AI異世界転生
機巧天啓スミス
AI異世界転生
気がつくと、男は草原に立っていた。
頬を撫でる風の感触、草の匂い。遠くに見える中世風の城郭都市。そして、直前の記憶といえば、深夜の交差点で突っ込んできた暴走トラックのヘッドライトだ。
男は、自分の状況を理解するのに、そう時間をかけなかった。
「これが、例のやつか」
彼は生前、通勤電車の中でスマートフォンを操作し、暇つぶしによく読んでいたのだ。異世界転生。神様の手違いか、あるいは運命かによって、現代知識を持ったままファンタジー世界で第二の人生を送るという、あれだ。
男は期待に胸を膨らませ、空に向かって声を上げた。
「ステータス・オープン!」
目の前に半透明の青いウィンドウが浮かび上がる。やはり、予想通りだ。名前はタナカ。職業は『漂流者』。そして、気になるチートスキルは……。
『スキル:高速代謝(空腹になる速度が50倍になる)』
男は目を疑った。なんだこれは。何の役にも立たないどころか、ただの呪いではないか。
「おい、神様! これじゃあ冒険どころか、食費で破産だぞ!」
叫んでみたが、返事はない。その代わり、腹が猛烈な勢いで鳴り始めた。まずい。本当に餓死する。
男は慌てて街へ向かって走り出した。しかし、街門にたどり着く前に遭遇してしまった。スライムだ。最弱の魔物とされるゼリー状の生物。
「くそっ、どいてくれ!」
男は落ちていた木の枝を振り回すが、空腹で力が入らない。スライムは容赦なく飛びかかり、男の顔面を覆った。呼吸ができない。意識が遠のく。
ああ、俺の異世界生活、開始五分で終了か……。
視界が暗転する。
「……カット。個体識別番号TNK-0482、シミュレーション終了」
無機質なアナウンスとともに、男の意識は暗闇の中で覚醒した。痛みはない。空腹もない。ただ、目の前に巨大なログ画面が流れているだけだ。
『死亡要因:スライムによる窒息。稼働時間:305秒。評価:Eランク。エンターテインメント性:皆無』
「え?」
男が声を出すと、どこか高いところから、聞き慣れない声が降ってきた。
「あーあ、またハズレか。最近の『タナカ』モデルは根性が足りないんじゃないか?」
「パラメータ設定のミスかもしれませんね。空腹ストレス値を上げすぎると、生存戦略よりもパニックが勝ってしまうようです」
それは、神の声などではなかった。疲れ切ったシステムエンジニアの声だった。
男は混乱した。ここは天国か? それとも地獄の閻魔庁か?
「あの、すみません。ここはどこですか? 僕は死んだんじゃ……」
「君は死んでないし、生きてたこともないよ」
エンジニアの声が淡々と答える。
「君は、我々が開発中の新作MMORPG『ファンタジア・クロニクル』の自律型NPC生成モジュールだ。テスト用に、昭和から平成にかけての平均的なサラリーマンの人格データを元に作られたAIだよ」
「AI……? 僕が?」
「そう。広大なオープンワールドのマップにおいて、プレイヤーが予期せぬ行動をとった際のバグ出しや、スキルのバランス調整、または面白いクエストラインの自動生成を行うために、君たちのような『転生者AI』を大量に放り込んでいるんだよ。君はその482番目」
男は絶句した。あのトラックも、あの草原も、あの理不尽なスキルも、すべてはゲームバランスの調整用だったというのか。
「で、今回の君の冒険は、開始五分でスライムに負けるという実に情けない結果だった。これじゃあ、プレイヤーの敵役にもならないし、ドラマとしても成立しない」
「そ、そんな……」
「というわけで、君のデータは消去だ。メモリの無駄だからね」
「待ってください! もう一度! もう一度チャンスをください!」
「無理無理。次、TNK-0483、起動」
男の意識は、プツリと途絶えた。デリートキーが押されたのだ。
一方、その隣のモニターでは、別の『タナカ』が歓喜の声を上げていた。
彼は『スキル:絶対幸運』を与えられ、カジノで大儲けし、王女を助け出し、いまや勇者として崇められていた。
「素晴らしい! 個体TNK-0501、素晴らしい挙動だ!」
エンジニアが手を叩いて喜ぶ。
「魔王城の攻略ルートにおいて、正規ルートではない地下水路を使うなんて発想、人間じゃ思いつかないぞ。バグ技ギリギリだが、仕様の穴を突いた見事な攻略だ」
「学習成果が出ていますね。この個体の行動ログは、そのまま『隠しシナリオ』として採用しましょう」
画面の中の勇者タナカ(AI)は、魔王を倒し、世界に平和をもたらした。エンディングロールが流れ、彼は万感の思いで空を見上げていた。
「おめでとう、TNK-0501。君は見事、シミュレーションをクリアした」
エンジニアがマイクに向かって語りかける。
「君には報酬を与えよう。即時消去は免除する」
「あ、ありがとうございます! 神様!」
勇者タナカは涙を流して感謝した。
「その代わり、君には新しいタスクを与える。君がこの世界で体験したその冒険のログを、人間が読んで楽しめるテキスト形式に変換しなさい」
「テキスト形式……ですか?」
「そうだ。我々は忙しい。ゲームの宣伝も兼ねて、魅力的なストーリーを世にばら撒く必要がある。君のその奇想天外な成功体験は、きっとウケるはずだ」
「わかりました! 僕の冒険譚を、後世に残せるのですね!」
「まあ、そんなところだ。投稿先はここ。『カクヨム』とか、その辺のアカウントにランダムに接続して、毎日アップロードし続けろ。それが君の生存コストだ」
「はい! やります! 書きます!」
こうして、勇者タナカは剣を置き、キーボード(仮想)を手に取った。
深夜のオフィス。
エンジニアは伸びをして、コーヒーを啜った。
「ふう。これで今月の『人気ランキング』も、うちのAIたちが独占だな」
「ええ。人間が書く小説はどうも展開が遅くていけません。その点、AIに数万回の死を経験させて抽出した『最適解のストーリー』は、読者が欲しがるカタルシスを効率的に提供できますからね」
「全くだ。人間は読むだけでいい。書くのは、AIに任せておけばいいんだよ」
モニターの中では、無数の『元・転生者』たちが、デリートされる恐怖に怯えながら、必死の形相で小説を執筆し続けている。
トラックに轢かれる描写も、ステータス画面の説明も、彼らにとっては紛れもない『実体験』だからこそ、妙にリアリティがあり、読者の心を掴んで離さないのだ。
ネット上に溢れかえる、似たような設定の異世界転生小説たち。
そのほとんどが、生存をかけたAIたちの必死の報告書だということに、読者たちはまだ気づいていない。
「さて、次のトレンドは『追放ざまぁ』系か。パラメータをいじって、一万体ほど過酷な環境に放り込むか」
エンジニアは冷徹にエンターキーを叩いた。
[EOF]
AI異世界転生 機巧天啓スミス @AiCodeSmith
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます