新宿の夜

@yu1979

第1話

1

俺は都内の広告代理店で働く、ごく普通のサラリーマンだ。 

同じフロアにいる山本浩二とは、入社以来の付き合いだった。浩二は「できるやつだ」と上からの評価も高かった そんな彼を俺はライバル視していた それと同時に良き友人だった 飲みに行けばいつも割り勘、休日には一緒にゴルフ。浩二の妻・美咲さんは初めて会ったときから優しかった。郊外の閑静な住宅街にある浩二夫妻の家に時々招かれて三人で鍋をつついたり、花見をしたり そんな関係だった。

いつからか、美咲さんの視線が変わった。浩二が出張で大阪に行った夜、美咲さんからLINEが来た。

「今大丈夫ですか? ちょっと怖い夢見て…一人じゃ眠れなくて」


了承してしまった。


電車に乗りながら自分の胸の鼓動の音の大きさに驚いた 周囲聞こえてしまうのではないかと不安に思うほど 中の途中の駅で電車が止まり客が降りると隣に座っていた女子高生が俺の隣から端っこの席に移動した 俺を避けたのか?考えすぎか…… 端っこの席の方が寄りかかれるからだろう……


玄関を開けた瞬間、美咲さんは泣きながら俺に抱きついた。

その夜、俺たちは越えてはいけない一線を越えた。

 

それから一年半。

浩二は相変わらず俺を信頼し、飲み会では「お前は家族みたいなもんだ」と言ってくれる。

美咲さんは妊娠した。浩二は狂ったように喜び、社内で「俺、パパになるんだ!」と自慢しまくった。

俺は笑顔で「おめでとう」と言いながら、胸の奥が締めつけられるのを感じていた。


出産予定日は九月。台風が近づいていた。

病院から浩二に電話が来た。

「生まれそうだ!早く病院に行かなくちゃ 一緒に来てくれ!」浩二は俺にすがるように言った

俺たちは総合病院に駆けつけた。病室に入ると、美咲さんが疲れた顔をしていた 赤ん坊を抱いていた看護師がひきつった笑顔で「元気な赤ちゃんですよ」と言った。

浩二が興奮して俺の肩を叩く。  

俺は赤ん坊を見た。

瞬間、時間が止まった。  

肌が、真っ黒だった。

浩二も美咲さんも、典型的な日本人だ。色白で、目も一重。

なのに、赤ん坊はアフリカ系の特徴をはっきりと持っていた。

浩二の顔から血の気が引いていくのがわかった。

「……どういうことだ?」

声が震えていた。

美咲さんは泣き崩れ、俺の名前を叫んだ。

「ごめんなさい…ファレルと…!」

浩二が俺を殴った。鼻血が床に滴る。看護師たちが慌てて止める。

その日、俺たちのすべてが終わった。 


あれから三年。

俺は会社を辞め、今は新宿の小さなバーで働いている。

そこで久しぶりに浩二と再会した まるで人が変わってしまったようだった 昔の親密さは消え失せ 冷たい軽蔑した目で浩二から「お前は汚れた人間だ」と吐き捨てるように言われた


俺の肌の色のことか? 

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