すたうろらいと・でぃすくーる

たけりゅぬ

破滅の学園

7月、朝から異常に暑かった。


開け放たれた教室の窓からは夏の青い空に入道雲が沸き立っているのが見えていた。


2限目の退屈な業間休み、窓際の席で外を見ながら、


「ショウ、今日は何かが起こるよ」


 俺の手をしっかり握ったシメ子が言った。


〆子とは、朝に家まで迎えに行ってから夕方送り届けるまでずっと手を握りっぱなしだ。


「何か?」


「うん」


 実は〆子は声を出していない。


俺は「耳を澄ます」スキルで〆子の声を聞いている。


ただ、〆子は俺がどこまで聞こえるか分かってないから、


時々しれっときわどいことを言ったりする。


「命にかかわるようなことがね」


 その時、


ど、どーーーーーーん!


凄まじい轟音で教室の窓がビシビシと鳴り、地響きとともに校舎が揺れた。


名前だけはのどかな私立希望の時学園に文字通り衝撃が走った。


「爆発か?!」


「上の階だぞ」


「特進クラスのほうだ」


 ベランダにいた男子生徒が手すりから身を乗り出して階上を見る。


特進αにはきららがいる。


きららは小学校からの幼馴染で、〆子が学園で唯一心を許している女子だ。


〆子はきららと俺以外誰とも関わらない。


 俺は固く手をつなぐ〆子の心の声を聞いた。


「きらら、助けに行ける?」


 この一週間握りっぱなしだった誕プレの十字石の指輪を、今朝、やっときららに渡せた。


きららと俺のフェーズはこれからなんだ。


助けに行くに決まっている。


「もちろん」


 俺は、〆子にはここにいてもらうことにして手を離すと、


ベランダに出て他の生徒が指さす方を仰ぎ見た。


夏の太陽を遮るほどもうもうと上がる白煙。


確かに特進クラスの方だ。


今朝のきららは2限目に実験があるなんて言っていなかった。


何が起きたのか。


俺は教室に戻ると〆子に言った。


「行って来る」


 俺は窓際に押し寄せるクラスメートをかき分けて特進αへ向かう。


教室を出る時、


「ショウ、時間に気を付けて」


 〆子の心の声が聞こえた。


時間? 時間て何だ? それは疑問だらけの〆子の声だったが、


俺の心のどこかに不安が芽生え、今それが一番大事なことのように感じた。




 廊下はすでに避難を始めた生徒でごった返していた。


「慌てないでください!」


 先生の叫び声がする。慌てるなと言っても無理だろう。みんな自分の命は惜しい。


3階に上がる階段からは、特進クラスの生徒たちが青白い顔をしながら降りてくる。


中に特進αクラスの顔見知りを見つけ、その腕をとって、


「青葉さん、何があったんです?」


「移動教室でみんなが出た後、中で怒鳴り声がして、そしたら爆発が」


「きららはどこですか?」


「わからない。でも、最後にクラスにいたのはきららちゃんと……」


 と言ったところで青葉さんは後から来た生徒に押し流されて行ってしまった。


「とにかくきららを探さなきゃ」


 と思うが、上に行きたくてもこの流れに逆らっては無理そうだ。


廊下の突き当りに螺旋階段がある。ぼろくて普段は誰も使わない。


あっちは特進αクラスの真下で危険だが、螺旋階段はきっと空いてる。なぜかそう思った。


俺はそちらに向かうことに決める。


2階の廊下は階段の状況を見た生徒がベランダ側の非常階段にシフトして、空き始めていた。


突き当りにたどり着き重い非常扉をあけると、強い日差しに目がくらんだ。


爆発のショックか、鋼鉄の螺旋階段は校舎から剥離しかけてグラグラと揺れた。


3階の非常口と階段の間にかなりの隙間ができている。


だが飛び移れないこともなさそうだ。


俺は勢い付けて飛び、半開きになった扉にしがみついて命拾いする。


その拍子に外壁の一部が落ちて、地面で粉々になるのが見えた。


非常扉から中に入ると目の前が真っ白になった。いや、そこは粉塵に覆われた真っ白い世界だった。


教室の中は爆発で吹き飛ばされたのか南側の壁が大きく崩れ落ち、天井が抜けて太陽の光が差し込んでいた。


俺はきららを探した。


ただ、床の上は粉塵と瓦礫が散乱しているばかりで人らしきものは見当たらない。


もう教室を出た後だったか?


