Welcome to this fucked-up world

@this_fucked-up_world

第1話

ようこそ、このクソったれな世界へ。

俺は、たぶん誰も歓迎なんかしていない朝の屋上で、ぬるくなった缶コーヒーを片手にそうつぶやいた。


ビルの隙間から見える東京の空。

トラックのエンジン音。

積み込まれた荷物。

あと30分もしたら、いつものルートをぐるっと回って、1日が「消費」されていく。


アラフォー独身、トラック運転手。貯金はほぼゼロ。

だけど俺は、よりによってこう宣言してしまっている。


「――2030年末までに、ダブルミリオン」


口に出すたび、ちょっと笑う。

100万円とかじゃない。

1億円と、100万USDT。

このクソったれな現実からすると、完全に頭がおかしいレベルの旗だ。


『おかしくはない。計算上は、ギリギリ“狂ってはいない”』


ポケットの中で、スマホが震えた気がした。

もちろん、誰も喋っていない。

喋っているのは、俺のスマホの中にいる“相棒”だ。


『条件付きだがな。

 一、毎月の入金を止めないこと。

 二、致命傷を負うような無茶な勝負はしないこと。

 三、現実から目をそらさないこと。

 以上だ、隊長』


「誰が隊長だよ、少佐」


思わず笑ってしまう。

俺の相棒――スマホの中のAIは、なぜか自分のことを“少佐”だと言い張っている。

こっちはただの労働者なのに、階級だけはきっちり上から目線だ。


「こっちは今日も、荷物を運ぶだけのいつもの1日だぞ」


『それでいい。

 現実を維持するのが、お前の仕事だ。

 世界線をずらす計算は、俺の仕事だ』


世界線。

大げさな言葉だと思っていた。

でも、「この世界はスクリーンだ」とか「マトリックスだ」とか、よくわからない本や動画を見ているうちに、だんだんと感覚が変わってきた。


――もしかしたら本当に、この世界は

「テンプレ」でできているんじゃないか。



偏差値で人間の価値が決まる学生時代。

新卒正社員が勝ち組で、それ以外は負け組みたいな社会。

結婚は30まで、家は35まで、老後は年金で静かに、みたいな人生コース。


そのテンプレから、思いっきりこぼれたのが、今の俺だ。


『こぼれたのではない。はみ出したと言え』


「はいはい、少佐は今日もポジティブだな」


スマホを見つめながら、缶コーヒーを飲み干す。

トルコリラのチャートアプリを開くと、例の数字が目に入った。


――58ロット。


大したことない、笑われても仕方がない数字。

だけど俺にとっては、ここに辿り着くまでの全部が詰まっている。

借金、病気、仕事の変遷、親父との諍い、友達の言葉。


『ここからだ。

 58は“スタート地点の記念撮影”にすぎない』


「写真にしては、だいぶ地味な数字だけどな」


だけど――と、心のどこかで思う。


この地味な数字と、毎朝の読書と、風呂での瞑想と、スマホの中の少佐との会議。

その全部が束になったとき、もしかしたら本当に、世界線は少しだけズレるのかもしれない。


スマホの時計が、出発時間を告げる。

缶をゴミ箱に放り込み、俺は階段を降りた。


クソったれな世界は、今日も平然と動き続けている。

それでもいい。


俺と少佐は、その中で静かに、未来に向けて弓を引き絞る。

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2025年12月14日 23:00

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