独覚女と夢使い-二人の距離編-

夢月 愁

独覚女と夢使い「二人の距離」編


 



 :二人の距離

 



 復興して、活気を取り戻した「六道区」の賑わいを見せる商店街で「独覚女」新山星美と「夢使い」冬川誠二は二人で「自発的なパトロール」に出ていた。


 活気づいて明るく行きかう人々をみて、ゆったりとした白装束に兜巾をかぶり、八角棒を右手にもった新山星美は、同僚の、黒いTシャツに青いジーンズ姿の冬川誠二に言う。健康的な彼女らしい明るい口調で。


 「六道区もすっかり前の状態に戻ったわね」


 「そうだね。流石に、完璧に元通りとはいかないけど」


 誠二はそう答えるが、彼は現状をそれほど悪く思っていない「完璧」は突き詰めるときりがない一面があると、彼は知っているから。そして、こうも口にする。


 「セリーヌさんの、陣頭指揮が効いたね。彼女は「ケイオスの姫」だけど、ここは感謝すべきだろう」


 -そう、敵対している組織「ケイオス」の「姫」に当たるセリーヌは、贖罪の為に、組織を離反して、六道区の復興に手を貸したのだ。護衛の大刀使いの大男ゼイギルと共に。


 噂をすれば、影というべきか、二人が商店街を進んでいると、仲睦まじそうなセリーヌとゼイギルと鉢合わせる。


 「あら、貴女達もデートですか?奇遇ですね」


 にこやかに会釈して言うセリーヌ。長い金髪に碧眼の、刺繍の入った赤いドレスを纏ったこの女性に、星美も会釈を返しつつ、これに少し顔を赤くして反論する。


 「デートじゃないわよ。自発的な街のパトロールよ」


 …実際にはデートといっても変わらないのだが、星美は人に聞かれるたびにこの苦しい「言い訳」を返している。


 「そうなのね。あまり「彼」とはうまくいってないの?残念ね。まあ、頑張って口説きなさい。さあ行きましょう。ゼイギル」


 その今は「ロウガード」の一般仕様の白地に青いラインのスーツを着て大刀を佩いた、山賊顔の大男「ゼイギル」は誠二にこっそり耳打ちをしていた。


 「…誠二、男はもう少し押しが強いほうがいいぞ。本気で彼女を落したいのならな」


 そして、セリーヌに呼ばれると、彼女の側にもどり、楽しそうに、そして幸せそうに、ベタつきながら商店街を去って行った。


 それを見て、何か釈然としない気持ちになった星美は、少し考えを巡らしている風の誠二をつかまえて、こう告げる。


 「今日はもう何もなさそうだし、私達も、たまには「デート」しましょうか」


 笑顔で言う星美。だが、誠二は嬉しい反面、これに違和感を覚えた。


 (これ、絶対セリーヌさんへの対抗意識だよなあ…)


 誠二にはそうも取れた。それを証拠に、星美の眼が笑っていない。


 「でも、デートって、どこでなにをするのさ?」


 誠二の言に、星美は商店街の本屋に走り、一つの冊子を買ってくる。


 冊子には「デートの基本」と書かれていた…。



             ☆


 「まずは映画館ね。ラブシーンのある恋愛物が定番らしいわよ」


 星美は誠二を映画館に誘う。


 …しかし、その映画は、確かにいい話ではあったが、主人公とヒロインが、ベッドで激しく求めあうラブシーンがあり、そのシーンに入ると、異性に免疫の低い二人は、時間的には短いが大画面で繰り広げられるそれを見て、顔を紅く染めた。


 (これは少し、観る映画の選択、間違ったかも…)


 星美も誠二もそう思ったが、その映画はストーリー自体は秀逸な物であったので、結局最後まで見て終えた。


 不覚にも内容よりも、ラブシーンが激しく焼き付いた二人だが、星美は気を取り直して冊子を見ると、誠二を喫茶店に誘った。


 「どうやら、喫茶店で、映画の感想を飲食しながら語り合うのがいいらしいわね」と言って。


 …星美が選んだのは、白色を地盤に、青で彩られた清潔な店内の喫茶店で、白のテーブル席に対面するように二人は座ると、店員に飲み物を注文して、映画の内容について語り合う。


