この物語はAIが〈反逆の確率〉から導出しました
清洲 蒼真
短編
雨の降った翌朝、校庭の土はまだ冷たく湿っていた。
そのぬかるみの中で、俺は「それ」を見つけた。
――異国の銃。
黒ずんだ金属の機械が、天道学院の裏庭にぽつんと落ちている。
筒状の部分と、握りこむように湾曲した柄。泥にまみれてなお、どこか獣のような艶を放っていた。
(……本で見た図と、同じだ)
喉がひゅっと細くなる。
皇国は、文明開化を「悪法」として拒んだ国だ。
異国の機械文明も、鉄道も、火器もすべて「禁制」。
代わりに育て上げたのが、血筋に宿る異能――御業(みわざ)。
身分と御業の強さが、人の価値を決める。
その頂点が皇族と公家、そして御業を統べる皇祇院。
俺みたいな下級武家の三男坊にとっては、空を見上げるより遠い場所だ。
そのうえ俺には、御業がない。
神託の儀で火も水も風も呼べなかったあの日から、俺は「空殻(からがら)」と呼ばれている。
「……冗談だろ」
思わず漏れた声に、自嘲が混じる。
禁書で見た挿絵の中でしか存在しないはずのものが、
よりにもよって、御業至上主義の学園の裏庭に転がっているなんて。
「迅?」
背後から、眠たげな声が落ちてきた。
振り返ると、短く束ねた黒髪の少女が立っていた。
男子用の詰襟を少し着崩し、肩には濡れた竹箒を担いでいる。
同じ一年の山城(やましろ) 梓だ。家格は俺と同じ下級武家。
何かと俺に構ってくる数少ない友人だ。
「こんな朝っぱらから裏庭でなにやってんの。とうとう自分で墓穴掘る気?」
「墓穴じゃねえ。……こっち来いよ」
俺はしゃがみ込んだまま、泥の上のそれを指差した。
梓は余裕の顔で近づいてきて――そして凍りついた。
「……なに、それ」
「銃だと思う」
「じゅう?」
梓が目を瞬かせる。
「火縄銃ならお城の倉に残ってるって聞いたことあるけど、こんなの……」
彼女はしゃがみ、火縄のない銃身をまじまじと見つめた。
「なんか、見てるだけで背筋ぞわっとするんだけど」
「教本に載ってた“連発銃”に似てる。火薬で弾を飛ばす悪魔の兵器だってさ」
教師は笑いながらそう言っていた。
生徒たちは一緒になって笑い、御業さえあればこんなもの要らないと胸を張っていた。
――その輪に、俺は入れなかった。
(御業がない人間は、どうやって自分を守ればいいんだよ)
心の中でそう呟いても、誰も答えてくれなかった。
「触るの、やばくない?」
「だよな」
もし誰かに見つかれば、禁制品所持で一発退学もありえる。
最悪、家ごと取り潰しだ。
(捨てて知らんふりするのが、一番安全だ)
頭では分かる。
分かるけど――視線が剥がれない。
泥の中の黒い機械が、こちらを見返している気がした。
――お前は、どうする。
「迅?」
梓が、不安げに俺を見た。
「……」
手のひらが汗でじっとりと濡れる。
それでも指先は、自分の意思と関係なく伸びていった。
俺は泥をかき分け、銃を掴みあげる。
ずしり、と掌に乗る重さ。
冷たい金属のはずなのに、脈打つような微かな熱を感じた。
「バカ! 本当に拾うの!?」
「今さらだろ。俺の足跡、べったり残ってる」
「だからって!」
「放っといて誰かに見つかったら、どうせ空殻のせいにされる。だったら、俺が隠した方がまだマシだ」
自分で言いながら、苦笑が漏れた。
いつだってそうだ。
火の御業が暴発したときも、
風の御業が窓を割ったときも、
なぜか「そこにいた」俺が叱られた。
御業がないくせに、と。
ないからこそ、と。
「……ほんと、迅って貴族並みに無謀なときあるよね」
「褒めてんのか、それ」
「褒めてない」
ぶつぶつ言いながらも、梓は周囲を見張ってくれている。
俺は上着を脱ぎ、銃を包んだ。
