第3話 再起動
朝、目を覚ましたユウトは、いつもより少しだけ早く布団を出た。
カーテンを開けると、窓の外には淡い朝日が差し込んでいた。
空は澄んでいて、遠くのビルの輪郭がくっきりと浮かんでいる。
「……今日も、学校か」
いつもなら、ため息とともに呟く言葉。
だが今日は、ほんの少しだけ違って聞こえた。
制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
寝癖を直し、ネクタイを締める。
その一つひとつの動作に、わずかながら意志が宿っていた。
「行こう」
駅までの道のり。
イヤホンをつけずに歩くのは、久しぶりだった。
風の音、鳥の声、遠くの車の走行音。
世界が、少しだけ近く感じられた。
学校に着くと、教室の空気はいつも通りだった。
誰かがスマホをいじり、誰かが寝ている。
だが、ユウトはまっすぐに席に向かい、鞄を置いた。
「おはよう、鳴海くん」
ミオが、いつものように声をかけてきた。
ユウトは、少しだけ照れながらも、はっきりと答えた。
「おはよう、佐倉さん」
「おっ、名前呼んでくれた! やっと人間になったね!」
「……今まで、何だったんだよ」
「影! 影の者!」
二人は、くすくすと笑った。
その笑い声が、教室の空気を少しだけ変えた。
周囲の生徒たちが、ちらりとこちらを見る。
だが、ユウトは気にしなかった。
昼休み。
ミオが、パンを二つ持ってユウトの席にやってきた。
「はい、約束のジュース代わり。パンだけど」
「ありがとう」
「それとさ、今度の日曜、空いてる?」
「え?」
「映画、行かない? 観たいのあるんだ。ひとりで行くのもアレだし、鳴海くん、どうかなって」
ユウトは、言葉に詰まった。
誰かと出かけるなんて、いつ以来だろう。
いや、そもそも、そんな誘いを受けたことがあっただろうか。
「……行くよ」
「よし、決まり! じゃあ、日曜の午後ね。駅前で待ち合わせしよ」
ミオは、満足そうにうなずいた。
ユウトは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
放課後、帰り道の電車の中。
窓の外を流れる景色を見ながら、ユウトは思った。
「人と関わるって、こんな感じだったんだな……」
これまでの人生、いや、これまでの転生で、カイは何度も人と出会い、別れてきた。
おしのの優しさ。
タケルの恐怖と決意。
ユウジの笑顔。
ハルの怒りと誓い。
そして、マコトの手の温もり。
それらすべてが、今のユウトの中に息づいていた。
「……俺は、ひとりじゃない」
その夜、ユウトは机に向かい、ノートを開いた。
そこに、こんな言葉を書き記した。
>「誰かとつながることは、怖い。
でも、つながらなければ、何も始まらない。
だから、俺は今日、声を出す。
たとえ震えていても、届かなくても——
それが、俺の“再起動”だ。」
書き終えたとき、スマホが震えた。
ミオからのメッセージだった。
>「日曜、楽しみにしてるね。おやすみ!」
ユウトは、画面を見つめながら、そっと微笑んだ。
「おやすみ」
その一言を返して、スマホを伏せた。
窓の外には、夜の街の灯りが瞬いていた。
その光は、どこか星のようで、どこか人の心のようだった。
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