「きらら!」


 名前を呼んでみる。返事はない。もう一度、


「きらら!」


 今度はもっと大きな声で。すると教室の奥の方から、


「ショウくん?」


 ときららの声がした。虫の鳴くようなか細い声だった。


声のした方を見ると教室の一角に白くて巨大なオブジェが出来ていた。


教室中の机や椅子がめちゃくちゃに山積にされている。悪趣味の極みだった。


「きらら!」


「どうして?」


 その中からきららの声がした。


「きらら、今出してやる」


 俺はその机や椅子を片っ端から引きはがし、きららを探した。


何度も何度も何度も、机を取り除き椅子を放り投げ山を崩していく。


粉塵が舞い上がる。せき込む。えずく。目と口の周りがドロドロになる。


それが永遠に続くかと思った瞬間、手が見えた。指に十字石の指輪。きららだ。


俺があげた誕プレをしててくれたんだ。


俺は集中的にその場所にかかって、机や椅子の下敷きになったきららを明らかにした。


そして白粉をまぶした顔を見た時、俺は思わず嗚咽した。


きららの頬に粉塵と混じったピンク色がこびりついていたのだった。


美しい顔だった。見ているだけでよかった。きららは学園一の美人と言われていた。


その顔にこんな傷が。


俺は耐えられずそこにうずくまって泣いた。


細い声がした。


「ショウくん。なんで?」


 と言って俺を見たその目が心なしか怒っているように見えた。


「ごめんよ。遅くなっちゃったね」


 その瞳が切なく潤んでいた。


「ゆいちゃんはどこ?」


「〆子は教室で待っててもらってる」


「一緒にいなきゃダメじゃない」


 きららの目から涙が零れ落ちた。頬に赤黒い跡がつく。


少しして、きららは小さく息をすると言った。


「そういうこと? この場面にショウくんが来たってことは次は別の揺り戻しが起るんだ。なら、まいっか」


 揺り戻し? もしや「時間が戻る」ってこと?


きららの心の声を聞こうとしたが、俺の「耳を澄ます」スキルは〆子限定だ。


 しかし、次の瞬間奴らが現れて、俺の頭からそんなことすべてが吹っ飛んだ。


「Gが来たよ。両手両足折られちゃったから助けてあげらんない、ごめんね」


 そういえばきららの手足はおかしな方に曲がっていた。


右腕に至っては、黒ずんで言うに堪えない状態だった。


「でも安心して。あたしたちは最後はきっと勝つから」


 勝つか負けるか知らないけど、今のこの状況をなんとかしなければいけないのは確かだ。


 奴らは、教室に現れた存在は、あまりにも気味が悪かった。


そいつらは全身ヌメっとした質感の服をまとっていた。


まるであのGのようではないか。


蜘蛛のように長い手足を四つん這いにして身をかがめ、じわじわと俺たちの周りに蝟集してくる。


何人いるのか、いや何匹なのか。廊下から、ベランダから壁を伝ってワラワラと教室に入ってくる。


俺は全身身震いがするのに耐えながら、そいつらの挙動を見守った。


そこにあるはずの顔には目鼻など無く、漆黒より黒い黒色で覆われていて光を全く逃がさない。見ていると引き込まれそうになる。


突き上げる悪寒で体が動かない。


その口のあたりから真っ赤な舌を出し、べろべろと顔の前の虚空を舐め回すその姿には、戦慄しか覚えなかった。


「なんだこいつらは!」


 答えを待ったが返事はない。


きららを見た。


「やつらの目的はショウくんのエントロピーの種よ」


 きららは苦しそうにそう言うと、目を閉じて石膏像のように動かなくなった。


まさか、そんな。7月7日の今日、18歳になったばっかじゃんか。


みんなで一緒に卒業するんじゃなかったのかよ。


しかし、俺の悲嘆に奴らは構ってはくれなかった。


蝟集の輪がどんどん縮まってくる。


俺はなすすべなく、教室の隅に追い詰められる。


奴らの中の何匹かが俺の四肢を捕らえる。


すると、奴らの一匹が俺の上にのしかかってきた。


おぞけが全身を貫く。


そいつは骨ばって細長い指をした掌を俺の腹に乗せると、


ものすごい力でそれを押しつけ俺の腹にずぶずぶと差し入れて来た。


痛みはない。血も出ない。


しかし、全身の力が抜けそれまで張っていた気力もなくなり、すべてがどうでもよくなっていくことに抗えなかった。


「何をしてるんだ」


 腹の中をまさぐられる感覚がある。腹から胸のあたりに奴の腕があるのが分かる。


そいつは弄んででもいるかのようにしばらくそうしていたが、


再びその手に力を込めたかと思うと、おもむろに俺の腹から手を引き抜いた。


俺の腹の皮には傷一つできていなかった。


そして、奴の手には黒汁が滴る丸い何かが握られていた。


そんなものが俺の中に?


致死の病巣を晒されたような不快感。


辺りの奴らに言葉ではない歓喜が広がっていく。


「黒汁丸」を手にした奴は勿体を付けるように、


周りの奴らにそれを見せつけてから、


口のあるべき場所に持っていくと、真っ赤な舌をそれに突き刺して、


ズルズルと音を立てながら中の何かを吸い出した。


俺の中の何かがとろけて行く。悔悟の気持ちが湧いてくる。


これですべてがやり直しだ。


もっとうまく立ち回れなかったか。


俺のムーブがもっとファンタスティックなら、


えぐい武器を持ってたら、


目の覚めるようなエイムがあったなら、


きららはあんな風にならなかったのか。


奴らが撤収する後姿を見ながら、自分の情けなさに涙がこぼれだす。


いや、これはバトロワゲームじゃない。リスポーンなんてない。


やり直しなんて効かないリアルな世界なんだ。これですべてが終わりなんだ。


ひりつくような後悔の念に苛まれながら俺は暗黒の底へと落ちて行く。


その時ふと思った。


「いや、待て。本当に俺はこれでお終いか? じゃあ、俺が握っているこの十字石の指輪は一体なんなんだ?」


<了>

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