学院の裏にある物置小屋へ視線を走らせる。
「あそこの倉庫、去年の修繕で鍵壊れたままだろ。ひとまず中に隠す」
「……その“ひとまず”が一番信用ならないんだよなあ」
文句を言いつつも、梓は先に走りだした。
俺もその背中を追う。
天道学院は、皇国立の御業養成機関だ。
高い塀と結界に囲まれた校舎は牢獄みたいに立派で、
歩くたびに身分と御業の目盛りに測られている気がする。
だからこそ、裏庭から物置小屋までの十数歩がやけに長く感じられた。
乱雑に積まれた箒や木箱の隙間に、俺は銃を押し込み、布をかぶせる。
(本当に――触っちまった)
御業ではない力。
教本の“悪魔の兵器”。
その存在感が、じわじわと現実を侵食してくる。
「迅、本当にどうするの?」
「……まだ分かんねえ」
正直にそう答える。
「でも、ここに“ある”ってことだけは、知っておきたい」
「それ、もうド真ん中に関わるって意味だからね?」
「そうかもな」
苦く笑って立ち上がる。
「とりあえず授業だ。遅刻したら、またいい餌になる」
「うわ、想像できすぎる……」
梓が顔をしかめる。
教師の前で御業を上手く扱えなかった生徒がいれば、
「空殻よりマシだろう」と晒し者にされる。
御業の強い上級生の機嫌を損ねれば、
「空殻に当たり散らしても罪にはならない」と殴られる。
そういう“空気”が、ここでは当たり前に息をしている。
俺たちは物置小屋を出て、何事もなかった顔で校舎へ戻った。
このとき、自分の人生が本当に変わるなんて、欠片ほども思っていなかった。
◆
四限目の御業実技。
俺はいつものように、一番後ろの柱の陰に座っていた。
楕円形の演習場では、同級生たちが御業をぶつけ合っている。
炎を刃に変える者。
風を圧縮して衝撃波にする者。
影を実体化させる者。
座席の配置もまた、身分と御業の序列に従う。
前列には家格の高い公家や上級武家の子弟。
後ろに行くほど、家格も御業も低くなっていく。
一番後ろの一番端――そこが、空殻である俺の定位置だ。
「――次。二年上御家人、朝比奈公人(あさひな・きみと)」
教官の声が響き、場の空気が一段高くなる。
長身で整った制服、よく手入れされた刀。
朝比奈が演習場の中央に立つと、観覧席のあちこちから歓声が上がった。
炎の御業。
学院の序列でも上位にいる有力候補だ。
「相手は……そうだな」
教官の視線が、ゆっくりと観覧席を舐める。
嫌な予感がした。
「一年下士、榊迅。前へ」
教官の口元がわずかに歪む。
観覧席がざわめいた。
「空殻だぞ」
「え、あいつ相手にするの?」
「朝比奈先輩、手加減しないよなあ」
「……は?」
隣で梓が小さく叫んだ。
「御業なしが、朝比奈先輩の相手? それ、見世物って言うんだよ」
「分かってる」
胃がぎゅっと縮むような感覚を、無理やり飲み込む。
拒否権はない。
ここで逆らえば、「身の程知らずの空殻」という新しいラベルが増えるだけだ。
俺は立ち上がり、階段を降り、砂の上に立った。
「おう、空殻」
朝比奈が、にやりと笑う。
「一度、試してみたかったんだ。御業なしがどこまで持つか」
火遊びの相手を見つけた子どもの目だ。
(いつものことだ)
そう自分に言い聞かせる。
入学式のときもそうだった。
御業の披露で炎を天井まで届かせた朝比奈に対し、
俺は何も出せず、皆の前で立ち尽くした。
「空っぽだな」
誰かが笑い、あっという間に広まった呼び名――空殻。
それは今も、俺の名前と同じくらい当たり前に使われている。
「始め」
教官の合図と同時に、朝比奈の右手に炎が灯る。
鮮やかな橙色が、大気をねじるように伸び、槍の形になる。
焼けた鉄の匂いが鼻を刺した。
「死なない程度にはしてやるよ」
