第4話 星を継ぐ者
日曜の午後、ユウトは駅前のロータリーに立っていた。
制服ではなく、私服。
鏡の前で何度も着替えた末に選んだ、少しだけ背伸びしたコーディネート。
手には、ミオの好きだと言っていたレモンティーの缶。
「……緊張するな」
スマホの時計を確認する。
約束の時間まで、あと五分。
人混みの中で、ミオの姿を探す。
「ユウトー!」
明るい声が、背後から飛んできた。
振り返ると、ミオが手を振りながら駆け寄ってくる。
白いワンピースに、淡いピンクのカーディガン。
いつもの制服姿とは違う、柔らかな雰囲気。
「待った?」
「ううん、今来たとこ」
「ふふ、ベタだね、それ」
二人は顔を見合わせて笑った。
その笑顔は、どこか懐かしく、あたたかかった。
映画館までの道のり、ミオはずっと話していた。
学校のこと、家のこと、好きな音楽や、最近ハマっている小説の話。
ユウトは、うなずきながら、時折短く返事をした。
それでも、ミオは嬉しそうだった。
「ねえ、鳴海くんって、話すときちゃんと目を見てくれるよね。
最初はちょっと怖かったけど、今は……なんか、安心する」
「そうかな」
「うん。なんか、全部見透かされてるみたいだけど、でも、否定されない感じ」
ユウトは、少しだけ目を伏せた。
それは、カイとしての記憶が、無意識に彼の視線に宿っていたからかもしれない。
映画は、静かなヒューマンドラマだった。
孤独な少年が、ひとりの少女と出会い、世界を知っていく物語。
スクリーンの中で、少年が初めて「ありがとう」と言ったとき、ユウトの胸がじんと熱くなった。
「……似てるな、俺たちに」
映画館を出たあと、ミオが言った。
「うん、ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、じゃないよ。けっこう似てたよ。
でも、あの子たち、最後にはちゃんと笑ってた。……よかったね」
「……うん」
夕暮れの街を歩きながら、二人は並んでいた。
言葉は少なかったが、沈黙は心地よかった。
「ねえ、鳴海くん。これからも、たまに一緒にいてくれる?」
「……うん。俺も、そうしたい」
ミオは、嬉しそうにうなずいた。
その笑顔を見たとき、ユウトの中で何かが満ちていくのを感じた。
その夜。
ユウトは、机に向かって日記を開いた。
そこには、こう書かれていた。
>「今日、誰かと笑い合った。
それだけで、世界が少しだけ優しくなった気がした。
命は、つながっている。
過去も、今も、未来も。
だから、俺は生きていく。
この声が、誰かに届くと信じて。」
書き終えたとき、胸の奥がふわりと温かくなった。
その感覚は、どこかで感じたことがあった。
おしのの手のぬくもり。
タケルの震える指。
ユウジの飴玉。
ハルの叫び。
マコトの笑顔。
すべてが、今のユウトの中に生きていた。
「……ありがとう。みんな」
その瞬間、世界が静かに揺れた。
部屋の空気が、ふっと軽くなる。
そして、目の前に、あの白い光が現れた。
「来たわね、カイ」
オルガの声が、優しく響く。
彼女は、変わらぬ微笑みでそこに立っていた。
「君だったのか、ずっと見てたのは」
「ええ。あなたが“命”を知るまで、私はそばにいた。
でも、もう大丈夫。あなたは、もう一人じゃない」
カイは、静かにうなずいた。
「命とは何か」
その問いに、完璧な答えは出せなかった。
だが、確かな実感があった。
命は、つながっている。
誰かの声が、誰かの手が、誰かの想いが——
時を超えて、心を動かす。
「……ありがとう、オルガ」
「こちらこそ。さあ、次の扉へ」
白い光が、ユウトを包み込む。
その中で、彼は最後にこう呟いた。
「俺は、星を継ぐ者。
誰かの光を受け取り、また誰かに渡していく者だ」
そして、光の中へと、静かに歩み出した。
次の更新予定
輪廻エクスプレス aiko3 @aiko3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。輪廻エクスプレスの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます