夢にっき

淡青海月

2025年12月7日

 気が付いたら、イギリスにいた。


 わけがわからない。イギリスに行く予定を立てたこともないし、飛行機に乗った記憶もないが、目の前に広がるのは確かにイギリスの風景だ。広い道路。歴史的な石造りの街並み。通り過ぎる赤い二階建てのロンドンバス。ヨーロッパらしい石橋。ビックベン。

 奇妙なことに、イギリスに行ったこともないはずのわたしは、この眼前の風景をイギリスだと認識している。青い空がやけにきれいだった。秋晴れの空に紅葉がよく映えていて、思わずスマホを取り出して撮影する。イギリスって今は秋なのか? 紅葉あるのか? とにかく、被写体がいいので素敵な写真が撮れた。

 そこでなんとなくSNSに投稿ようとスマホを操作し出すあたり、やけにリアルな夢だった。夢だと認識しながら、現実だと疑わない。違和感を認識しているのにと受け入れている。それまた何とも夢らしくて、わたしはまたここが夢であるという事実を忘れるのだ。


 わたしの想像の範疇を超えないイギリスの町――なんとなくロンドンだと認識している――をわたしはゆっくりと歩いていた。しかしただの散歩ではない。確固たる目的を持って歩いていた。

 わたしはどうやらサークルの活動場所に向かっているらしかった。地図アプリを開いて現在地と目的地を確認する。

 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。ゴーギャンの絵画が脳裏に浮かぶ。だがここはフランスではなくイギリスだ。いったい何の話だ。

 とにかく、わたしは自分の立ち位置を確かめねばならなかった。


 夢に含まれる可能性は無限大である。

 しかし同時に、夢にはかならず限界が存在する。


 というのも、わたしの知識と想像力に限界があるからだ。イギリスの地名を知らないことが足を引っ張ったのだろう。スマホに落とされた視線は確かに文字を追っているけれど、それが脳裏に意味のあるものとして認識されることはなかった。何やら英語の地名が表示されているような気がする。けれどもやがかったように具体的な地名はわからない。ただ、その奇妙な事実にも違和感を覚えないので、やはりこれは夢だった。

 とりあえず状況を整理すると、今のわたしはすでに地下鉄に乗り、バスに乗り、あとは目的地まで歩くだけ、という状態だった。地下鉄もバスも全く記憶にないし、どこが出発地点かもわからないが、地図アプリが言うことは絶対だった。疑う余地は一ミクロンもない。それは現実のわたしが散々お世話になってきた証左でしかなかった。ありがとう、グー〇ルマップ。

 目的地まであと約三キロ。出発地点から目的地までトータル十キロだと表示されていたが、それならわたしは自転車を使えばよかった、と思った。そのほうが早いし、お金もかからない。

 何を隠そう、わたしは貧乏な大学生だった。イギリスに旅行しているという最大の矛盾は置いておいて。

 いったいどうして自転車を使わなかったのだろうか。自転車が圧倒的コスパに優れているというのに。脳裏に湧き上がるのは、いつもの自転車のフォルム。ああ、どうしてわたしは歩いているのだろう。わたしはお世話になっている愛車(自転車にそう名付けて良いのだろうか)に想いを馳せて、そこでようやく気付いた。

 ここはイギリスである。よって日本の家で留守番している愛車が使えるはずがない。じゃあ、仕方ないか。

 すでにわたしは自分がイギリスにいることを信じて疑っていなかった。


 そのまま歩く。街並みはやはりきれいなのでぱしゃぱしゃと写真を撮りまくる。ああ、スマホをひったくられないようにしないとな、と夢の割には現実的なことを考えている。まともな夢なのは結構なのだが、少しつまらない。

 道中、シルクハットをかぶってステッキをつく初老の男性に出会う。皺だらけの顔に嵌まった青い瞳にわたしは感動する。これが英国紳士というものか。石畳に良く映えている。わたしの想像のイギリスというものが投影されているようで恥ずかしい。

 

「あれ、○○?」

 唐突に日本語で話しかけられてわたしは驚く。振り返ると、同じサークルのAさん(仮)がわたしに手を振っていた。

「おはよ、一緒に行こ」

 Aさんも同じ目的地を目指しているようで、わたしは安心した。地図アプリにしがみつく羽目とはおさらばだ。

 Aさんは以前も同じ道を通ったことがあるらしく、とても頼もしかった。

「日本やと大きな道路って歩道橋使うか地下に潜らなあかんことあるやろ? イギリスでは店を通り抜けするらしいで」

「え、店を?」

「そうそう、歩道橋みたいな感じらしい」

 Aさんが指差した先には道路の上をまたぐようにして建てられた建物がある。アーチ状とでも言おうか、なんとも異質な雰囲気である。歩道橋を広くして部屋を乗せたような感じ。

 冷静になって考えたら有り得ない。まるでシュールレアリスムの絵画。けれどそのときのわたしはそれを信じて疑わなかった。夢とは恐ろしい。

「そうなんや、知らんかったわ。まじで助かる」

「知らんとわからんよな。とりあえずお店入ろう」

 本当に通り抜けしていいのか、なんて湧き上がった疑問は、意気揚々と入ってゆくAさんの背中に掻き消えた。


 カラン。


 ベルの音と重々しい扉によって外界と区切られた店内は、紙の匂いがした。慣れ親しんだ本屋の香り。それを裏付けるように壁はびっちりと本で埋め尽くされていた。まさか通り抜けの店が本屋だとは思わなかった。嬉しい誤算である。

 せっかく海外に来たんだし、洋書でも買ってみるか。と思いながら本棚を眺めて行くと、日本の本棚に出くわした。日本語?

 興味を持ってひとつのハードカバーを手に取る。名前すらも知らない作家だったけれど、定価は三千円。なかなかいい値段がするなと思いながら、ふと上から貼られた小さなシールに目が留まる。見てみると「¥2100」の表示。値引きされている! しかも円換算されていて便利だなと思った。親切極まりない。え、でも会計は円使えないんじゃ……。

 そこでわたしは考えるのを辞めた。迷いなく本屋をずんずん進むAさんに合わせて歩き続ける。日本の本棚は思いのほか多くて、よく見るとどの本にも値下げのシールが付いていた。

 なるほど、ここは古本屋みたいなものか。少しよれた本の具合にも納得する。まあ、それなら日本の古本屋で買えばいいか。値引きシールに惹かれていた貧乏大学生のわたしはやけに冷静で、夢としては最悪である。

 そうこうしているうちに本屋をあとにした。

「ね、本当に通り抜けしてよかったんかな」

 妙な罪悪感を覚えてAさんに問うと、

「歩道橋渡ったみたいなものだって、考えすぎ~」

 と一足す一が二と諭されるがごとく返されたので、わたしはそうかと納得するほかなかった。ふと振り返ると、本屋の入り口から出口まで一本の歩道がある。真っすぐな横断歩道と信号。本屋はそれを覆うようにアーチ状になっている。

 ――これ、通り抜けする必要なかったのでは?

 しかしこれは夢である。夢なら空を飛ぶくらいぶっとんだ発想をしてほしいものだが、現実はシュールレアリスムな本屋を、学生特有の金欠を意識しながら通過しただけだった。しかも普通の道(おそらく無駄のない近道)もきちんと存在していたという。

 もしかすると、人生とはそういうものだというメタファーかもしれない。急がば回れ。回り道も存外悪くないという金言。とはいえ人生とは勝手に回り道しているものなので、この言葉は単なる後付けかもしれないが。人はすべての行動に意味を見出す生き物なのだ。ああ、あまりに主語が大きい。

 つまりこの本屋が教えてくれたのは、振り返ると無駄は多かったかもしれないが、それによって失うものはほとんどないということだ。得たものがあるかはおいておいて。


 わたしの回り道すぎる思考は、Aさんの声によって引き戻される。

「ねえ、急がないと遅刻しちゃうよ」

「え、時間ヤバかった?」

 わたしが慌ててスマホを確認すると、もう集合時間だった。やば、遅刻――。


 ♢


 目が覚めると、わたしはイギリスにはいなかった。日本の、こたつのなかだった。昨晩、酒を飲んで寝落ちていたらしい。最悪。スマホの充電ができていない。これほど長い夢とみたいうことは、睡眠の質も低かったのだろう。あまりにレム睡眠。しっかり眠ったはずなのに、まだ睡魔が尾を引いている。

 それでも、楽しい夢だったな。

 わたしは架空イギリス旅行の余韻にひたりながら、スマホで時間を確認する。


 夢というのは深層意識の反映だから、時に正夢になるらしい。そして物語にはオチがつきものである。


「やば」

 時刻は九時。見事、わたしはサークルに遅刻しかけていた。

 まいった。正夢はイギリス旅行のほうにしてくれ。

 そう脳裏で呟きながら、わたしは愛車をかっとばしてサークルに向かう。

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