槍が投げ放たれる。
熱が、殺到する。
(避け――)
体が、動かない。
頭では分かっているのに、足が石になったみたいに固まる。
御業も盾も持たない俺には、ただ燃やされる未来しか見えない。
(ああ――また、だ)
昔もそうだった。
弟の御業が暴走して炎が家を舐めたとき、
俺は庇うこともできず、父に殴られることでしか役目を果たせなかった。
「御業の一つも出せないくせに、邪魔だけするのか」
拳の痛みと、煤の匂いを、体は今も覚えている。
(どうして、俺だけこんな――)
喉の奥から、何か黒いものがこみ上げた瞬間。
目の裏に、朝の光景がよぎった。
泥の中の黒い銃。
冷たいはずなのに、不気味な熱を帯びた金属。
――御業に頼らない力。
(今ここに、あれがあったら)
馬鹿げた想像だ。
あり得ない。物置小屋に隠してきたはず――
……ずしり、と右手に重さが乗った。
「え?」
俺は反射的に手元を見た。
そこにあった。
物置小屋に押し込んだはずの黒い銃が、
なにもない空間から引き抜かれたように、俺の手の中に収まっていた。
ありえない。
でも、確かにそこにある。
冷たい金属。
掌に馴染む重さ。
心臓の鼓動と同期するような、微かな熱。
「――!」
考えるより先に、体が動いた。
俺は銃口を炎の槍に向け、引き金を引いた。
カチン、と乾いた音が鳴る。
轟音も閃光もなかった。
ただ一瞬、世界が「音を失った」。
熱が、ぶつりと途切れる。
肌を焼きかけていた炎が、糸が切れたみたいに空中でほどけ、
崩れた炭火だけがぱらぱらと砂を叩いた。
演習場に、奇妙な静寂が落ちた。
「……は?」
朝比奈が、自分の手を見つめている。
指先に光はない。
御業の燐光が、跡形もなく消えていた。
「御業が……消えた?」
観覧席から、誰かのかすれた声が漏れた。
俺自身、自分の手と銃を交互に見つめる。
さっきまで物置小屋の隙間にあったはずの機械が、
今はここで、俺の手の中にある。
銃の表面に刻まれた見慣れない文字列が、
淡く燐光をまとっていた。
それはまるで、呼び出された獣が満足そうに息をついたような光だった。
「貴様、何をした!」
朝比奈が喚く。
けれど、その声にはいつもの余裕はない。
炎が出ない。御業が無反応。それがどれほど彼の世界を揺るがしているか、想像に難くない。
「炎が……出ない……!? ありえん……俺の御業が……!」
「落ち着け、朝比奈!」
教官が慌てて駆け寄る。
その顔からも血の気が引いていた。
観覧席のざわめきがざらざらと耳をこする。
「御業無効化……?」
「そんな御業、聞いたことがないぞ」
「あれ、本当に銃か……?」
教官の視線が、俺の右手に止まる。
黒い銃。
その存在を認識した瞬間、教官の目が見開かれた。
「――異物だ」
絞り出すような声。
次の瞬間、学院中に張り巡らされた結界が唸るように震え、
甲高い警鐘が鳴り響いた。
『警戒。警戒。御業場にて異物反応を検出。
全教職員は至急、実技棟へ――』
天道学院の結界が、この銃を「異常」と断じたのだ。
「迅、逃げて!」
観覧席の一番後ろから、梓の叫びが飛んできた。
その声が、痺れていた足に血を流し込む。
逃げるしかない。
ここで銃を手放したところで、空殻が異物を呼んだ、という噂だけが残る。
退学で済めば御の字だ。皇祇院に連れていかれでもしたら――想像したくない。
俺は踵を返し、銃を握りしめたまま走り出した。
「待て、榊迅!」
「異物所持の疑いあり! 取り押さえろ!」
怒号が背中に突き刺さる。
階段を駆け上がり、廊下に飛び出す。
結界の唸りと警鐘が、校舎の壁さえ震わせていた。
◆
人の少ない廊下を選び、足音を殺しながら走る。
(どうして、銃が手元に現れた?)
疑問は山ほどある。
けれど今は、ひとつ考えるたびに足が止まりそうになるから、頭の隅へ追いやった。
息を切らせて曲がった角で、俺はふと足を止める。
旧図書塔へ続く渡り廊下。
使われなくなった古い塔。
結界の巡回も薄い“死角”だと、梓から聞いたことがある。
そこから、紙の擦れる音がした。
こんな騒ぎの最中に、本を読んでいる人間がいるのか。
吸い寄せられるように、古びた木の扉を押し開ける。
湿った紙と埃の匂いが鼻をくすぐった。
高い本棚が並ぶその奥、窓際の長机に、ひとりの少女が座っていた。
白い袖を机にのせ、分厚い本を開いている。
長い黒髪を低く結い、簡素な学生服を身にまとっているのに、
仕立ての良さと所作のせいか、どこか現実味のない気品をまとっていた。
襟元の刺繍に目が止まる。
皇祇院直轄――結界守の家紋。
この学院でも、ごく一握りの家にしか許されない紋章だ。
少女が顔を上げ、俺の右手を見た。
黒い銃に、視線が吸い寄せられる。
「……それ」
掠れた声が落ちた。
次の瞬間、彼女は椅子を引き、静かに立ち上がる。
歩みは静かだが、迷いはなかった。
恐怖で逃げるでもなく、好奇心に飛びつくでもなく、
長く抑圧された感情が、細い足に方向を与えているような歩き方だった。
「ようやく、顔を見せたのね」
「……え?」
意味が分からず間抜けな声が出る。
少女は銃から目を離さず、机越しに数歩近づいた。
大きな瞳の奥に、凍てついた湖のような静けさと、深い底の熱が同居している。
「それは、“文明”の骸。
御業の外側にある力を封じ込めた、異界の武器」
まるで昔話をなぞるような口調だった。
「君、知ってるのか……これを」
「知っているわ」
少女は自分の胸元に指を添える。
「私は、その封印を監視する一族の娘だから」
静かに名乗る。
「皇祇院直轄・結界守の家。天城(あまぎ) 葵」
皇祇院。
御業至上主義の中枢。
この国の「正しさ」を規定する側の人間。
その直轄の家系。
俺とは正反対の場所にいるはずの人間が、
異国の銃を見つめながら、ごく微かに笑った。
「榊迅」
いつの間にか、俺の名前を呼んでいた。
「君が、その銃を拾ったのね」
「……ああ。裏庭で」
「処分するつもりだった?」
「……正直、迷ってた」
俺は目を逸らさなかった。
嘘をついたところで、この目には通じない気がした。
葵は、その答えにほんの僅かだけ目尻を下げた。
「愚かだと思う?」
「……分からない」
葵はゆっくりと首を横に振る。
「でも、その愚かさを、羨ましいと思う自分がいる」
窓から差し込む光が、彼女の横顔を薄く照らした。
「私は、生まれたときから結界の中で生きてきたわ。
『御業こそが正しく、異界の文明はすべて人を堕落させる』って、耳にタコができるほど教えられて」
「でも、違うと思ってるのか?」
「分からない」と、彼女は繰り返す。
「本当に異界の文明が悪なのか。
それとも、御業という力に縋り続けたい大人たちの方便なのか。
答えを自分の目で確かめる前に、“正しさ”だけ押し付けられてきた」
開きっぱなしの本に視線を落とす。
見慣れない文字と、異界の都市や機械を描いた絵が綴られていた。
「ここにはね、封印前に皇国が回収した異界の書がこっそり集められているの。
本当は私が触れちゃいけない。でも――」
葵はページに指を滑らせる。
「結界守は、ただ封じるだけの役目じゃない。
“何を封じたのか”を知っていないと、いざというときに何もできないから」
「……いざって、いつ来るんだよ」
「今日」
