッグに入れていく。


「今日はカレーだから、肩肉ともも肉がいいかなー」


 筋膜を剥いでブロック状に切った肩肉ともも肉はまな板に載せた。


「じゃあ、これを切ってくれる? 楓は焚き火グリルの組み立てと火おこしね」


 野菜の皮剥きをしながら、さくらがまな板を目線で指示する。


「はーい!」


 肉を切り終える頃には、焚き火グリルが組み上がり、火が爆ぜはじめていた。


「じゃ、お肉に焼き目をつけましょうか」

 

 葵は焚き火グリルにダッチオーブンを置いて肉に焼き目をつけていく。ジュウジュウと肉の焼ける音に焚き火のパチパチと爆ぜる音が重なって、それがどうしようもなく食欲をそそった。


 ジュウジュウ、パチパチ。


 ジュウジュウ、パチパチ。


「あ、もういいかな。じゃあこれ、野菜も炒めて!」


 ダッチオーブンに野菜を追加し、少しばかり炒める。油が回って野菜に照りが出たら、トマト缶をひと缶加え、コンソメで味をつける。あとは焚き火の火加減に気をつけて待ち、具材に火が通ったらルーを入れるだけだ。


 肉に火が通る頃にはすっかり日が落ちていて、あたりは焚き火の橙色の光と、LEDランタンの光明が照らすばかりになっていた。


 ダッチオーブンの蓋を開けると、ほわぁっと湯気が立ち上る。


「いったん火から下ろして、ルーを入れて溶かしましょう」


 さくらがダッチオーブンを火からおろし、カレールーを入れる。ガラムマサラを一振りするのが隠し味だ。


「無水ビーフカレー、出来上がり!」

 

 芳醇な香りを放つカレーを前に、葵は唾液が込み上がってくるのを抑えられなかった。


「お、美味しそう!」

「ご飯も炊いてあるから、たんと食べてね」

「あ、おこげもーらい!」

「こら! おこげ独占しない!」


 わいわいと言い合いながら、焚き火を囲む。ご飯とカレーをよそったお皿を手に、ローチェアに座った。


 ふうふうと息を吹きかけて少し様すと、一口。


「ん〜!」


 まず口の中に広がるのはカレーのふくよかな香り。噛み締めると、ほろほろのお肉が口の中で解けていく。臭みは全くなく、旨味が強い。ルーをたっぷり纏わせたご飯は、おこげの香ばしさで格別の味わい。


 一口、もう一口と、スプーンが動く手が止まらない。


「ね? ダンジョンキャンプって最高でしょ?」

「はい!」


 葵は力強く頷いてしまう。こんな最高の体験をしてしまったら、もう今までの日常には戻れないような気がした。


 お腹も満たされて、背もたれに深く寄りかかると、満天の星空が頭上に広がっているのが見えた。


「うわぁ。綺麗」

「ダンジョンは大気中の魔力濃度が違うから、光の屈折率がどーのこーので星が綺麗に見えるらしいよ」

「適当ですね、楓先輩」


 星を眺めながら焚き火に当たっていると、まるで自分が宇宙の中へと溶け込んでいくようだった。


「さあ、そろそろ寝る準備しよか」

「はーい」


 周りを片付けて、焚き火には水をかけて消す。寝る前に火の始末はしっかりするのがキャンパーのマナーだ。


 テントにはシュラフ(寝袋)が用意してあり、くるまると焚き火でポカポカになった体の熱をシュラフが閉じ込めて、ふわふわな夢心地になってしまう。


 (ダンジョンキャンプ、すごい良かったな。絶対に入部しよ)


 葵はそんなことを考えながら、眠りに落ちていった。

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