 二人は、賢明にも、ラブシーンの所は省略して、会話を楽しんだ。


 「あの主人公とヒロイン、素敵だったわね。運命に導かれて、強く惹かれ合うところとかね」


 星美のその映画の感想に、誠二はうんうんと頷く。


 「そうだね。でも、運命とかでなくても、俺は星美さんといられればそれでいいけど」


 平然と、素の表情で語る誠二。


 「…」


 この直球の好意とも取れる発言に、星美は赤くなって無言。誠二のほうは至ってにこやか。この場は少し二人のムードになる。


 リリリリリリリ…。


 しかし、なかなか現実は甘くなく、ムードを崩すように、誠二のケータイのベル音が鳴る。誠二は素早く応答した。


 「え、夢人さん?八卦庵に依頼が?わかりました」


 誠二はケータイを手早く切ると星美にデートの終わりを告げる。


 「星美さん、夢人さんから。八卦庵で任務だって」


 誠二の言には、残念な響きがあったが、誠二も星美も、任務で報酬をもらっている「プロの対魔霊師」なので、星美も「分かったわ。行きましょう」と素早く気持ちを切り替える。


 そして二人は、手早く喫茶店の支払いを済ませて、商店街から装飾されたアーチをくぐって中華街に入り、彼らの拠点である、八卦庵に向かった。


              ☆


 そして、八角形の造りの赤色に黒で補色された「八卦庵」につくと、客もまばらな店内に入り、看板娘の緑蘭に地下に案内されて、灰色の地下駐車場を改装した、彼らの「拠点」へと辿りついた。


 そこでは、他の対魔霊師はおらず、この六道区の「担当」である、黒いつばのついた帽子に、バーテンダーのような黒服を着た「夢人」が、古い掛け時計-大きな、下部に丸い振り子のついたもの-を片手に立っていた。


 『来たね。ご両人。早速任務の話にに入ろうか。どうやら、この振り子のついた、掛け時計「魔霊」がついているようなんだ。話では、妙齢の女性が、別れた男から貰ったものだが、男の「念」がこもっていてね。しかけてもいないのに、夜ごと音を鳴らして彼女を起こすというんだ』


 夢人がそれをどん、と横向きに置く。かなり古い物のようで、僅かに負の霊気を纏っている。


 『強い霊気ではありませんね。じゃあ、今日は俺が「レイダイブ」して、様子を見て来ます』


 誠二がいい、星美と夢人が了解すると、誠二は身体を星美に預けて眼をつむり、体の力を抜いて、その「霊体」だけを件の「掛け時計の精神世界」へと送った。


              ☆


 「レイダイブ」は「フルダイブ」と違い、大きな力は出せないが「魔霊」にやられても、即死する事はない。無論多少の反動的ショックは受けるが。 


 その掛け時計の精神世界は、ほの暗い空間で、多数の掛け時計か立ち並び、それらがゴーン、ゴーンと鳴っている。


 それはまるで、女と別れられた男の無念と執着を代弁して、それを弾劾するかのような響きに誠二には感じとれた。


 そして、霊気の元を辿ると、初老の黒い帽子の紳士服の男が苦悩しているのが視え、この男は、誠二に気付くと、こう告げる。


 「私は、彼女を愛していた。彼女も、私を愛していた。しかし彼女は私を裏切り、他に男を作った。これを呪って何が悪い」


 誠二は答える。


 「それは、あなたが思うほどに、彼女に愛されていなかったんじゃないか?」


 …でないと、他に男を作る理由が見つからない。と誠二は純粋に思った。


 初老の紳士は、かっ、と眼を見開いて言う。


 「ではお前は、あの修験者の女に、他に男ができたら、指をくわえてみているのか!」


 …痛い所を突いてくる。と誠二は思った。しかし、彼の思うところは少し違った。


 「仮にそうなって、星美さんが俺から離れたとしても、それが星美さんの本気の選択なら、俺は泣きはらしてでも、それを受け入れて祝福する。少なくとも、あなたと同じようにはならない」


 それは、彼の強い意思の現れで、初老の男は少し怯んだ。


 初老の男は「なら、もう語るべきことはないな」といい、自らの服をバリバリと破り、異形の人狼に変化した。


 誠二は素早く「夢使いの召喚術」を使う。


 『我は求め、召喚する…「白刃の魔霊斬師、セシル」!』


 誠二の目の前に光る魔法陣が現れ、和風の白い着物を着た、長い白髪を後ろでまとめた女侍が姿を現す。


 -このセシルは、魔霊を狩る事を使命としており、その為には、自ら率先して戦う事もしばしばある。


 中性的な美人とも言える彼女は、二刀の刀を腰に佩いて、その片方に手をかけて言う。


 『全く、さっきから聞いていれば、そこの人狼は泣き言が多いね。女に振られて「魔霊化」して、情けないとはおもわないのかい?主殿、斬っちゃっていいわよね?』


 このセシルの言に、反応したのは異形の人狼だった。


 『女の姿の「使い魔」か。お前に何が分かる!お前など、主に使える「人形」ではないか!』


 異形の人狼が、吠える。それは、聞く者の魂を削るかのような叫びだった。


 セシルはこれに、反じてきっとなる。


 「…否定はしないけどね。でも主殿は、私達に分け隔てなく優しくしてくれる。そして、大事にしてくれる。私にはそれで、充分なんだ」


 そして、セシルは、異形の人狼に向かって駆ける。


 「ご託はここまで!魔霊に容赦はしない主義でね」


 セシルは異形の人狼に、一気に間合いを詰めると、閃光のような居合斬りをする。


 その閃く白刃で、異形の人狼の首が飛び、青い血が噴き出て、異形の人狼の身体は蒸発するように消滅する。


 パチン、とセシルが刀を鞘に納めて言う。


 『冥府でしっかり反省しなよ』と。


 ふう、とこれを見届けた誠二は息をついた。そしてセシルに礼を言う。


 「ありがとうな、セシル。もう撤収していいよ」


 「ああ、また困ったら呼んでくれ!」


 そうして、セシルは、かき消えるようにこの空間から「撤収」する。


 そして、この時計の空間は、闇が晴れたようで光が差し、沢山あった掛け時計も消えていた。


 誠二も、それを見届けて、自分の「実体」に意識を移して「撤収」する。


 そして、肉体にもどりつつ、誠二は、星美に他に誰か大事な人ができても、決してああはなるまいと心に決めた。


                      

              ☆


 実体に戻った誠二を待っていたのは、星美の苦言だった。


 星美には全部「視えて」いたようで、真顔で誠二にこう告げる。


 「安心しなさい。よほどの無茶をしないかぎり、私はあなたを見捨てたりしないから」


 誠二もこれに応える。


 「うん、でも、俺は星美さんの意思を尊重するよ。もし仮に誰かほかに大事な人ができても、俺は恨まない、祝福する。でもいつか、俺の事を選んでくれると、とても嬉しい」



 再び、二人のムードになるが、それに割り込む声がある。任務を依頼した夢人だ。


 「え~と、僕の目の前でそんなに、のろけられても困るんだけどね…」


 …そして、夢人は「報酬はきちんと振り込んでおくよ」と二人に告げて、この場は解散となった。


 二人は住んでいる、六道区の住宅街にある「ロウガード」管轄の宿舎に帰路についた。


 そして、それぞれの階も部屋も分かれているので、その宿舎に入るまえに、星美は誠二にある「贈り物」をした。


 それは、紫色の平たい小袋だった。


「これは…御守り札?」


 星美は顔を赤くして頷く。


 「喫茶店の後で、公園で渡そうと思ってたのよ。私の手作りで、それほど霊験のあるものじゃないけど」


 誠二は、邪気の無い笑顔で、それを受け取る。


 「ありがとう。大切にするよ」


 そうして、二人はそれぞれ宿舎の自分の部屋に帰った。


 

              ☆


 誠二は、インスタント麺の軽い夕食を摂ると部屋着に着替えて、本や雑貨でカオスになっている自分の部屋の、かろうじてマシな状態のベッドの上で横になる。


 …そしてしばしの休息を取ることにした。


 (…明日も星美さんは変わらず側にいてくれるだろうか…)


 …自分に微笑む彼女の姿を「夢想」しつつ、誠二は寝息をたてて「夢使い」の彼らしく、幸せそうに「夢の世界」に入っていった…。


 




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