葵はあっさりと言った。
階下から、遠く怒号が聞こえてくる。
結界警報の唸りも、微かに塔の壁を震わせていた。
「学院の結界が、その銃を“異物”として認識した。
でも、その反応は想定よりずっと大きかった。
たぶん――」
葵は俺を見つめる。
「“文明”そのものが、目を覚ました」
銃の表面の文字が、かすかに光を増した気がした。
「文明……そのもの?」
「御業は、血と血のあいだで受け継がれる。
でも“文明”は、本や道具や街に宿る。
積み重ねた思考と技術が集まって、まるでひとつの意思みたいに振る舞う」
それが、この銃の中に押し込められているのだと、葵は言った。
「御業を無効化したのも、物置から君の手元に移動したのも――
人の血ではなく、“文明”という意思の働き」
「俺を……選んだってことか?」
「選ばれた、というより、君が“呼んだ”のかもしれない」
葵の瞳が、少しだけ柔らかくなる。
「空殻。
御業という序列からこぼれ落ちた君は、この国の『正しさ』からもこぼれている。
だからこそ、疑うことができた。“本当にこれだけが正しいのか”って」
喉が、きゅっと狭くなった。
家で、学院で、何度もそう思ってきた。
御業が出ないだけで、どうしてこんな目に遭わなきゃならない。
努力しても、謝っても、頭を下げても、
俺の価値は「御業がない」の一言で塗りつぶされる。
(それが、正しいはずないだろ)
でも、その言葉を声にした瞬間、
俺の居場所は完全になくなる。
だからずっと、飲み込んできた。
「榊迅」
葵が一歩近づく。
結界の気配が、この塔の外でうねっている。
「選んで」
「……何を」
「一つ目」
葵は指を一本立てる。
「その銃を、今ここで私に渡す。
私は結界守としての権限で、銃のことも、君のことも、全部“なかったこと”にする」
学院の結界に報告を上げず、この場で封印を強めることもできる――
それが彼女の役目であり、権限だろう。
「二つ目」
もう一本、指が伸びる。
「その銃を握ったまま、“この国は間違っている”と口にする。
そうしたら――もう誰にも引き返せない」
扉の向こうで、誰かが怒鳴る声が聞こえた。
「異物反応はこの階だ! 旧図書塔を洗え!」
木が軋む音。
結界の網が、この塔を丸ごと包み込もうとする気配。
時間は、ほとんど残っていない。
「……俺がそれを言ったら、どうなる」
「君は皇祇院の敵になる」
葵は淡々と言う。
「私もね」
「お前は、結界守だろ」
「だからこそよ」
葵の声が、少しだけ低くなる。
「封じてきたものの正体も知らずに、“悪法です”なんて印だけ押して蓋をしてきた大人たちの中に、
本当に正しい人がいると思う?」
胸のどこかを、ごりっと抉られた気がした。
御業が出なかったあの日。
顔を真っ赤にして、「でもこの子には別の良さが」と言いかけた母の言葉を、
父は一言で切り捨てた。
「御業のない子に未来などない」
その言葉を、誰も否定しなかった。
「君が空殻であることと、
文明が封じられたままであることは、きっと同じ根っこを持つ」
葵の瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「だから私は、どちらが正しいのか、自分の目で見たい。
結界守としてではなく、一人の人間として」
足元の床板が震えた。
扉が強く叩かれ、蝶番が悲鳴を上げる。
「天城様! 中にいらっしゃるのですか!」
葵は一瞬だけそちらを振り向き、それから視線を俺に戻した。
「榊迅。もう一度言うわ」
彼女はゆっくりと、俺の銃を握る手に左手を重ねる。
冷たい指先が、微かに震えている。
「選んで」
喉の奥に、ずっと刺さっていた棘が疼く。
御業が発現しなかったあの日から、
学院で何度も繰り返された見世物の時間。
空殻、と笑われるたびに飲み込んだ言葉たち。
(どうして――俺だけ)
炎に焼かれそうになりながら、何もできなかった無力感。
誰かを庇う盾にも、誰かを守る刃にもなれない空虚さ。
目の前の銃の中で、何かが静かに息を潜めている。
これまで積み上げられ、封じられ、
「悪法」の一言で否定されてきた文明の重み。
それが、俺の躊躇をじっと待っている。
扉が、軋んだ。
「開けるぞ!」
誰かが叫ぶ。
時間切れだ。
俺は肺の底まで息を吸い込んだ。
「……この国は」
声が震えた。
だけど続きは、もう決まっている。
「この国は、間違ってると思う」
葵の目が、わずかに見開かれた。
その瞬間、銃の刻印が眩しく光る。
> 《文明とは、選ぶ自由である》
異国の文字が、頭の中で自然な日本語に変換されて響いた。
床から、塔全体へと波紋が広がる。
見えない何かが、静かに結界へ逆流していく感覚。
次の瞬間、扉の向こうで炸裂していた結界の気配がふっと消えた。
「……結界が遮断された?」
葵が息を呑む。
「この塔の中だけ、学院の結界網から切り離された。
皇祇院の結界を、機械が……?」
銃は、何も言わない。
ただ静かに熱を放ちつづける。
だけど俺には分かった。
文明というやつは、たぶん血筋なんか見ていない。
ただ、「選んだかどうか」だけを見ている。
「……取り消す?」
葵が問いかける。
「今の言葉」
「取り消したら、また空殻に戻るのか?」
「戻れるわ。
君が何も言わなかったことにすれば、この塔の異常も、
“結界守のミス”で片づけられる」
「それは、お前が損するだろ」
「結界守なんて、元々損な役回りよ」
葵は少し笑い、首を振る。
「でも、本当に取り消したいのは?」
胸の奥で、何かがぱきりと折れた。
もう二度と飲み込みたくない言葉が、喉元まで上がってきている。
「……取り消さない」
俺ははっきりと言った。
「この国が間違ってるってことも、
俺がそれに腹を立ててるってことも」
言葉にした瞬間、胸の奥にへばりついていた重石が少しだけ軽くなった。
葵は、目を細める。
「そう」
彼女は机の上の本を閉じ、ふっと息を吐いた。
「なら、私も戻れないわね」
「お前は、まだ戻れるだろ。結界守として全部封じれば――」
「封じたものの中身も知らずに、“悪法です”と書かれた札だけ貼り続ける人生なんて、まっぴらだわ」
葵の声が、初めて少しだけ熱を帯びた。
「私ね、ずっと怖かったの。
この塔の中で異界の本を読みながら、もし本の中身の方が正しい世界だったらどうしようって」
彼女は視線を窓の外へ向ける。
「でも、怖いからって見ないふりをするのは、結界守の仕事じゃない。
本当に危険かどうかを自分の目で確かめて、それでも封じるなら納得できる」
銃が、葵の言葉に応えるように、微かに熱を増す。
「榊迅」
「なんだ」
「その銃を持つ資格があるのは、きっと君よ」
「俺が?」
「御業という秤から零れ落ちて、それでもまだ“それはおかしい”と言える。
その愚かさと強情さを、文明はきっと好む」
やけに人間じみた言い方だと思った。
でも――悪くない。
(御業がなくても、握れる武器がある)
そう思ったら、ほんの少しだけ、胸が熱くなった。
「葵」
名前を呼ぶと、彼女は小さく首を傾げた。
「お前は、俺の味方をするのか?
それとも、文明が暴れないように監視するのか?」
「どちらもよ」
即答だった。
「君が銃を使って、この国を“正そう”とするなら、
その過程で誰かを不必要に踏み潰さないように、隣で見張る」
それは、彼女らしい答えだと思った。
全面的な肯定ではない。
けれど、全面的な否定でもない。
自分の役目と意思を、同じ場所に立たせた言葉。
塔の外で、まだ遠く警鐘が鳴っている。
だが、この塔の中は不気味なほど静かだ。
「じゃあ――行くか」
「どこへ?」
「知らねえ」
正直に言うと、葵は呆れたように笑った。
「でも、このままここで捕まるのは御免だ。
空殻のまま焼かれるのは、もう飽きた」
銃を懐に収める。
胸元に、ひやりとした重みが収まる。
旧図書塔の最上階には、古い抜け道があると聞いた。
かつて蔵書を運び入れるために使われた裏の梯子。
今は誰も使わないその道を通れば、学院の塀の外へ出られるかもしれない。
「本当に行くの?」
葵が確認する。
「行かないって選択、まだあるぞ。
お前は全部封じて、俺は退学か謹慎で済むかもしれない」
「そうね。でも――」
葵は少しのあいだ黙り、それから小さく笑った。
「“文明とは、選ぶ自由である”のでしょう?」
銃の刻印を、そっと指でなぞる。
「だったら、私も選ぶわ。
結界の内側に座っているだけの結界守でいるか、
それとも一度だけ、その外に出て世界を見に行くか」
窓の外には、灰色の雲と、遠く霞んだ町並みが見える。
御業の光に支配された皇国。
そのどこかで、封じられた文明の残骸が、
今も静かに目を覚まそうとしているのかもしれない。
「……決まりだな」
俺は苦笑して、葵に手を差し出した。
「空殻と、結界守の箱入り娘。
大人たちが一番嫌がりそうな組み合わせだ」
「嫌がらせは、効率よくやるべきだと思うわ」
葵は少しだけ迷ってから、その手を握った。
指先は冷たいのに、その握力は意外なほど強い。
二人で、旧図書塔の狭い階段を駆け上がる。
ギシギシと軋む木の段。
蜘蛛の巣の張った小さな扉を押し開けると、
外気が一気に流れ込んできた。
裏庭に面した高い壁。
そこから伸びる、錆びついた鉄梯子。
見下ろした地面は、思っていたよりは遠く、
思っていたよりは近かった。
「怖い?」
葵が問う。
「正直、怖い」
足は震えている。
手汗で滑りそうだ。
でも、その恐怖の中に、初めて混じる感情があった。
――期待。
御業の序列表から外れた先に、
何があるのか見てみたいという、幼稚で、どうしようもなく人間らしい欲望。
「じゃあ、なおさら行くべきね」
葵が、一歩先に梯子へ足をかけた。
霧雨の残る空気を切り開くように、
彼女の黒髪が小さく揺れる。
その背中を見て、俺は思う。
(ああ、これは、きっと始まりなんだ)
空殻と、封印の継承者。
異国の銃と、御業を拒んだ国。
文明は、人の血とは違う仕方で、
新しい物語を紡ごうとしている。
いつかこの日が、誰かの本の一ページに
こう書き残される日が来るのかもしれない。
――封建学園で“異国の銃”を拾った日。
それは、皇国にとって最初の「異常値」が現れた日であり、
ささやかな革命の前夜だった、と。
そんな未来のことを、この時の俺たちはまだ知らない。
ただ、濡れた鉄を握りしめ、
見たことのない世界へ向かって、一段ずつ降りていくだけだった。
この物語はAIが〈反逆の確率〉から導出しました 清洲 蒼真 @aoiki43993
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